糖尿病を根治させる究極の技 -4ページ目

糖尿病を根治させる究極の技

百戦錬磨のスーパー薬剤師「糖尿根治メンター品川俊徳」が
あなたやご家族を経過観察医療の蟻地獄から守ります。
[*当サイトで糖尿病とは2型糖尿病を指します]

 

  可能性を守る




キャベツの葉っぱの上に小さな小さな粒、




ある日、ふ化。




バリバリ、ムシャムシャ葉を喰らう。




グロテスクなチューブのような・・・イモムシ、




バリバリ、ムシャムシャ葉を喰らう。




ある日、時が止まったように・・・蛹。




まるで、ミイラのように動かない、




殻のような小部屋で思索に耽っているのか、




長い長い沈黙のあと、




石からくしゃくしゃに折りたたんだステンドグラス。




神秘なショーが始まる、




張り詰めたステンドグラスの完成まで。




その美しさと華麗な羽ばたきで




世界を魅了する。




「完全変態」のドラマ。






「完全変態」でない「ヒト」、




でも、


「こころ」は「完全変態」のように、




変なチューブから石のように変貌し・・・




掴みにくいかもしれぬ。




焦燥と誤解。




ボタンの掛け違いで、




善と乖離する可能性を秘めた危険な「変態」。




大人のように見える幼虫(イモムシ)。




でも、大人ではない、




変態途中の幼虫(イモムシ)。




無事に神秘なショーにたどり着けるか。




守ってあげたい、変態のプロセス。




大人のミッション、可能性をまもること。








*************************




「死」について ・・・1




「死」は、


「生きている者」だけに許された特有な概念。




つまり、


「死」は


死んだ者以外の他者が


それを規定するという特別な事象。




死を認識するのも、


死を悲しむのも、


死を評価するのも、


死をあわれむのも、


死を恐れるのも、




全て、


残された者、


生きている者、


今、存在する者にだけ許される。






死者にとって、


「死」は定義できない


特有な概念。




固有な死の、それに関わる、


価値や損害、尊厳や憎悪、歓喜や悲嘆、・・・


いずれをも規定するのは、生き残された者たち。




それ故に、


自然な「死」以外は、さまざまな問題を生む。




自然な「死」は、


残された者にとって、


疑問さえ抱く余地すら、与えない絶対的な事象。




「自然な死」とは、


何人にも侵すことができない、


尊厳であり、唯一、刹那なものである。




一方、「不自然な死」は、


人為ゆえ、全く別の意味を持つこととなる。




それは、


少なくとも


「残された者たちの思考」が停止するまで、


その様相をもつ。


さらに、


残された者が、連綿と語り伝えたなら


永遠の存在にさえなってしまう。




「不自然な死」は、


残されし者たちの想いによって、


いかようにも扱われうるものとなる。




脅(おびや)かされることに無縁な、


確固とした存在と化す。




さらに、


「不自然な死」に関わりし者たちを


駆逐する力量さえ内包する。






残されし者たちにより、


追悼然り、


悲しみ然り、


怒り然り、


追従然り、


復讐然り、


さまざまな精神性を帯びたエネルギーが


「不自然な死」の事実自体に充填される。




いずれも、残されし者たちの


(あり得るなら)忘却の彼方、


あるいは彼らの「自然な死」まで


終焉なく温存され、連続な存在となる。




そこで、われわれは知らなければならない。




その「不自然な死」に


関わってはならない。




個人の本意・不本意に無関係にである。




なぜなら、関わるならば、


その関わりを持った者は、


自身の「死」まで、


「その『不自然な死』が包含する精神性を帯びたエネルギー」と


常に向かい合って、生きていかねばならないからだ。




つまり、「その死」に関わった者は、


その者自身の「死」の瞬間まで、


「その不自然な死」に対しての


責任を負い続け、


関わり続けなければならないということだ。




もし、関わってしまったならば


おのずと生き方は規定される。


残りの人生は、


特殊性を帯びるのは、既にいたしかたないこととなる。




そこで、生きる術は、ただひとつである。




関わった事実を認め、


社会に対して、


自己の存在を知らしめ、


匿名性を排し、


罪状を敢えては隠さず、




自身が生涯をかけて


「不自然な死に関わったこと」


に敢えて真正面から対峙し、




それに対する


「償いの人生を全うすること」を


他者よりむしろ、自身に宣言することだ。




真摯に、


罪を償うための人生を生き抜くしかない。




唯一それだけが、孤独な自身を救う。




連綿と続てしまうかもしれない、不可避な、


「その『不自然な死』の精神性を持ったエネルギー連鎖」を


断ち切ること、それが己を救う。






仮に、


世の中の全ての者に見捨てられようとも、


決して自身を見捨ててはならない。




決して自身を見捨てないという


確固とした「自己への愛」さえ守り抜けば、




そこには


生きる意味と価値が歴然とし、


常に自身を揺り動かす。




はかりしれない生命の尊厳が担保される。




生きよ。








同時に、


この者が属する社会集団は、


その者を、慈悲を以て、


そう、


あたかも「父の尊厳と母の慈愛」を以て、


その者たちを、


正面から受け止めなければならない。




それが、


社会集団の絶対的な義務である。




その、構造が、


「不自然な死に関わった者」を


救う。




さらに、その構造が


社会集団の将来に向けて、


「過ち」を防ぐ、重要な抑止力として


自動機能する「必要条件」となるだろう。




おしなべて、


生ある全ての人は救われねばならぬ。


救われる権利がある。




その者ひとりひとりが一様に


その社会集団を構成し


その義務を果たす役目を持つのだから。








*********************


「死」について ・・・2






「死」は、


科学的に言ってしまえば


(可逆・不可逆で捉えれば・・・)


