タワーレコード・オンラインマガジン「MIKIKI」のインタビューに答えました。
新津章夫がYMOのギターリストだった世界線は気になります。一瞬で消えてしまった話ではありますが(笑)。
タワーレコード・オンラインマガジン「MIKIKI」のインタビューに答えました。
新津章夫がYMOのギターリストだった世界線は気になります。一瞬で消えてしまった話ではありますが(笑)。
大手レコードショップ、新宿「ディスクユニオン」にて、10月15日から11月16日まで「EARLY MINIMALISM 1973-78」及び「LATE MINIMALISM 1981-84」の発売を記念して、「新津章夫アルバム・ポスター展」が開催されます。
ダダオさんによる3枚の新作(未発表音源CD+LP)はもちろん、横尾忠則さんのデザインによる1978年の「I/O」も含め、アルバムデザインのみならず新津章夫に関する貴重な写真も展示されます。
とにかく写真嫌いで有名で、よくメディアに出回っているタバコをくわえた写真は私がインクスティックでのライブのリハーサル後に「ちょっとカメラのテスト!」と言って撮影したもので、正面を向いている写真はほぼほぼ、この1枚しかありません。
「Petstep」発売時にプロモーション用に撮影した写真もあるのですが、発売から40年以上が経ち、どこにあるのかわからない状態です。
ぜひ新宿にお立ち寄りの際は、ディスクユニオン新宿店に行ってみてください。
会場:ポップアップギャラリー新宿
期間: 2025年10月15日(水)~11月16(日)
※最終日のみ18:00まで
お問い合わせ: ベストアルバムストア
本日9月17日は、実兄、新津章夫20年ぶりの新譜である「EARLY MINIMALISM 1973-78」の発売日です。2002年に新津章夫が死んで2003年には「I/O」がCD化され、2005年に死ぬ間際まで制作を続けていた「サイエンス・クラシックス」が発売になりました。
しかし、その後はこのBlogでもご報告したとおり未発表音源のCD化企画はあったものの実現には至らず、私自身も自分の生活に追われる毎日に忙殺されていました。決定打となったのはコロナで、ご存知のように私が住むイタリアは世界で最初に多数の死者数を出し、大袈裟ではしに国家の存亡をかける対応を迫られました。とくに2020年の春の60日間のロックダウンは食料品を買う以外には家から200メートル以上離れることができず、完全な隔離状態になりました。
私は妻と娘の三人暮らしでしたが夫婦喧嘩が絶えず起こり、小さな家の中でありながら家族はバラバラの状態。妻も私も仕事が途絶え、正直、兄の音楽どころではなくなっていたのです。
2023年には3年ぶりに帰国をしましたが、その時にはもう兄の残したすべてのテープを処分せざるを得なくなっていて(トランクルームを借りて保管していたので)、その整理を始めたのですが、まずは私自身のものからと、その帰国では兄の遺品には手をつけられないままイタリアに戻りました。
その年のクリスマス。私の元に日本から一通のメールが届きました。差出人は徳間ジャパン。兄の2枚目のアルバム「Petstep」はジャパン・レコードという会社から発売になっていましたが、その後、ジャパン・レコードは徳間出版に買収されていました。曰く、「『I/O』を再発売したいので許可をもらいたい」とのこと。
最初は「ははーん、最近ありがちな詐欺だな。貴方の本を出版しませんか?」的な??と思い警戒したのですが、梁取をする中で「I/O」がヤフオクなどでプレミアが付いているため、それであれば多くの人に聞きやすい価格で復刻すべきだという企画が上がったというのです。まぁ、このあたりはBlogでも書きました。
その翌年にはP.Vain社より「Pestep」の中の「リヨン」をコンピレーションアルバムに収録したいというオファーをいただき、さらには今回の企画である「新津章夫の未発表音源集」というお話までいただいたのでした。
その時の私の気持ちを正直に言うと「ああ、兄のテープを捨てなくてよかった」です(笑)。
この「EARLY MINIMALISM 1973-78」は年度付けのとおり、新津章夫がプロデビューする前、自宅で多重録音を始めた1973年から1978年までの音源があますところなく収められています。特筆すべきは「I/O」の「未来永劫」「コズミックトレイン」「光のオルゴール」などのデモテープ。「I/O」は自宅にプロ機材を持ち込んで制作したことで知らっれていますが、デモテープは4チャンネルのレコーダーとわずかな機材のみで作られているにもかかわらず、音のクォリティを除けば実際のアルバムと寸分かわらぬ完成度になっていることがわかると思います。
