司馬遼太郎の最後の単行本『草原の記』。

司馬は大河ドラマにも取り上げられた数々の歴史小説と並行して、紀行『街道をゆく』を著してきた。


この本は、騎馬民族にロマンを持ち、特別の関心を持ってきたモンゴルへの2度目の旅の紀行になる(1度目はモンゴルと国交が樹立された翌年の1973年。2度目は1990年。いづれも満州蒙古で幼時を過ごしたツェベクマという女性が案内者)。


司馬のモンゴル紀行の集大成と言える。


この本で、個人的に興味を惹かれたのは、最終章の「帰ってくる話」でシベリアの「チタ」という都市が出てきたこと。「チタ」はツェベクマさんの両親の出身地で、中国に文化大革命の嵐が吹き荒れたときに、自治政府にチタまで行きたいと申し出て出国した。本来は中国へ戻らないといけないが、親戚の助けを借りてモンゴルのウランバートルのホテルで10年間働いてモンゴル国籍を取得した


「チタ」は、名前が同じなのが縁で、知多市と姉妹都市提携を結んでいる。

その提携にひと役かって、現地を訪問したのが、少年野球の父母会以来の長年の友人というのも不思議な縁を感じる。





ここ1週間ほど、山林火災で連日テレビに取り上げられてきた大槌町。

雨のおかげで、ようやく一部地域を除いて避難指示が解除された。

私は12歳まで、その南に隣接する釜石市で育った。


昨日の朝NHKテレビを観ていたら、「限界集落住んでみた」で、釜石市大石が取り上げられていた。

大石は釜石市といっても、ドジャースの佐々木の出身校がある大船渡市に近いので、行ったことはない。


住んでいた地域は違うものの、限界集落、釜石市となると、かつての住人にとっては衝撃的。


現在の釜石市の人口を調べてみたら、約3万人。

私が住んでいた昭和30年代の9万人から三分の一に減少していた。









大石は、水産業で生計を立てている人が多い。

番組の終わりの方で、わかめを養殖している老夫婦が出ていた。


先日、近くのスーパーで、三陸産のわかめを売っていたので買って食べた。

やはり、冷たい親潮で育ったわかめは、引き締まっていて美味しかった。



図書館に予約した本を受け取りに行くとき、敢えて市役所南の駐車場に車を停めて、大池公園を散歩した。


牡丹園は、牡丹に代わって芍薬が咲き誇っていた。




薔薇は一部咲き出したところ。

これからが楽しみだ。