不可逆反応の終末。


決して反応前に戻ることはない。




その不可逆な反応を


引き起こした「他者」は、




自身の責任において、


その事実を認め、




自身が生存する間、


おしなべて償い続けなければならない。




決して、


「罪と償いの四則演算」ではなく、




「人生をかけて、償い生き抜くこと」は、




過ちから救われる


唯一の「無理方程式」である。




無理方程式は実解を持たない。




確かに、


「確固たる真の解」は存在しないが


無限に近い近似を行えば行うほど


確固たる真の解に、


「無限に近い解らしき存在」を


浮かび上がらせることは


可能である。




その「近似解」こそが


いずれ、


「真の解と、なんら相違ない」と


万人が認める瞬間が


必ずや来るはずである。




それこそが


「償う人生」の輝かしい価値である。


そして、その価値が多くの者を導くだろう。






「自殺の練習をさせる行為」は、




精神的側面で


「自己殺人の教唆」


である。




物理的側面では


「絞首他殺寸前の、締め付ける手応えの確認」


である。




いずれも


「不自然な死」への助走路と


何ら変わりない行為と見なせうる。




決して


「享楽や酔狂の範疇でない行為」であることを


だれもが知らねばならぬ。






自ら命を絶った少年は、


毎日の日々、


ひたすら続く恐怖と苦痛におびえながら、




繰り返される「臨死の恐怖」に遭遇する内に、


かすかに見え隠れする




「自らの死を以て、


  彼らに制裁を与えるその瞬間」を




しっかりと想起していたのかもしれない。




「あまりに軽率で無知な彼ら」を


すでに、


天から見下ろしていたかもしれぬ。




現状から抜け出す欲求よりも


自らの死後、


彼らが全面的に受け入れなければならない


「無言の復讐」と


「それから決して逃れられない構造の檻」


を想起しながら、苦痛に耐えたのかもしれぬ。




そして、ある日、全身の力を抜き、


重力に全てをゆだねたのかもしれぬ。




もし、


そうであるならば、あまりに恐怖である。




死を選んだ少年の想念は


残されし者たちの内部に流れ込み


終わりのない存在と化す。




恐怖である。




ならば、


今度は、


「あまりに軽率で無知であった彼ら」が、


その深遠な復讐を受けなければならない。




悲しい、不可避。






その深遠な復讐を


ひとたび受けながらも、


それに屈することなく、生きて欲しい。




つまり、そのためには、


生き残っている当事者として、


正々堂々と、


「死」への関わりを認め、




「できる限りの謝罪と


 懺悔の日々を伴った生涯を送る」という




「契約」




を受け入れねばならない。




「すでに死に関わった不可逆な事実」が


あまりに自明なゆえ、それは


「特殊な人生を選択した」


ことになるのだから、


生涯をかけて、


「不自然な人生」を全うしなければならない。




その「契約」の履行が


怨恨を断ち切り、


善く生きた証となりうるであろう。




一方、


世に背を向け、


あるいは地下に潜り、


偽善に満ちた仮面をつけて、


生涯を浪費するのも、


ひとつの方法である。




さらには、


何も気づかず、


「おのが存在すら何たるか」を把握できないほどの


無知で愚鈍なまま、


自身を「育てながらも、導くことすらできない親」に守られ、


ふてぶてしく生きてゆくのも、


ひとつの方法である。




選択は生きているかぎり、自由である。


