地域文化と「共創」の現在――記憶と歴史のあいだで
近年、多くの自治体で「市民と共につくる文化政策」や「共創による未来づくり」といった旗印のもと、地域の語りや個人の経験を公的な文化資源として活用しようとする動きが広がっています。
このような取り組み自体は歓迎すべきものです。しかしその一方で、私たちは今、次のような問いを改めて立ててみる必要があるのではないでしょうか。
――「語り」と「歴史」は、いつ、どのように区別されているのか?
――市民と行政の“共創”は、対等な知の協働になっているのか?
――その文化発信は、誰の視点に基づいて、誰の声を代弁しているのか?
とくに、行政主導の展示や講座において、「記憶」や「語り」を用いる際、事実確認のプロセスや学術的検証が十分に行われないまま、“歴史”として制度化されてしまう危険があります。これが繰り返されれば、地域の歴史的理解そのものが、公的な物語の中に固定化・単一化されてしまう可能性があります。
歴史とは、本来、多様な記録と複数の視点から読み解く知的営みであり、その正確性と検証性が公共的価値の根幹です。
市民の語りは貴重な文化遺産ですが、語られなかった声、矛盾した記録、それらを検証する知の方法もまた、公共に属する資源であるべきです。
「共創」は、耳障りの良い言葉で終わってはならず、市民と行政、そして文化の専門性とが緊張感を持ちながら信頼を築く場であるべきです。その緊張があってこそ、未来に誇れる公共的文化が育まれると、私たちは考えます。
「小千谷地域の起源 総括・第二章」
知の空洞化と郷土史の再構築
一、第二四四号再考
「小千谷町の成り立ちと
郷土史的再検証」
二、第二四五号再考
「村落空間の再構築と
語りの史料批判」
三、第二四六号再考
「村落空間の復元と
地名の歴史的転位」
《補足論考一》
知の空洞化と郷土史の再構築
─制度化された語りの危機と
『小千谷文化』の試み
《補足論考二》
西脇順三郎の詩世界
―地域、翻訳、そして記憶の断絶
《補足論考三》
―目崎徳衛再考─
「制度外的知識人の構造
と地域的権威化をめぐって」
・特別寄稿
小千谷小学校の歴史、
私たちが取り戻すべきもの?〜目崎徳衛の言葉より大切な、私たちの物語〜
《補足論考四》
「行政文化政策と「地域の物語」構造」
―小千谷市の事例を手がかりに―
『小千谷文化』244号から246号にかけて展開された論考群の総括252号は、いずれも「郷土史の変容」を主題としつつ、その変容をもたらした構造的背景を可視化することによって、変容される以前の郷土史像の復元を試みるものである。
そこにおける批判的視点は、特定の人物や組織に対する攻撃を目的とするものではなく、過去の地域史が持っていた本来の意味や構造が、いかにして現在の語りに書き換えられてきたかを明らかにするものである。
