🆕新刊🆕『小千谷文化』第254号
発行日…令和八年四月二十五日

表紙写真コラージュ
①第249号表紙から
…山谷村古文書
…吉谷村古文書
②第250号表紙から
小千谷・宇沢弘文講演会
…山古志古文書
…山古志虫亀の薬師峠追分地蔵と薬師堂由来看板
…江戸期薭生村絵図
③山古志虫亀阿弥陀如来木像
④江戸期時水村絵図

新刊🆕『小千谷文化』第254号
地域の歴史と歩んで71年。今号も、郷土文化の価値を共有し、共に歩んでくださる以下の施設へお届けしました。新潟県立図書館および長岡市立中央図書館には、長年にわたり文化活動への深いご理解と「購入」による多大なご支援をいただいております。
《蔵書施設一覧》
〈公共施設〉
・国立国会図書館
・新潟県立図書館
・長岡市立中央図書館
・魚沼市立図書館
・南魚沼市立図書館
・新潟県立歴史博物館
・新潟県立文書館

〈大学施設〉
・新潟大学附属図書館
・新潟産業大学附属図書館
・長岡大学図書館
・上越教育大学附属図書館

※蔵書登録が未了の施設も含みます。

お近くの図書館で『小千谷文化』を見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。
第254号は、国立国会図書館をはじめ、新潟県内の主要な大学・公共図書館で閲覧可能です。地域の文化を支えるのは、資料を守る施設と、それを読む皆様の関心です。
(※施設により配架まで時間がかかる場合があります)
次世代へ繋ぐべき「地域資料」としての『小千谷文化』。
この文化的意義に共鳴し、信頼関係を築けている機関に限定して寄贈・送付を行っております。地域の記憶を棚に並べ、守り続けてくださる各図書館・博物館の皆様に深く感謝申し上げます。

南魚沼市立図書館
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魚沼市立図書館
https://www.city.uonuma.lg.jp/site/library/#subsite_menu_wrap

新潟県立図書館
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長岡市立図書館
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国立国会図書館
http://id.ndl.go.jp/bib/025541132

小千谷市の郷土史はいかに「物語」となったか

― 過去を必要としなくなった行政文化 ―

《はじめに》
郷土史が直面している問題は、単に研究者が減少していることだけではない。むしろ、文化行政の枠組みの中で、過去を検証する必要性そのものが弱くなっていることにあるように見える。
市町村史編さん事業は、戦後の地方自治体において地域の歴史を体系的に整理する試みとして広く行われてきた。そこでは、史料の収集や調査が行われ、地域史研究の基盤が形成された。しかしその後、文化行政や生涯学習施策の展開の中で、郷土史の位置づけは徐々に変化してきた。
ここでは、市町村史編さん以後の文化行政の変化を手がかりとして、郷土史がどのように扱われるようになったのかを整理し、その結果として生じている地域史の変化について考えてみたい。

《1 市町村史編さんと郷土史研究》
1970年代から1980年代にかけて、多くの自治体で市町村史編さん事業が進められた。これは地域の歴史を体系的に整理する行政事業であると同時に、地域史研究を進める契機でもあった。
市町村史編さんでは、古文書調査や聞き取り調査が行われ、地域に残された史料が収集された。こうした作業は、それまで個人の努力に依存することが多かった郷土史研究に対して、一定の基盤を与える役割を果たした。
一方で、市町村史編さんは行政事業である以上、研究の方向や成果の整理の仕方にも行政的な枠組みが存在した。地域の歴史を体系的に記述するという目的は、必ずしも研究上の問題意識と一致するとは限らない。
それでも、この時期の市町村史編さんは、少なくとも史料に基づいて地域の過去を検証する試みとして位置づけることができる。

《2 文化行政の変化と郷土史》
市町村史編さん事業が一段落した後、文化行政の中心は次第に生涯学習や文化施設の運営へと移っていった。博物館や資料館、文化会館などの整備が進み、地域文化の紹介や教育活動が行われるようになった。
こうした取り組みは、地域文化を広く共有する場として重要な役割を果たしてきた。しかしその一方で、郷土史の扱い方にも変化が生じている。
近年の文化事業では、展示や講座、ワークショップなどを通じて、市民が地域文化に参加する形が重視されるようになっている。そこでは、歴史は必ずしも研究対象として扱われるのではなく、地域の魅力やアイデンティティを表現する要素として提示されることが多い。
このような変化の中で、郷土史は史料に基づく検証の対象というよりも、地域文化の象徴として扱われる場面が増えているように見える。