死者には選択も何もなく、すべては無である。


あるのは、残されし者たちの想念だけである。




その選択と決断を


「正義の眼」が


見届けようとしている事実を忘れてはいけない。




*********************************







前回の続きです。


血糖自己測定の顛末ばなしの一編です・・・。




・・・・・・


「血糖値の山が高くて、谷が深い人」



「山はそれほど高くはなくて、


 谷もそれほど深くない人」


との




それぞれの平均値を計算すると・・・・


そうです、


「平均値は同じくらいの値」で


でてしまうことがよくありました。




これは、病状を正確に


反映していないということを意味します。




そこで、


血糖値のばらつきを何とか捉えら得ないか・・・


と考えたのです。




自己満足な「夏休みの自由研究」


のような「手法とその結果」


をお話しします(笑)。




ずいぶん前の作業でしたが、


私の人生を左右する(?)ものでした<爆笑>




これは、今から三十数年前に、


高校の数学で習った、


「統計」の手法を使ったのです。




そうです、


ばらつく血糖測定値を並べて、


「標準偏差」


を計算してみたのです。




かつて、


受験の時には、


ずいぶんこの『標準偏差』から


導き出される「偏差値」に


翻弄されましたけれど・・・<苦笑>。




例の平方根のついたあの式に、


数値を代入してみたのです。




そうしたら、なんと、


ある「傾向」が見えたのです。


(今なら、当たり前・・といわれますが、


 当時は、・・・何やってるの・・・としか


 言われませんでした・・・爆笑・・・)




次回は、その傾向についてお話しします。






今日も素敵な一日でありますように。


お会いできてうれしいかぎりです。


(保健医療における治療の範疇ではありません。


 あくまでも私的なアドバイスですのであしからず。


かのMotto氏が、早速、


血糖自己測定をなさって、


コメントをくださいましたので、


引用させていただきます。




お読みになりながら、


自己測定のおもしろさをお楽しみください。




Motto様


貴重なデータをありがとうございます。


行動の速さはさすが、脳力コントロールに精通した


催眠科学者Mottoさんですね。


見習いたいと思います。第三の目がんばります。




いただいたデータについて私感を書きます。


あくまでも、読んで感じたことであり、


このあと、


じっくり検討すると違った見解が浮上する


可能性があるということをご了解ください。




【ここからいただいたコメント引用】

07月11日 22:53

IP:68.198.45.26


糖尿病と診断されて以来知りたいと思っていた自分の体の糖質に対する反応。 貴兄の記事内容の一日14回(実は忙しさのせいで8回しか測定しませんでしたが)を実行して見ました。 結果はビックリ!!とエッ??の入り混じったものでした。

朝の空腹時が111と何時もよりかなり高め、

朝食にあえて糖質の多い(約80g)オートミール等を食べました。 

65分後の値が198!! 今迄測定した中で最高値に少々ガックリ。


所が135分後の値が今度は72。 これにはエッ??間違いかと思って図りなおしましたが二度同じ値が出ました。 反動でしょうか?

その後サプリを取って間食はなし。

12時50分の昼食前は84.

昼食は今度は低糖質(25g)の食事。 

70分後の値は82。

所が125分後の値は111と上がってました。この感何も食べていません。ナンデ~?

