小千谷小学校の歴史、私たちが取り戻すべきもの?
〜目崎徳衛の言葉より大切な、私たちの物語〜
小千谷小学校って、私たちにとっていつも身近な存在ですよね。子どもの笑い声が聞こえてきたり、運動会で賑わったり、みんなの思い出が詰まった場所です。でも、その歴史のこと、ちゃんと知っていますか?
150周年のお祝いがあったとき、昔の話がいろいろ出てきました。その中で、「目崎徳衛さんって人が言ったことが、小千谷小学校の始まりの根拠なんだ」って話が中心だったんです。目崎さんは新潟出身で、歴史や文学、文化に幅広く関わり、大学で教えたり、文部省の仕事にも携わった人。でも、その言葉を裏付ける記録や証拠って、実は全く残っていないんです。小千谷小学校の公式ホームページでも、「日本一古い公立小学校」とする根拠として、目崎徳衛さんが1967年に言った言葉が載っています。『小千谷小学校が公立学校として日本一古い歴史を持つ学校であることは、諸調査より厳然たる事実である』って。でも、その「諸調査」って何? 本当に証拠がないのに、なぜそんな言葉が歴史の根拠になってるんでしょう。それって、ちょっとおかしくないですか?
昔、小千谷の識者が「目崎さんの見方は地域の歴史を歪めてる」と批判したこともあったそうです。それでも、彼の言葉がずっと使われてきたのは不思議です。「郷学」っていう江戸時代の学びと、近代の公立小学校って、実は全然違うもの。それをごっちゃにして語っちゃうと、本当の小千谷の歴史がぼやけてしまう。150周年で立派な冊子や演劇があったけど、そこに書かれたことが本当に正しいのか、考えてみたくなるんです。
地域の外から来た人たちが、この歴史を決めるのに大きな役割を果たしたって話もあります。でも、私たち地元の人間が、「自分たちの学校の歴史ってこうだよね」って声を上げるのも大事じゃないでしょうか。小千谷小学校に関係した教育関係者もたくさんいるのに、誰も「おかしいよ」って言わないのは、少し寂しい気がします。
小千谷の歴史は、私たちの誇りそのものです。だからこそ、誰かの言葉だけで決めるんじゃなくて、みんなで「本当はどうだったんだろう?」って確かめてみるのはどうでしょう。あなたの知ってる小千谷小学校の話、ぜひ聞かせてほしいです。
この原稿は、以下の続編として一般向けに記述したものです。
『小千谷文化』第244号(令和4年12月発行)
「郷学から始まった小千谷小学校」
〜隠された小千谷小学校の起源と真実〜
小千谷小学校は155年の歴史と伝統を誇り、それだけで地域の貴重な遺産です。
それなのに、なぜ「日本一」という称号にこだわる必要があるのでしょうか。
目崎徳衛が提示した、証拠に欠ける「日本一」の定義を掲げ続けることに、
私たちはどのような意味を見出すべきか、一度立ち止まって考えてみませんか。



