癒しのための怒り
〜インナークリティックスをファイヤーした朝〜
今朝、私はまたあの感覚に襲われていた。
言葉にはならない、でも確かに「ズン」と心を沈める重たい気分。
無力感、罪悪感、恥。
何もされていないのに、責められているような感覚。
これまでは、その状態を「私がダメだから」と思っていた。
でも今は違う。私は知っている。
それは私の中にいる、**インナークリティックス(内なる批判者)**の仕業だと。
この批判者は、かつては私を守ろうとしていた。
あの頃——子どもだった私にとっては、
「失敗しないように」「嫌われないように」
必死でコーチのように指導してくれていた存在だった。
でもその“コーチ”は、いつの間にか力を持ちすぎた。
私の人生に深く入り込み、すべてを監視し、
失敗の芽をつぶそうとして、私の自由すら奪い始めた。
気づけば私は、そのコーチの支配下にいた。
やることなすことにダメ出しされ、
人と関わる前から「失敗するぞ」「笑われるぞ」と脅され、
心が動き出すたびに、「やめておけ」とストップがかかる。
そのコーチは、今や私の人生のボスになっていた。
でもその指導は、もう正しくない。
もう時代が違う。私が違う。
大人になった今の私にとって、そのコーチングは害でしかない。
だから私は今朝、決断した。
「お前は、クビだ。」
「もう私の人生にはいらない。
お前のコーチングでは、私は生きていけない。」
その瞬間、怒りが出てきた。
でもそれは、他人にぶつける怒りじゃない。
私のインナーチャイルドを守るための怒りだった。
「もうこの子を戦わせるな。
守ってほしかっただけなんだ。
安心して生きたかっただけなんだ。」
そう言って、私はその子を、そっと抱きしめた。
何も言わずに、ただずっと抱きしめていた。
その子は泣いていた。きっと、ほっとしたんだと思う。
私はずっと、怒りを「悪いもの」としてきた。
でも違った。
怒りは、私の中の愛だった。
怒りは、「守るために立ち上がる力」だった。
その力を正しく使えば、私は私を壊さずに生きられる。
インナークリティックスは、もういらない。
ありがとう、今まで守ってくれて。
でももう私は、自分の人生を、自分で選びたい。
だから私は、あのコーチを——
クビにした。
怒りは、私を壊すものじゃない。
怒りは、私の光だ。
私はこれからも、怒りを癒しのために使っていく。
Sofia