午後4時にバナナのおやつ。

夕食前の値を取り忘れ。夕食は野菜と魚(鮭)と糖質5g相当のオートミール。 それに人工甘味料を入れたコーヒーを大きなカップで一杯。 

これで一時間後が102

二時間後が113でした。コレマタ二時間後に上がってるのは何かマズイ知らせかな~と少々不安になります。

今回は初回でしたので色々な不手際もありました。 次の休みの日にはもう一度実行する予定です。 

結果は立派な糖尿病の証明の様ですが、何故こうバラツクのでしょうね。測定誤差にしては幅が広過ぎる気がします。


【引用終わり】




まず、


いただいたデータでMottoさんのHbA1cを予測してみますと6.1~6.4%くらいではないかな・・・と思います。


これは、私の経験値(その昔発見した秘密の式[笑]・・・自分でかってにそういっているだけです・・・)から割り出しました。


データ数がランダムに多ければ真の値に近づくと思います。




次に、ちょっと高めかなと感じていらっしゃるであろう早朝空腹時血糖111mg/dlですが・・・


これは、データひとつでは何かを論じるのは難しいかもしれません。


ヒトはだれでも、夜中の3時頃から朝にかけて、ホルモン(コルチゾル)が分泌されて、血糖値が上がる傾向です。すぐにインスリンが分泌してくるので、血糖値は正常値になりますが、数%のデータ上昇はじゅうぶん考えられると私は考えます。


暁現象というのもありますが、Motto様の場合、インスリン分泌はしっかりしていらっしゃると思いますので、関係ないのではと思ってます。


夜中の3時から4時にかけて、自己測定をしていただければ、だいたいわかると思います(笑、でもまじめに)。そこで通常の空腹時血糖と近い値が確認できれば、早朝のインスリン分泌は担保されるのでは。




朝食後の血糖値ですが、198mg/dlのあとに、もう少し高い山があるようなイメージなんですけど。


そのあと、じゅうぶんなインスリンの追加分泌が効いてきて、ぐんぐん下がり始めるのではないですか・・・ね。


糖質80gだと、それだけで200から250mg/dlの血糖値上昇を引き起こすだけのブドウ糖は「からだ」に入ることになりますから、いいテストだと思いますね。


耐糖能異常(境界型)は証明できてしまいました。




昼食ですが、糖質25g相当だと、これは、60から90mg/dlくらいの血糖上昇は起こす能力のある量ですね。


インスリンの追加分泌が時間的に遅れる傾向は、耐糖能異常の人の特徴でもありますので、「70分以降に血糖値のピークがきている可能性」は考えられませんでしょうか。


または、他に食べ合わせた食材の関係で、糖吸収が遅延している可能性もありますが・・・。


反転している111mg/dlは、ピークから下って行ってるところとは考えられないでしょうか。




16:00のバナナ。1本でだいたい100mg/dlくらい血糖値を上げるのではないでしょうか(経験値になりますが・・・)。


「食材別血糖値測定」も役に立つと思います。


これぞと思う食材を召し上がるときに、測定してデータを残されることをお勧めします。体調や食事量、献立も併記してくださいね。




夕食では、食後の血糖値をぐんぐん上げる要素がなさそうな、お食事内容ですから、すごくいい値ではないでしょうか。


コーヒーも飲まれているので、糖の吸収を遅延させている(サラシアに似た働きですね)と思われますので、インスリンの追加分泌も穏やかなのでは・・・、120分で反転してますが、特に問題ないのではないでしょうか。




