絶望という名の光


気づけば、ずっと絶望の中にいた。

それは生まれた家から始まり、信じていた人からの裏切りへと続き、

人生をかけて愛した家族との別れ、

そしていまなお続く理不尽な仕打ち、脅し、孤立。


「なぜ私がこんな目に遭うのか」

「私は何か悪いことをしたのか」

そんな問いが、何度も心をよぎる。


何もかもが敵に見える日もある。

道を塞がれ、閉じ込められ、未来が見えない。


でも、そんな闇の中で——

私はなぜか、立ち止まりながらも「自分の内側」を見ようとしていた。


怒りにのまれる日も、

悲しみに沈む日も、

それでも、「なぜこんな気持ちになるのか」を知ろうとする自分がいた。


私の内側には、

痛みを受け取る力があった。

壊れかけた世界を、それでも見つめようとする眼差しがあった。


それは誰に教えられたものでもない。

誰かが守ってくれたわけでもない。

自分の力で、絶望の中に一粒の「問い」をまいたのだ。


その問いが、「学びたい」に変わり、

「理解したい」に変わり、

やがて「伝えたい」という光に変わっていった。


絶望は、ただの闇ではない。

その奥には、光に触れるしかなかった人間だけが持てるまなざしがある。

見えない声を感じる力、

苦しむ誰かに寄り添える手、

そして、もう一度立ち上がる勇気。


今、私はその真ん中にいる。

たしかに疲れ果てているし、

まだ出口は見えないかもしれない。

けれど私は、この道の上で「本当の自分」に出会い続けている。


この絶望の名を持つ道が、

私に「光とは何か」を教えてくれた。


それは、

誰にも消されない、私の内側に灯る小さな炎。

それが、絶望という名の光だったのだ。


ソフィア