《3 行政空洞化と物語化》
 行政において必要とされているのは、郷土史そのものではなく、歴史を模倣した地域物語として機能する構造である。
 本稿では、この構造を「行政空洞化と物語化」と定義する。
 このとき、史料に基づく検証過程は後景化し、歴史像は物語として提示される。
 この構造は個別の事例にとどまらず、文化行政の運用過程において広く生じうる現象である。
**しかしそのことは、この構造が地域の歴史認識に与える影響の大きさをむしろ示すものである。**
この現象は文化政策研究では、歴史が文化資源として利用される過程を指して「ヘリテージ化」と呼ばれることがある。
その過程は次のように整理することができる。
研究対象
文化資源
象徴
 そして、現在見られる状況は、歴史そのものが文化資源として利用される段階をさらに越えているように見える。そこでは歴史そのものではなく、歴史を模倣した物語が地域の象徴として用いられている。
この構造を整理すると、
歴史
歴史の模倣
物語
という過程が想定される。本稿では、この郷土史を直接利用しない構造を**「行政空洞化と物語化」**として位置づける。

《おわりに》
市町村史編さん以後の文化行政の変化を振り返ると、郷土史の位置づけは大きく変化している。かつては史料に基づいて地域の過去を検証する試みとして位置づけられていた郷土史は、現在では地域文化を表現する物語の一部として扱われることが多くなっている。
この変化は、文化行政の枠組みの中で地域文化を共有しようとする試みの結果でもある。しかしその過程で、史料に基づいて過去を検証するという郷土史の役割は、次第に弱くなっているようにも見える。
郷土史が地域社会の中でどのような意味を持つのかを改めて考えるとき、過去を物語として共有することと、史料に基づく検証を続けることとの関係をどのように位置づけるのかが問われているように思われる。



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郷土史を『物語』化した文化行政施策の検証
【『小千谷文化』第251〜254号の視点から】

「行政空洞化と物語化」「ヘリテージ化の限界」「『小千谷市史』編さん後の断絶」――
こうした視点から、小千谷市の文化行政が「実証的な郷土史」を後退させ、情緒的な「物語」へと再編していく構造が示されている。
この指摘を踏まえると、さらに明確になる論点がある。

■① 身分的多元性の欠落

行政が作る「物語」の最大の問題は、歴史の身分的多元性を削ぎ落としている点にある。

かつての地域社会は、単一の身分や属性では説明できない構造を持っていた。百姓・商業・宗教・対外関係といった複数の役割が重層的に重なり合うことで、社会は成立していたのである。

しかし行政の物語は、この複雑な構造を保持できない。その結果、歴史的主体は「慈愛の父」「自治の先駆者」といった単一の属性へと還元される。

この単純化は単なる表現の問題ではない。
それは、地域社会の構造そのものを不可視化する空洞化の核心である。

したがって、この「物語化」は、より厳密には
👉 身分的多元性の解体過程
として捉えるべきである。

■② 「知・記憶の自治」という対抗軸

この問題は、問いかけのままにしておけない。

行政が過去を必要としなくなった以上、
👉 市民が自ら「知・記憶の自治」を確立する以外に道はない。

ここでいう自治とは、単なる参加ではない。
行政が提示する物語を消費するのではなく、史料に基づき、地域の複雑な構造を自ら検証し続ける主体となることである。

これは「郷土史研究」という枠を越え、
👉 文化運動としての郷土史の再編
と位置づけるべき段階に来ている。

■③ 具体的事例の問題

本稿で指摘される「歴史の模倣」は抽象的な問題ではない。

例えば、
・地名由来の単純化(ばば清水の説明変遷)
・特定人物像の固定化(佐藤佐平次・佐藤半左衛門の顕彰的語り)

といった現象は、本来複数の解釈や文脈を持っていた歴史が、単一の「公式説明」へと収束していく過程として理解できる。

これらはすべて、身分的多元性を前提とした歴史が、物語へと再編される具体的事例である。

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【結論的補強】

いま問われているのは、
行政がどのような物語を作るかではない。

👉 誰が歴史を検証する主体であるのか
という問題である。

行政の物語化に対する最大の抵抗は、
一見非効率に見える「史料に基づく地道な検証」を、地域の持続性を支える文化運動として再生させることにある。

それこそが、「知・記憶の自治」の具体的実践である。