『マチネの終わりに』 平野 啓一郎 | ふぁいのだらだらな日々

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読書とガーデニングと日々のできごと

幼いときから天才と名高かったクラシックギタリスト・薪野。

著名な映画監督を父に持ち、自らも美貌と才能を兼ね備えた

エリートジャーナリストの洋子。

2006年、東京で初めて会ったときからふたりは強く惹かれ合った。

パリでの再会でふたりは互いの気持ちを確認しあい、

そして再び東京で、それを確実なものにするはずだった。

 

しかし思いがけないトラブルが重なり、ふたりは再会を果たせない。

すれ違い、誤解の解けないまま、重なりかけていた二人の運命の糸が次第に遠ざかっていく・・・

 

 

 

最初は、あーお金持ちのおしゃれな恋愛の話かーと思った。

でも、それにしては残りのページ数が多いなあと思いつつ

読み続けていたらどんどんストーリーに引き込まれていった。

ずっと後ろでギターの旋律が流れているようなそんな小説だった。

 

2006年のイラク、リーマンショック後のニューヨーク、

世界を揺るがすまさにその現場に立つ洋子の心理的ストレス、

一方、スランプに陥り苦悩する芸術家。

 

薪野のマネージャー・早苗のしたことは、ふたりの運命を変えるきっかけにはなったけれど、

いくらでもそれを回避する方法はあったわけで、

それをしなかったということは、結局はふたりがそれを選ばなかったということと同じだ。

 

早苗が話したマルタとマリアの話が象徴的で、

マルタのような献身が洋子にできたかというとそこは疑問だし

早苗の献身を薪野が感謝しているのはもちろんだけれど

それと同じことを洋子に求めるかと言えばそれは違うだろうし、

そして自分に対する献身の度合いで相手を選ぶかと言えば

それも違うわけで。

 

これからのことは読者の想像に任せるという終わり方だったけれど

洋子と初めて会ったときに薪野が話した

「過去は未来によっていくらでも変えられる」ということが

どのように作用するのか、興味深いところだ。

 

映画ではどんなふうになっているのかな。