『空想より科学へ』(2) | 哲学系ダイアリー

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哲学関連の勉強日記です。

それでは、資本主義の発展についてです。

エンゲルスは、初めに言います。

生産、それについでその生産物の交換が一切の社会制度の基礎であると、また、歴史にあらわれるどの社会でも、生産物の分配、さらにまた、階級あるいは身分というような社会的編成は、何がいかに生産されるか、その生産物がいかに交換されるかによってきまる(65頁)

社会や政治の変化の原因は、生産と交換の方法の変化にあるというのです。
それは経済だ、と。

いまの社会制度は不合理で不正だといったり、条理は通らないといったり、善意が非難の種となったり、要するにそういう考えが広まるのは、生産方法と交換形態が暗黙のうちに変化して、これまでの経済的条件にあわせてつくられていた社会秩序が、それにうまく合わなくなってきたという証拠にすぎない(65頁)。

しかし、そうした弊害を除去する手段もまた、その生産関係そのもののうちに存在するといいます。
そしてこの手段は、頭で発明されるのではなく、生産という物質的条件のなかに、頭をつかって発見されるものだというのです。

生産方法と生産力は衝突します。
それでは、なぜこの衝突は起こるのでしょう。

資本主義以前の中世では、労働者が生産手段を私有する小規模経営が一般的でした。
労働手段(土地、農具、仕事場、道具)は、生産者自身のものでした。
そんな生産手段を集めて、拡大して、強力な生産の梃子(てこ)とすることが、資本主義的生産方法とブルジョアジーの役割だったのです。

仕事場は、個人のものから、大規模な工場に変わりました。
そうなると、生産は、個人的行為から、社会的行為に変わります。
そして、生産物は、個人的生産物から、社会的生産物に変わったのです。
たとえば、工場から作り出される製品に関して、それは多くの労働者が共同して作ったものですから、これは自分が作ったものだとか、これは自分の生産物だとかは、言えないですね。