以上は、私の経験(その昔、患者有志の方々と一緒に考え結論したいくつかの法則)から申し上げています。


したがって、医師等の専門家の見解と相違することは十分にありますので、参考程度にお願いします。




Mottoさんは、インスリンがしっかりしていそうですから、血糖値がぐんぐん下がるときがあるように感じられます。ということは、変動幅が大きい時があるのでは。


変動幅は小さい方がよいと私は考えますので、糖質の多い食事は控えられた方が、得策ではないでしょうか。


許容カロリー内ならば、タンパク質や脂質でその分を補えば、血糖上昇はありませんから、空腹にはならないですよね。


もっと大切なことがあります。それは「楽しく食べること」これにつきますでしょ。ねっ!!。(幸笑)。

今日も素敵な一日になりますように。
お会いできてとてもうれしいです。


患者さんの(有志の方の)力を借りて


いろんなことを調べました(血糖値測定だけですが)。




そんなことを繰り返していくうちに、


あることが気になり出しました。




HbA1cという値のことです。


当時、2~3ヶ月の血糖値の平均と思ってよい・・・


と私は教わりました。




これ、ほんとかなあ・・・・。




そこで、


私もいただいた皆さんの測定データから


平均血糖値を計算してみました。




すると、その値を集めて、


HbA1cを横軸に


血糖値の平均値を縦軸に


グラフを書いてみると・・・・


驚くことに、


ほぼ一次関数のようになったのです。




もちろんざっくりです。


そうなって欲しいという気持ちが


左右したことは否定できません(笑)。




これはどういうことか・・・。


そのグラフがあれば、


HbA1cをだいたいですが、


予想できるということです。




つまり、


自己測定の血糖値を用いて


平均血糖値を出せば


HbA1cを実際に測定する前に


HbA1cの値を予測できる


ということなのです。




これには、私はときめきました。


(笑わないでください・・・)




さらに、次の疑問が沸いてきたのです。




血糖値の山が高くて、谷が深い人と




山はそれほど高くはなくて、


谷もそれほど深くない人との




それぞれの平均値を計算すると・・・・


そうです、


平均値は同じくらいの値で


でてしまうことがよくありました。




これは、病状を正確に


反映していないということを意味します。




そこで、


血糖値のばらつきを何とか捉えら得ないか・・・


と考えたのです。




次回、


私の、


自己満足な「夏休みの自由研究」


のような「手法とその結果」


をお話しします(笑)。






今日も素敵な一日でありますように。


お会いできてうれしいかぎりです。


(保健医療における治療の範疇ではありません。


 あくまでも私的なアドバイスですのであしからず。




前回は、耐糖能異常と血糖値の経時変化を


そのむかし、イメージで捉えたお話しをしました。


患者さんの有志の方に


ご協力願った思い出です。




時間を横軸、血糖値を縦軸とした時、


耐糖能異常であるほどに、


グラフは右にズレ、山は大きくなりました。




そのズレが、


正常な血糖値の人と


耐糖能異常の人との違い


というロジックで、


境界型の人が自覚を持つように


指導したのです。


なつかしい。




当時は、


検診の空腹時血糖値が低ければ、


あまり深刻になりませんでした。




インスリンの基礎分泌はある程度、


しっかりしていて、


さらに、


追加分泌は遅れますが、


しっかりインスリンが出る様な人は


山が右に少しズレ、


山の高さも高くなっているのに、


頂上からかなり深めに谷底へ落ちてゆくので、


正常に見えてしまう。




HbA1cもようやく


指標として出てきた頃なので


HbA1cがまずまずの値なら


何の心配もいらない・・・・という


時代でした。




今でこそ、


患者さんが、


自分の意思で、


インターネットという


インフラを使って、


ひとりでどんどん勉強できます。




食後高血糖が危険・・・


そんなこと当たり前という


時代になりましたが、




ほんの十数年前は、


まだまだ開業医さんなどの一部では


ろくな説明もしないで、




よくわからない


カロリー制限一辺倒の食事療法、




ただただ運動をしなさいと言い張る


むちゃくちゃな運動療法、




とにかく血糖値を下げることを


エンドポイントのした


経口血糖降下剤の大量投与による


恐ろしい薬物療法、




そんな暗黒の時代があったのです(笑)。




そんな時、なじみの薄い、


血糖自己測定をみんなで測って


検討するなんて、


危ない集団とみられました(笑)。




指に針を刺し、


血をちょっとだし、


器械につけて、


数字を読む。




それを何度もやってる・・・


ちょっと変なことしてるんじゃないか・・・


なんて言われたことがあります・・・。


今では、笑い話ですが。




そんなことを長いこと繰り返しながら


年月は流れました。


途中、


私としては大発見がありました。


今思えば、


夏休みの自由研究の域を出ませんが


これがわかったとき、


私は、酔いしれました・・・。




次回、それをお話しします。




今日も素敵な一日でありますように。


お会いできてうれしいかぎりです。


(保健医療における治療の範疇ではありません。


 あくまでも私的なアドバイスですのであしからず。



前回は、


糖尿病ではない人(2名)と


糖尿病(食事療法と運動療法、服薬なし)の人(4名)


