いつからだったか、わからない。
もしかしたら、あの時?
それとも、その時?
いやいや、この時?
ちょっと待てよ、初めから?
本当に本当に何時からかは覚えて無いが、
まぁ、気が付いたのはつい最近。
認めてしまうと何かに負けた気になるが、つまり、俺はこの女が好きなわけだ。
「はいはいどーぞ、冷めないうちにね」
裏通りの小さな喫茶店、カウンター越しに出された皿を受け取る。
「カレーってさぁ、簡単そうに見えるけど野菜の皮むきとかなんか面倒なんだよねー」
「ふーん」
カップを二つ持って来て隣に座る店主は俺の愛想も愛嬌も無い返事には特に気にしてい無いようで、
くるくると椅子を回しながら鼻歌なんか歌っている。
「あ、目まわった」
「ばかでしょ。あと、音痴。聞いてて気分悪い」
「んー?えー、十四松くんは上手だねーって言ってたよー」
カウンターにだらりと上半身を投げ出してこちらを見る目が細められた。
「あいつ適当なことばっか言うでしょ」
「そーかなぁー、…あ、にゃんこだ」
あいも変わらず中身がまるで無さそうなこの女の話しに、俺的にはそこそこ返事を返しているのだけど、
女は店の扉をカリカリと引っ掻く猫に手を振ってまるで聞いちゃい無い。
「にゃんこもタダ飯欲しいのかい?」
扉を開けて猫を招き入れると女はちょっと待てて、と店の奥に消え、猫は行儀良く先程まで女が座っていた椅子に澄まし顔で座っている。
そうしてまた店の奥から、下手くそな鼻歌が聞こえ、ため息を漏らすと猫が俺を見てひとなきした。
「…なんだよ」
『そんな目で見るなよ』
「…、」
え、なに、まだ薬きれてなかったのこいつ。
この前、変な博士に打たれた薬の効果がまだ消えてなかったようでにゃんこは俺の言葉の続きを話した。
「…分かってるよ、もっとうまくやれって言いたいんだろ」
『僕だってうまくやりたいと思ってるさ』
「…だけど、さ、」
『ちょっと距離が近づきすぎたんだよね』
そう、まさにそれだ。
馬鹿な女が馬鹿すぎる故にガードが甘過ぎて意図せず懐に飛び込んじまって、
逆にこっちが参ってしまっているわけで。
はぁ、とまたひとつため息をこぼして、少し冷めてしまったカレーを口へ運ぶ。
あー、他の兄弟ならもっとうまくやれるだろうに。
「はいはいにゃんこ、おまたーせ!」
魚やら肉やらが山盛り盛られた皿を猫の前に出して、先程とは反対怒鳴りの席に座り頬杖ついて猫を見つめる。
…ていうか、
「近いんだけど」
「えー?なに?何が近いの?」
ふぅん?と首をかしげる女に猫がいった。
『君が近いんだよ』
「へう!にゃんこシャベッタァー!」
『まじ超絶ミラクル!』
あぁ、やっぱ心の底から馬鹿なんだ。
「…あんまりこの猫の前で馬鹿なこと言わ無いほうがいいよ」
『本当の気持ちがわかる猫だから』
「へー、すごー、しゃべるだけでもすごいのに!読心術!」
目をキラキラさせながら猫を上から下まで見つめ続ける、そんな女にまたため息。
『…あー、なんでこんな馬鹿すきなんだろう?』
「え、」
「ふん?」
え、今こいつなんて言った?
『ため息ってカウントされんの?!』
「ちょ、まっ、」
『これじゃあ、この馬鹿に惚れてるのバレるだろうが!』
「ほうほう」
「あぁー…、」
もうやだ、何なの、馬鹿なの?俺が。
まさかこんな風に他人の、しかも猫からバラされるとか、もう誰か山にでも埋めてくれ。
「そうなのそうなんだねー、なるほどねー」
頭を抱える俺の横で彼女はふんふん、と頷き立ち上がると猫を抱えて扉へ歩き出した。
「…なに?引いた?」
こちらに背を向け扉に手をかける女をちらりと見る、
「んー」
女はまた空気が抜けるようなやる気のない声を出して振り返った。
「『あたしも一松くんすきだよ!』」
「え、」
「さらば!」
『恥ずかしいから戦線離脱!』
叫んで店主は客である俺を残して走り去ってしまった。
「…店どうすんの、」
あぁ、もう、ばかだ。
顔を赤くして、猫の声と合わさったその言葉。
ついさっきのその出来事がリピートして俺まで恥ずかしくって逃げ出したくなったけど、店を空けるわけにもいかず、
頭を抱え冷え切ったカレーを目一杯口に押し込んだ。
あぁ、ばか、あいしてる。
(他の奴にこんな顔見られたくないし、お前のそんな顔見せたくないから早く帰ってこいばか)