シカゴに来てかなり色々な分野の料理を試してみたが、揚げ物はまだ一人でやったことはなかった。

やはり油の処理とかめんどくさそうだし、そこまで揚げ物が好きでないこともある。

妻はさらに輪をかけて揚げ物嫌いなので、なおさら食べる機会は少なくなる。


そこで、今日の夕方、いつものように湖沿いを散歩しているときにふと、急にてんぷらが食べたくなった。

ビールと一緒に!


こんなとき、日本だったら、西葛西の駅の南口すぐのところにあった蕎麦屋に行って、野菜のてんぷらをつまみながらキリンの瓶ビールを飲みに行くところだけど、シカゴではそうは行かない。作るしかない。


材料も自分の技術もちゃんとしたてんぷらを作るには足りないので、海鮮かきあげを作ることに。

これならまあ冷蔵庫にあるありあわせの材料を切って、冷凍のイカ、エビを解凍し、混ぜて揚げればOKである。


にんじん、玉ねぎ、シーフードとも、シチューなんか作るときに比べてほんの少しだったのに、思ったよりも量が膨らんで、大皿山盛りにかきあげができてしまった。


・・・材料を冷やしておいた甲斐があってサクッとした衣と、多めにいれたシーフードが美味しい・・・はずなんだけど、2~3個でもう胸がいっぱいに。揚げていた間に、油の臭いでもうお腹いっぱいになってしまった。


ビールも、散歩中のイメージでは冷えていて苦味があっておいしいサッポロビール・・のはずが、とにかくもっとさっぱりしたものが食べたい&飲みたいという気分に。結局ご飯に漬物、お茶でごちそうさま、となった。


今日の出来事から学んだことは、揚げ物を作った直後にもっとも食べたくないものは揚げ物だということである。

逆に、揚げ物を食べたいなら人に作ってもらうのが一番だ。・・・シカゴで実現するのは難しそうだ。


実家にいたときは母親が割りとよくてんぷらやら唐揚を作ってくれたけど、あれって結構大変だったんだな、と思う。自分が食べたいだけだったら絶対わざわざそんなもの作らないと思うけど、子供のためなら作れるんだろう。















今日、経済学部の先輩と議論をしていて話題となったのがシカゴ大学の誇るノーベル賞受賞経済学者の一人、Robert LucasによるEconomistの記事である。


http://www.economist.com/businessfinance/displaystory.cfm?story_id=14165405


今回の金融危機を受け、危機を予測できなかった従来の経済理論は全くの役立たずである、という議論が盛り上がっているのだけど、それに対してLucas反論したもの。


論点はいくつかあるのだけど、興味を引かれたのは以下の主張。

1.Famaが提唱したEfficient Market Hypothesis(効率性市場仮説、EMH)によれば、資産の市場価格は全ての入手可能な情報を既に反映している。このEMHはさまざまな実証研究で支持されている。


2.よって将来の資産のリターンは予測不可能である。したがって、いかなる理論を極めたとしても危機なんて予測できるはずはない。今回の金融危機を予測できなかったからと言って経済理論は役立たずというのは筋違いである。(実際、MishkinやBernankeが経済理論をベースに正しく行動したから今回の危機は大恐慌ほど酷くはならなかった。)


さすがに大御所のコメント、かつ一般向けの雑誌の記事なのでかなり断定的に書いているけど、結論としてはまあその通りだなあと思う。一方、細部はとてもおおざっぱで、EMHを実証研究で支持・棄却することはそもそもできない(EMHと資産価格決定モデルの両方を一つのデータで検証せざるを得ないという、Joint Hypothesis Problemがある)し、EMHは成立する、という研究結果よりは、成立しない、という研究結果のほうが多いようである(まあそうでないと発表しても反響を呼べないからかもしれないけど)。成立しない、という研究結果は全てTrivialであるというのはちょっと乱暴だろう。


また、EMHが成立すれば将来の資産リターンは予測不可能、というのも厳密にはちょっと正しくない。データ上ではTime-varying Risk Premiaと言って、株価のリターンはある程度予測可能であることが1980年代以降発見されており、この発見はEMHと整合する、とされている。代表的な投資家が、特にリスク回避的になっている時期に株に投資すれば当然リターンは高い訳で、その時期の低い株価は別にミスプライシングの結果である必要はない。まあ、この議論の流れではあまり重要なポイントではないので捨象してしまったのかもしれないが。


しかし、このLucas、70歳を超える年ながら、今でもシカゴ大学の博士課程でマクロ(経済成長論、貿易論)なんかをやる際には卒業論文の審査員としてきっちり指導してくれるらしい。他にも、ミクロならBecker、計量経済のHeckman、アセットプライシングのFama, Hansenなど、既に伝説となっている超大物学者が実際にマンツーマンで指導してくれるというのはすごい。圧倒されないようがんばらねば。
















































今日は、出産前の最後の講習となるChild CPR(心肺蘇生措置)のクラスを受講するために病院に行ってきた。

要は、人工呼吸と心臓マッサージである。

乳児向け、幼児向けと実習用の人形を変えて練習した。


昔、運転免許を取るときに習ったけど(そして今日習ったこともほぼそれと同じだったけど)、思い出しておいてよかった。できればそんなことを実践する羽目にはならないには越した事はないのだが。


帰りにMarshalsというブランド・アウトレットみたいな所に子供用の服を見に行く。

ラルフローレンとか、カルバンクラインとか、まあその手の子供服が半額くらいで売っているところ。

日本人の奥様には大変人気との事で、一応どんなところか見てみることに。


そこで気づいたのだが、どうも親というのは、特に子供が生まれる前には、自分目線でついつい服を選んでしまいがちなんだなということである。


これ、かわいいね、と妻が持ってくるのは大体、1才用とか、18ヶ月用とかになる。それくらいの年齢になると、大人服を小さくしたようなデザインのものが多くなってきて、大人から見たかわいいイメージに近く、ついついそういうのを見てしまうのである。


うーん、確かにそれはいいね、としばらく候補を2、3眺めるうちに、はっと「でも、これってあと1年は要らないって言うことだよね。。」ということになり、折角これはいいかも、というのが決まりかけたのだけど、買わないことにしてしまった。3ヶ月向けとか、6ヶ月向けのは、いかにも赤ちゃんが来ていそうなパジャマっぽいものが多く(それが実用的なんだろうけど)、特にこれでなければ・・・というのは見つからず。


結局もらった(あるいは借りた)服が大量にあるのでどうしても必要なものというのはなく、何も買わずに帰ってきてしまった。


その分、近くのスーパーで野菜やらスモークサーモンやらを買ってきて、今日のメインはナス、こんにゃくとキヌサヤの味噌炒めと、スモークサーモンとケーパーをちらしたサラダに。後、昨日作った豚汁があったのでそれで立派な一食になった。最近ほぼ毎日料理をしているので毎日メニューを変えてバリエーションを増やすのが大変だ。たまーに気が向いたときに凝った料理を作る大変さと、毎日そこそこおいしくて栄養のある食事を作る大変さは、大分種類が違う大変さなのだ。