4/2になりました。

千番からずーっと雨が降り続いており、予報でも日中はほぼ一日雨みたいです。

 

レインウェアは持参しているので既婚で歩くことも考えたのですが、朝早い段階で身体が濡れるのはきついなあと。

夕方以降は雨が上がるとの予報なので、この日は散歩を夜にシフトすることに。

とは言ってもまだ開いている施設がないのでやることもなく。

 

何となくですが、鵜住居のラグビースタジアムに。

 

素朴ですがいいグラウンドだと思います。

 

鵜住居駅の待合室兼売店のような建物が開いていたのでこちらに入りネット検索などしながら時間を潰すことに。

通勤・通学時間ということなのか、その間思ったよりも多くの三陸鉄道が行き交っていました。

 

この後トラブルが有ったようで遅延が発生してましたが。

「9時2分発の久慈行き」ってなアナウンスを聴いて「くじ」が被って分かりづらいななんて思いw。

 

9時半オープンだった、いのちをつなぐ未来館に。

企画展なのか震災絡みの写真展を観てから常設展示を。

 

ちょっと考えさせられたのはこちらです。

 

防災センターという名前で合ったことも一因のようですが、地震後にここに集まって避難していたつもりが津波でやられてしまったと。

気の緩みということなんでしょうかね?

前日見た言葉のように「後で笑われてもいいから高いところに逃げよう」と言える人が居なかったのが残念ですね。

屋上まで上がれば津波がギリギリ届かなったようなのですが、外側の梯子を登らないと辿り着けないような構造になっていて。

津波のリスクが有る地域の公共建築物としてはちょっとお粗末だったんじゃないかと個人的には思います。

 

一方で小中学校は避難を終えてから家族と合流後などに亡くなったケースはあるものの、そういう特殊な例を除けば被害はゼロ。

 

これは素晴らしいことですね。

この経験をした子どもたちが存命の内に次の津波が来れば知見を活かせるのでしょうが、それだと短いスパンでの災害を望むことになってしまい。

とにかく子どもたちに継続的に教育を施していくしかないんでしょうね。

 

こちらは市役所かなんかに保管してあったであろう新日鉄釜石ラグビー部のボールです。

 

ラグビーボールと言えばこんなモニュメントもあります。

 

お昼はこちらに。

 

チャーシューが大きくて600円という値段に反して非常に満足度の高いラーメンでした。

一方で残念だったのは味噌おにぎり。

美味しくないということではなくて、中に僕の大嫌いな梅干しが入っていて。

普通味噌おにぎりって具は無いですよね?

梅干しはもちろんですが、赤くなった部分のお米も残すことになってしまいました。

 

ともかく、11時の開店早々から客が続々と訪れる人気店でございました。

 

少し北に戻って鉄の歴史感に。

 

もう少し製鉄自体について学べるのかと思ったのですが、それよりは釜石の歴史とそれに関わる人物の紹介という感じでしょうか。

 

田中、横山というのはその中でも重要な人物なわけですが、戦時中に銅像が金属供出されたそうで。

 

ただ持っていくだけだと思ったのですが、「出征」という形で士気高揚を図るんですね。

前にも書きましたが、銅像を取り上げて弾を作っているようじゃ既に負け戦だと思うのですが。

 

3階と4階はアンモナイトの化石が多数発見された壁が。

 

実に見事ではあるんですが、これはたしかフランスに実存するもののレプリカ。

これだけの規模のレプリカを作ることに何の意味があるのか理解できず。

 

4階から見下ろすと結構な高さです。

 

冗談抜きでボルダリング用の壁として使えば有効活用できるのにと思ってしまいました。

 

国道をまたいで反対側にある釜石大観音に。

 

海の方を向いているので後ろ姿しか見えません。

 

胎内は螺旋階段で登れるようになっており、三十三観音と七福神の一刀彫が備えられていました。

観音様のどの部分に当たるのか分かりませんが、展望スペースもあります。

 

再度下って足元にある仏舎利塔内も見学して。

さあ帰るかとほぼ丘を降りきったところでそう言えば観音様のご尊顔を拝見していないなと思い。

雨降って寒いですし、戻るのは止めておきました。

 

鉄を学んだ後に観音様を拝んで。

鉄観音というところでしょうかw。

 

相変わらずの雨の中、遠野方面を目指します。

釜石時点で少し行きっぽいなと思っては居たのですが、遠野に近づくにつれて明らかな雪になっており。

しかもこちらでは朝から雨ではなく雪だったようで景色が真っ白でした。

 

遠野市の観光一発目は遠野市後方支援資料館です。

 

遠野市も市庁舎が損壊するなど大きなダメージを受けているものの、津波の被害がないことから寧ろより困っている自治体の支援を後方からすることを決断したと。

 

その決断の一因になったのがこれ。

 

最初これを読んで、2つの峠越えで60kmを夜通し歩いてきたのかと思ってこりゃとんでもない英雄だとびっくりしたのですが、さすがにそういうことではなかったようで。

でもこの佐々木さんが居なかったら遠野市の初動が遅れていてより被害が大きくなっていたでしょうから、やはり素晴らしい行動力だったと思います。

全く関係ないですが、そう言えばこの日のランチは佐々木食堂だったと思い出しました・・・。

 

良いスローガンですね。

 

すぐ隣りの運動公園に車を移し。

まだ雪は降っていますが雨よりはマシなのと、あと40分程度で止むとの予報だったので意を決して歩きに出ます。

すっかり雪景色です。

 

熱伝導率が違うということなんだと思いますが、土が露出しているところだけ綺麗に積もりますね。

 

結局最後まで雪は止まず、寧ろ最後は小雨になっていて。

聴いているオーディオブックが原因も良くわからないまま音声が途切れ途切れになるのに合わせて非常にストレスフルな散歩でございました。

 

夕食はこちら。

 

今日もアルコール抜きで動画を視聴して眠りました。