「まだ帰らない、」


あぁ、君は縋り付く様な目をしてそんなことを言って、でも、もっと大事なことは言ってはくれない。


「おうちの人心配するよー」


なんとなく、悪い顔になりそうなのを抑えいつも通りの笑顔を彼に向ける。


それでも彼は帰らないとそっぽを向くのだ。


「ほらほら、明日は特別大サービスしちゃうからさ、みんなに内緒の大サービスするからさ!」


「…それ、この前十四松にも言ってたよね」


丸め込もうとしたけど逆効果だった。


考えてもよくわからない。


どうするのがいいのだろうか?


絡ませた指を少し乱暴に振り払うと彼は目を丸くした。


「シキ?」


「おいかけっこしよっ!」


私が勝ったら、おうちに帰るんだよ!


勢い良く地面を蹴り出せば、待って!なんて珍しく焦ったのか少し上ずった声が後ろから聞こえた。


「はぁーはぁ、…うん?」


走って走って、


気がつけばいつか、走り去った彼を捕まえた所にたどり着いた。


今はあの時と違い、もう太陽はいない。


むき出しの額が冷たい風にさらされて、寒い。


「一松くん走るの遅いなぁ、」


なかなか見えない紫に寂しい気持ちを抱えながらあたしはもう少し先へ進んだ。


この辺は街灯も少なくて暗いせいか、いつもは目隠ししてる、胸の奥にある物が疼く。


あぁ、彼は来てくれるだろうか?


面倒で帰ってしまうだろうか?


一人は想像以上に寒くて、でもあたしには帰る事なんて出木ないから、ただ彼が来るのを待つばかり。






僕は君を信じてる。

(と、言ってもあたしが勝手に離れたんだけどね)




不安で不安で、

でも、なにがそんなに不安なのか分からないがとにかく不安だ。




コンビニ行きたい!そう叫んだシキに引きずられた帰り道。


彼女は目当ての餡プリンの入った袋をブンブン回している。


季節は秋と冬の境目で、日も暮れかけて寒いのに繋いだお互いの手はほんのり湿っていた。


「一松くん?」


不意に湿った手を振りほどいて、後ろから抱きしめる様に目隠しをした。


ただあの喫茶店に通ってた頃は気がつかなかった身長差に、あぁ、俺は男で、シキは女なんだなぁと改めて実感する。


いつだったか、にゃんこ越しだったけど、シキは俺を好きだと言ってくれた。


それから、こうやって抱きしめたしキスだってしたし、それ以上だってもう数え切れないくらいしたっていうのに。


ずっともやもやした気持ちが晴れない。


胸の奥に黒くて汚いドロドロした物が溜まりすぎて、溢れたつい先日、


気がつけば彼女の首を絞めている自分と笑いかけるシキがいた。


あの時、シキはなんて言った?


「どうしたのー?」


空気の抜けるようなやる気のない声、白い指が俺の手の甲を撫でた。


「…!なん、でもない、」


そう答えて溢れ出しそうなドロドロを抱えて気がつけば俺は彼女から逃げる様に走り出していた。


ずっと後ろで何処か楽しそうに待ってー、なんて叫び声を上げる彼女。


「はぁーはぁ」


此処までは追いつけないだろう、捕まえられないだろう。


この町にこんな所があったんだな、と高台から沈みかけた太陽を見下ろす。


「はぁーはぁ!追いついた…!」


ぼふり、衝撃と温もりが背中に広がる。


「えへへ、一松くんみーっけ!」


振り返れば彼女はまた笑っていて、また俺の胸がぎゅうぎゅう、と締め付けられる。


この気持ちを言葉にして、君に吐き出せればきっと楽なんだろうけど、


そんな勇気のない俺は胸元で笑う彼女に口づけをすることしかできなかった。




だまっていれど、あいしてるよ。


この触れ合った唇から全部伝わればいいのに。





「マスター、いつもの」


「またタダ珈琲飲みに来たの?」


行きつけの喫茶店で、サングラスを少しずらし、店主にそう告げると、店主に相変わらずダサい格好だねぇ痛いねぇと笑われて少し涙が出た。


「…で、なにー?また虐められたの?可哀想な子なの?」


「うっ、俺は別に可哀想な子なんかじゃ…」


「あ、泣いた」


言いかけて先日のことを思い出し、滲んだ程度だった涙がどっと溢れた。


店主が可哀想な子なのねー、と可愛らしい猫の刺繍が入ったハンカチで俺の目元を拭うがハンカチが水分を吸った分だけさらに溢れ、全く意味がない。


「あんまり泣か無いのー、ほらほら、梨を剥いてあげようねー」


食べるでしょ?とカゴから一つ取り出したそれの皮をむく店主にこくりと頷いた。

「ラフランスだよー、いい感じに熟れて美味しいよー。あ、あいすもあるよー」


ふんふん、と鼻歌と食器のぶつかる音がカウンターの奥で響く。


「ほいほい、お待たせお待たせしましたー」


「これは…?」


目の前には大きなパフェが出された。


「梨パフェですよー、仕上げはこれねー」


にんまり、笑って店主がパフェの天辺に、彼女と同じにんまり顏の猫が書かれた旗を刺した。


「カラ松くん、うざいけど元気な方がいいよ、うざいけど」


「二階も言わないでくれ、傷つく」


なんて返したけど、唇の端が嬉しさでヒクついていて、全然傷ついてない。


それを隠すように口いっぱいにパフェを放り込んだが、彼女にはすでにばれていた様で、


元気出てよかったねぇ、と旗を指先でいじりながらまた笑っていた。







まぁ、おあがりよ。

(そのすぐあとに来たおそ松兄さんにパフェを取られてまた涙が出た。)