とのあいだに、


食後の血糖値がピークになるまでの時間に


「ズレ」があるということがわかった、


という話をしました。




たった6名ですが、


このふたつのグループは、


それぞれ共通した傾向を示しました。




糖尿病ではない人は


食後60分よりもちょっと前にピークがおとずれる。




一方、


糖尿病(食事療法と運動療法、服薬なし)の人は


食後60分ないし60分ちょっあと


ピークがおとずれる。




これから、


耐糖能異常は、


山の頂上(血糖値のピーク)を右にずらす。


右にずらすというのは、


ピークになるのが、時間的に遅れるということ。




さらにわかることは、頂上の高さも少し高くなる傾向。


イメージ的には、


耐糖能異常が強いほど、右の方に膨らむ高い山になる、


と捉えることができました。




これは、


「糖尿病ではない人」と


「境界型の人あるいは


 ごく初期の糖尿病の方」との


との決定的な違いとして、


境界型の方を指導するのに、


とてもイメージしやすい内容でした。




境界型の人は、自覚がほとんどありませんから。




今なら、強く指導します。


食後の高血糖を上げないようにしよう。


食後2時間値が


140mg/dl以下


になることを目標にしようと。




空腹時血糖値や


食後の血糖値を一回測るだけでは


全く見えてこないんです。


雲を掴む様な思いだったのを


懐かしく思います。




今日も素敵な一日でありますように。


お会いできてうれしいかぎりです。


(保健医療における治療の範疇ではありません。


 あくまでも私的なアドバイスですのであしからず。



前回はHbA1cを追いかけているだけでは


血糖変動幅の影響を見逃してしまう


というお話をしました。




今のお話しは、


血糖自己測定とあまり縁のない


2型糖尿病や


糖尿病予備軍と呼ばれる方々


(あるいはそのご家族)に


向けて書いています。




あまり縁のないというのは、


適切な表現ではないかもしれませんが、




インスリン治療は、まだしておらず、


経口血糖降下薬による薬物治療


または


内服薬なしの療法によるため、




保険制度上、


血糖自己測定機器等の補助はなく


したがって、


自己負担で測定環境を整えなければならない


という現実のため、




血糖自己測定を実践されている方が


少ないというニュアンスです。




ではなぜ、


血糖自己測定を推奨しているかというと


それをすることで、


格段に血糖値コントロールが


よくなるケースが多いからです。




格段に血糖値コントロールが


よくなる・・・とはどういうことか、


お分かりでしょうか。




これは、


「HbA1cがよくなっていく」


という意味だけではありません。




前回も申し上げましたが、


モンチ様の言葉を借りると





  • インスリンの分泌が充分あって、出るタイミングの遅れる人は、食後急激に血糖値が上がって、急激に下がります。

  • この人は、平均値のHbA1cは低い数値が出ます。




この現実があるからです。




HbA1cが低くなっていればそれでいいじゃない・・・


と言う考えの方もあるかもしれませんが、




糖尿病の進行にとって、怖いことは


 合併症の発症とその進行


につきます。




以前は、三大合併症のみが


クローズアップされていました。


三大合併症:糖尿病性腎症・糖尿病性網膜症・糖尿病性神経障害




今は、それだけではありません。


もっと差し迫った「糖尿病性大血管症」の発症です。


糖尿病性大血管症:心筋梗塞・脳梗塞・閉塞性動脈硬化症




この大血管症は、




血糖値の変動幅が大きいほど


リスクが大きくなる




ことがわかっているのです。




つまり、空腹時血糖値が低くても


(検診ではまずこの値から入ることが多いですね・・・)


