小千谷市に何が起きているのか?
 〜隠された小千谷町の成り立ち〜
知の空洞化と郷土史の再構築──制度化された語りの危機と『小千谷文化』の試み(続編その3)

創作された「小千谷の父」──小千谷市文化行政にみる語りの制度化――「佐藤半左衛門の子孫」展示をめぐって---行政の構造的問題の視点から〜〜〜

一、「ホントカ。」という公的文化拠点
 「ホントカ。」は、新潟県小千谷市の中心市街地に2023年に誕生した、図書館を核とした複合的な文化拠点である。
 そこには図書館機能のほか、郷土資料展示、子育て支援、交流・創造スペースなどが融合し、「ひと・まち・文化の共創」を掲げて運営されている。
 愛称の「ホントカ。」は、「本とか(本以外にもいろいろ)」と「本当か!?(驚きや発見)」の二重の意味を込めたもので、まさに「知と発見の広場」を意図している。その一角で、2024年9月26日公開(10月11日更新)として掲出されたのが、
「みんなの手で、未来づくり大作戦―2024常設展示⑤ 佐藤半左衛門の子孫」である。
展示文は、半左衛門の分家を名乗る人物の聞き取りをもとにした内容で、「半左衛門は小千谷の『父』」「いなければ今の小千谷はなかった」と語る。
https://hontoka.city.ojiya.niigata.jp/archive-000066

 二、行政拠点における「語り」の登場
 展示の語り手は、2014年ごろから町内会長として地域の歴史を語り始めたと述べている。
 しかし、この「佐藤半左衛門」を「小千谷の父」とする語りは、従来の文献や市史、郷土誌のいずれにも見られない。
 つまり、地域社会に伝承されてきた物語ではなく、近年の個人的な記憶や再解釈の中から形成された語りである。
 さらに追求すると、この語りはいつしか小千谷市政の中で生まれた可能性が高い。語り手の父親がまとめた冊子を基に、2014年頃の町内会活動から広がり、小千谷小学校150周年での石碑建立提案で具体化し、市の「おぢやの千の宝」プロジェクトを通じて行政の文化的象徴として定着した。hontoka.city.ojiya.niigata.jp

 市政内の無自覚な蓄積が、個人的記憶を公的ナラティブへ変換したプロセスを示している。その語りが、「ホントカ。」という行政の文化拠点において、「常設展示」という形式で公式公開された点にこそ、重要な問題がある。
 なぜなら「ホントカ。」は単なる展示室ではなく、小千谷市の公的文化情報発信拠点であり、そこで発表される内容は市民にとって「行政が認めた地域の歴史」として受け止められるからである。

 三、語りと史実の境界の曖昧化
 「ホントカ。」の展示方針は、地域住民の「手と声」を記録・紹介するというものである。
 その理念自体は、市民の文化参加を促す上で意義深い。
 だが、聞き取りや語りをそのまま公的展示に用いる場合、それが史実か創作的記憶かを明示しない限り、観覧者は「公式史」と誤認する危険がある。
 今回の展示では、史料的裏づけや形成過程の説明がなく、「半左衛門は小千谷の父」という表現のみが断定的に掲げられている。
 これは、個人の語りを「公的記録」に転化してしまう構造であり、結果として創作的記憶の制度化を生んでいる。

 ホントカ。と文化行政の狭間で、地域の歴史は方向を見失ったのかも知れない。市民参加の「共創」が検証不足のまま進むと、輪番庄屋制の史実と「父」表現の乖離が、歴史の客観性を曖昧にし、プロパガンダ的な傾斜を招く。

 四、市民参加と行政責任のあいだ
 市民の語りを行政が扱うとき、そこには二重の責任が生じる。
 一方で市民の創造性を尊重し、他方で公共性と学術的検証の基準を守らねばならない。
 もし後者が欠ければ、行政は「地域住民の発言」を盾に、史実の検証責任を放棄することになる。
 「ホントカ。」の展示事例は、市民参加を前面に出しつつも、実際には「行政による公式承認」として語りを固定化している点で、
 文化行政に特有の責任の転嫁構造を示している。
構造的問題として、地方行政の予算・人材不足がこの転嫁を助長し、市史編纂の停滞が語りの空白を埋める形で創作を容認してしまう。

 つまり、「誰もが語っていい」ことと「行政が公式化する」ことを区別せずに行われた結果、創作的語りが「市の歴史」として制度的に承認されてしまったのである。

 五、文化行政に求められる検証の視点
 文化行政が市民の声を取り入れることは重要だが、
その過程には次のような検証と注記が不可欠である。

・語りの成立時期と背景の明示

・歴史的史料や先行研究との照合

・「史実」と「記憶」「創作」の区別表示

・展示編集の責任主体と審査体制の明確化

 これらが欠かされると、行政展示は「資料的価値」を失い、むしろ地域史の理解を混乱させる結果を生む。
 現代的価値観では、ポスト真実社会のリスクを考慮し、郷土史はアイデンティティの表出として多様性を認めつつ、科学的な検証を義務づけるべきである。

 六、「共創」の名のもとで
 「ホントカ。」は、市民と行政が共に文化を創る場として構想された。
 しかし今回の展示が示すのは、共創の名のもとに行政が新たな物語を創出し、それを制度化した事例である。
 「佐藤半左衛門」を「小千谷の父」とする語りは、従来の地域社会に伝承されてきたものではなく、21世紀に入ってから形成された新しい創作的記憶である。

 それを公的展示として公式化した瞬間、語りは「歴史」へと変換され、行政の文化的正統性を支える象徴装置となった。
 現代的価値観や構造的問題によって郷土史の透明性が求められる今、このような変換は、行政責任の再考を迫る。

 この構造は、かつての文化行政が行ってきた「市民文化の再演」とも異なる。
 かつては既存の物語を繰り返し演出してきたに過ぎなかったが、いまや行政は自ら物語を創り出す主体となったのである。
 そこに見られるのは、過去の継承ではなく、「行政的創作」の時代への移行である。
 したがって、問うべきは「どのように語り継がれてきたか」ではなく、「いつ、どのように創られ、誰によって制度化されたのか」という視点である。
 この転換点に立ち、私たちは「共創」の理念を改めて問わねばならない。
 共に創るとは、行政が語りを与えることではなく、
市民が自らの記憶と想像力で語りの多様性を取り戻す営みである。「ホントカ?」という言葉の本来の意味――問いかけ、疑うこと。
 それを取り戻すとき、はじめて文化行政は真に「市民とともにある場」へと変わる可能性を秘めている。

(『小千谷文化』第251号、第252号 続編エッセイ)