知の空洞化と郷土史の再構築──制度化された語りの危機と『小千谷文化』の試み
序:制度化された語りの危機

近年、小千谷市の文化行政において、制度的枠組みの中で語られる歴史的言説が、地域社会の多様な記憶や史実を抑圧・選別する傾向にある。この構造は、かつて制度外知識人として知られた目崎徳衛の影響を受けながら、その後も行政的・制度的に継承された「語りの公式化」の系譜に連なるものと考えられる。郷土史が「顕彰」と「物語」へ偏重し、再構築の契機を失いつつある現実がある。

このようななか、郷土史誌『小千谷文化』は、制度に取り込まれない市民的視点と実践によって、語られざる記憶や史実の回復を試みている。その実践は、学術論文と民間批評誌の中間に位置づけられるメディアとして、地域社会における知的再編成の可能性を体現するものである。

1. 市民実践としての郷土史──「語り」の逆流に抗して

『小千谷文化』第250〜251号には、郷土史実践の象徴的事例が掲載された。80歳を越えて筆を執った佐藤澄子氏の寄稿は、地域の長老たちが抱えてきた記憶の核心を物語として提示しただけでなく、それを郷土史の文脈に接続する構成を『小千谷文化』編集部が担った点に大きな意味がある。

佐藤氏が記録した「権平じいさま」は、岩沢の惣左衛門家から出た分家「惣吉」の家系であり、消えゆく地域共同体の声なき記憶を継承する最後の語り部だった。その声を郷土史原稿として形に残した実践は、行政が軽視してきた地域周縁の記憶の社会的再評価でもあった。

2. 歴史と民俗の境界──『お藤悲話』の事例

第243号に収録された川井田鶴氏の「お藤悲話」は、旧加治川村(現新発田市)から伝わる三姉妹の民話が、小千谷市内の浄土真宗大谷派・勝覚寺に伝承されていたという内容を記録したものである。これは地域的記憶の連携の証とも言えるが、行政や文化関係者はこの伝承に無関心であり、実質的に「知らんぷり」してきた。

ただし、この態度は行政に限らず、地域住民を含めた「語りの空洞化」が生じていることの反映である。制度化された語りに依存する地域社会では、非制度的な記憶の扱いが不安定となり、歴史的公共性が失われている。

勝覚寺の由緒に関する記録からは、草間家の血脈が絶えた後、寺の後継者が制度的継承ではなく外部から迎えられたものであることが分かっており、この点もまた、民話の伝承と制度的歴史の間に存在する非連続性を示している。

3. 翻訳される詩と郷土史──西脇順三郎の再検討

『小千谷文化』はまた、小千谷出身の詩人・西脇順三郎に対する視点からも、地域的知識と詩的世界との接合を試みてきた。特に第233号では、船岡山に関する地域資料を踏まえ、西脇の詩の背景を地域史の観点から読み直す作業が行われた。

これは単なる文学的検証ではなく、「詩の翻訳」という行為における地域知識の欠如を批判的に捉えた実践である。英語詩の翻訳における誤読のリスクとして「郷土の歴史文化を理解しない者による翻訳の限界」が提示され、詩的テクストを郷土の社会文脈の中で再解釈する必要性が示された。

4. 目崎徳衛再考と文化行政の共犯関係

かつて郷土史に強い影響を与えた目崎徳衛は、制度外の知識人として評価される一方で、その語りはしばしば事実の選別や誇張を伴い、地域史を特定の枠組みへと収斂させた。その系譜が現代の行政文化政策に無批判に引き継がれたとすれば、それは公的知識の在り方に対する重大な課題を孕む。

市民学芸員制度やホントカ。を含む文化施設において、制度的知識を「共有」する営みが一見市民共創の形を取っていても、実際には行政主導による情報管理・語りの選別が顕在化している。

結語──語りの回復と郷土史の未来

『小千谷文化』は、これらの危機に対して、地域内部からの語りの回復と再構築を模索する批判的実践の場である。制度化された語りが地域史の公共性を奪うなか、市民による歴史の再発見と再記述の営みこそが、郷土史の未来を切り開く鍵である。

いま求められているのは、「共感的語り」に依存しない、「共検的歴史」の編成である。『小千谷文化』の歩みは、まさにその可能性を開くものである。