食後高血糖が著しいとリスクなのです。




今までの経験値でお話ししますが、


糖尿病ではない人と


糖尿病(食事療法と運動療法、服薬なし)の人と


細かな自己測定によって、


食後の血糖値の変化を比較したことがあります。




カロリーチェックをした同じ食事を食べて


比較したことがあります。


食前から30分ごとに食後3時間まで測定しました。




それから、わかったことは


糖尿病でない人の血糖値のピークは


60分よりちょっと前に来ているらしいということ。




それに対して、


糖尿病(食事療法と運動療法、服薬なし)の方の


血糖値のピークは60分後よりちょっと遅れて


きているらしいと推測できました。




それまでは、


最高血糖値は一律食後60分後として


扱ってきたのですが、


同じ測定を何度か行って


同様の結果に近かったので、




「耐糖能の状態によって、ピークも変わる」


ことをみんなで実感しました。




こういうことを、強制ではなく


楽しんでやれれば、データは蓄積し、


新たな発見


(医学的にはわかっている内容ではあるが)


によって、能動的に


治療に取り組めるようになれると思います。




他にもいくつか(私たちにとっての)発見が


ありましたので、次回お話しします。




今日も素敵な一日でありますように。


お会いできてうれしいかぎりです。


(保健医療における治療の範疇ではありません。


 あくまでも私的なアドバイスですのであしからず。


一日11回(14回)の血糖測定は


多すぎるでしょうか。


毎日ではありません。


ある「一日」でいいです。


「わたし」の血糖日内変化を把握するためです。




これが把握できると、


糖尿病の2種類の「血糖値の問題」のひとつ、


食後高血糖(血糖値変動幅)


のコントロールに役立ちます。




このことを知らずに頑張ると


損をするかもしれません。




もしもこのことを知らない場合、


どうやって自身の糖尿ケアを評価しますか?




HbA1cの低下の様子ですか?


果たして、それで完璧でしょうか?




以下は、血糖自己測定に精通しておられ、


さらに、


ご自身で糖尿ケアの理論を確立しておられる


モンチ様とのやり取りです。


ちょっと読んでみてください。






2型糖尿病患者の20年間縦断的観察、HbA1cは改善も合併症や動脈硬化疾患は顕著に増加


2012-06-30 08:04:51 


テーマ:糖尿病


 勤医協中央病院(北海道札幌市)に20年以上継続通院が可能だった2型糖尿病患者150人を縦断的に検討したところ、HbA1cは改善したが、糖尿病性合併症や動脈硬化性疾患は顕著に増加していることが分かった。517日から横浜で開催中の第55回日本糖尿病学会(JDS2012)で同病院内科の伊古田明美氏らが発表した。

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/gakkai/jds2012/201205/525003.html








HbA1cを改善しても、しなくても同じってことはないよネ。


[ ↑ モンチ様のコメント]





  • 1. HbA1cは手軽ですが・・・。

    やはり、HbA1cの向こう側に潜む日内変動に左右されるのではないですかね。

  • 連続するデータ変化をみないと、酸化ストレスもつかめないですもんね。品川

    2012-07-01 15:11:44




  • 2. Re:HbA1cは手軽ですが・・・。

    >糖尿根治のガイド:薬剤師 品川さん

  • 最近HbA1cは健康管理(糖尿病)に最適だと思えなく成っています。


  • インスリンの分泌が充分あって、出るタイミングの遅れる人は、食後急激に血糖値が上がって、急激に下がります。

  • この人は、平均値のHbA1cは低い数値が出ます。


  • 食事で血糖値が上がれば、運動で下げれば良いと言う考えにも賛成出来ません。


  • モンチは筋肉を増やして、血糖値を上げないようにと運動をしています。


  • まずは、血糖値を必要以上(250mg/dL)以上に上げないことが肝心かと思っています。


  • (個人差はありますが)

