先日読んだ片山杜秀の『見果てぬ日本』で、過去を遡るのが大好きな歴史小説家として取り上げられていた司馬遼太郎。


『竜馬が行く』『燃えよ剣』『坂の上の雲』など戦国時代から明治時代の歴史小説を書いてきた司馬だが、デビュー作は『ペルシャの幻術氏』、次作は『戈壁の匈奴』とモンゴル物。


そして、一連の日本の歴史小説を書いた後、最後の文学作品は『草原の記』とモンゴル物で終わる。


騎馬民族への憧れが映し出された司馬遼太郎誕生のころの短篇小説を読んでみたくなって手に取った。


司馬遼太郎のペンネームを使う前の福田定一の名前で書かれた短篇小説も多数収録されていて、興味深く読んだ。







音楽評論家であり、思想史研究者でもある片山杜秀が、20世紀ドイツのキリスト教思想家、パウル・ティヒリッヒに倣って、日本の「過去・現在・未来」のかたちを解き明かそうとした著作。


過去には過去を遡るのが大好きな歴史小説家の司馬遼太郎、現在にはひたすら日常現在を描くのが大好きな映画監督の小津安二郎、未来には未来への大風呂敷を広げるのが大好きなSF作家の小松左京を代表者として評論しながら全体像をとらえようとする。


そこから日本という国のかたちをつかまえることは容易ではないが、3名の巨匠を評する切り口は興味深く、刺激を受けた。