    モンチ@型糖尿病(被爆者)
    2012-07-01 15:42:35




  • 3. Re:Re:HbA1cは手軽ですが・・・。

    >モンチ@型糖尿病(被爆者)さん

  • さすがですね。

  • 私も同感です。

  • 私の養生訓でも、

  • 肉体進化の大きな柱は筋力強化です。

  • いつかこのコメントを私の記事に使わせてください。よろしくお願いします。

    2012-07-02 07:45:13




  • 4. インスリンの、出るタイミングの遅れる人は・・・

    食事30分ぐい前に少し糖質を摂ると、血糖値の上昇を抑えられます。


  • 満腹感も早めに感じられます。

    モンチ@型糖尿病(被爆者)
    2012-07-02 09:01:08




いかがでしょうか。


ほんの一例ではありますが、


HbA1cだけでは、自身の糖尿傾向を


把握するには十分ではないことがわかります。




2型糖尿の方で、


まだケアが始まったばかりの方は、


HbA1cを、できるだけ下げることに


終始すると想いますが、


是非この記事のことを思い出してください。




モンチ様ありがとうございました。




今日も素敵な一日でありますように。


お会いできてうれしいかぎりです。


(保健医療における治療の範疇ではありません。


 あくまでも私的なアドバイスですのであしからず。


前回、




日常生活を連続する事象として捉え、




その十数時間のあいだに


何回か血糖値を測定する




という作業が、とてもとても有益です。




ということを言いましたら、メッセージを頂きました。




・・・・・1日の生活の中で、


何回も測定を繰り返し続けるのは、


現実的ではない・・・・・




おっしゃるとおりです。


「日常生活のなかの血糖値変化を


 常に定時で測定しましょう」


ということではありません。




まずは、一度でいいので、


丸一日の血糖値変化を測定してみてください・・・


という意味です。




具体的にいうと、


1日11回(14回)だけ、


まず測定してみるということです。




丸一日を使っての測定ポイントは


例えば、次のようなものです。




早朝5時頃




朝食前


(朝食後30分)


朝食後1時間 


朝食後2時間




昼食前 


(昼食後30分)


昼食後1時間 


昼食後2時間




夕食前 


(夕食後30分)


夕食後1時間 


夕食後2時間


就寝前






こんなに、むやみに測定しても意味がない・・・


という方がいらっしゃるかもしれませんね。


それはそれで仕方ないですから、


そう思われる場合は、


このような特殊な自己測定は、


・・・しないでください。




この11個(14個)のデータが


何をイメージさせてくれるのか・・・




私は、当時、


これを価値のあるものだと思いましたし、


今もなお、valuableだと思っています。




たった、11個(14個)の点に、


時間を絡ませると、


ヒトの、


一日の血糖値変化がイメージできます。


百聞は一見にしかず


と言いますが




横軸に時間、


縦軸に実測した血糖値をプロットして


グラフを書きます。


グラフ用紙を買ってきて、ご自分で手書きすることを


お勧めします。




この様な測定を「時々するのが理想」です。


一度だけ、手書きしたら、2度目以降は


Excelなどを使って、整理するのもいいでしょうし、


「血糖手帳」のようなものを作って記録するのも


いいでしょう。


もちろん、この時は、前にお話しした、


「食事」のこと


「運動」のこと


「体調」のこと


をいっしょに記録しておきます。




さて、どんな形のグラフが描けるのか・・・、


この「わたし」の血糖値の日内変化を


知ることができれば、


間食がどんな意味を持つか、


さらに、


「食べること」が


どんな現象を引き起こしているかが


わかるようになります。




このデータは、


さまざまなことを教えてくれます。




特に一番大事だと私が思うのは




グラフの「山」と


それに続く「谷」がつかめる


(実際にはおおよそではありますが)




ということ。




そのような「山」と「谷」が一日のうちに


何度か繰り返されるのが普通ですから、




点と点を結んで連続したグラフにしてみると


一日のうちの血糖値の「高・低」が


だいたいつかめます。




この「高低差」がわかれば、


「わたし」の血糖値の日内変動幅がわかります。




重要な意味を持つ


「血糖値の変動幅」


をざっくり把握できることになります。




この変動幅が大きいほど


「大血管障害」


のリスクが増大することが、


わかっていますから・・・。




糖尿病で最も注意すべきは


突然訪れるかもしれない


大血管障害でしょう。






今日も素敵な一日でありますように。


お会いできてうれしいかぎりです。


(保健医療における治療の範疇ではありません。


 あくまでも私的なアドバイスですのであしからず。