このデモテープを聞いた三浦光紀氏は実際に兄に会うまでは、これがアマチュアが民生器で作った音だとは半信半疑だったというのは、製作スタッフが異口同音に言っていたことです。このあたりは兄をプロデビューさせた岩田由記夫氏が「I/O」のCDに寄稿してくれたライナーノーツに詳しいです。これを読むためにCDを買う価値があると言ってもいいです(笑)。
21歳の新津章夫がどんな音楽を作り、それをどのように昇華させて「I/O」ができたのか。そのメタモルフォーゼの過程を聴いてください。
いよいよ1週間後には新津章夫の未発表音源盤第一弾「EARLY MINIMALISM 1973-78」が発売になる。今から待ち遠しい限りだ。
「EARLY~」及び「LATE~」に至るすべての音楽はファーストアルバムである「I/O」を基点としている。最初から聞いても最後から聞いても同じに聞こえる「オレンジ・パラドックス」、倍速ギターのテクニックの粋を集めた「光のオルゴール」、抒情性と荒々しいディストーションギター、としてバロックが混然一体とする「未来永劫」、細野晴臣さんの「ろっかまいべいびー」のオマージュ「天気雨」、そして、鳥のさえずりから森の小動物の鳴き声、さらには雅楽の笙、篳篥までをギター一本で再現した「迷宮の森」。
パラレルに並べるとまったくまとまりのない一曲一曲を「I/O」という一枚の物語にまとめるのには、大きく営業を受けた2枚のアルバムがある。
ひとつはプログレバンド、YESのキーボード、リック・ウェイクマン脱退後に加入したパトリック・モラーツが1976年に発表したソロアルバム「ストーリー・オブ・アイ / The Story of I」。聞いていただければすぐに共通性を見出せると思うが、YESの流れをくむプログレ、サンバ、エスニック、欧州的な抒情性ありと彩り豊かなアルバムだが一貫性を感じる。
もうひとつはオーストラリアのバンド、セバスチャン・ハーディの「」(1975年)と「フォー・モーメンツ - Four Moments / 邦題『哀愁の南十字星」と「ウィンドチェイス(1976年)。こちらはフォーカスのようなハモンドオルガンとギターによるプログレ・バンドで、アルバム邦題のように哀愁に満ちたメロディが特徴的だ。
この2枚を新津章夫に「アルバム構成の参考にしたらいい」とプレゼントしてくれたのが「I/O」のスーパーバイザーである音楽ライターの岩田由記夫さんである。細かい話だが、新津章夫のギターの特徴のひとつにベンド(昭和名、チョーキング笑)でダウンする時にもピッキングする奏法があるのだけど、岩田さんはすぐさまセバスチャン・ハーディのギタリストのマリオ・ミーロとの共通性を感じたという。ちなみに、マリオ・ミーロはアングロサクソン系ではない。両親はイタリアからの移民だ。そういうDNAの部分にも欧州人の血が騒ぐのだろう。奏でるメロディがアメリカやイギリスのギタリストとは異なる。
この2枚のアルバムをむさぼるように聴き、「I/O」の世界を構築していったのが1976~1977年だった。
パトリック・モラーツ 「ストーリー・オブ・アイ - The Story of I」
セバスチャン・ハーディ「フォー・モーメンツ - Four Moments / 邦題『哀愁の南十字星」
面白いYOUTUBEチャンネルを見つけました。Kosuke Tsukudaさんというヘビメタ系のギタリストの方なのですが、バッハの「J.S.バッハ - 6つの小前奏曲 第3番 ニ短調」をマルチトラックで録音した音源を発表しています。
9月に発売される新津章夫の未発表音源CD「EARLY MINIMALISM 1973-78」には「バッハとジミヘンの中道を行く」と言っていたバッハが何曲化収録されますが、アプローチの方法がそっくり。
こういう試みをするギタリストがいらっしゃることに感激いたしました。バッハ自体はリッチー・ブラックモアもインタビューで「ハイウェイスター」のサビ部分に取り入れた言っているようにバロックとロックの親和性(語呂合わせではないですがw)はとてもいいよく、プログレ・バンドもたくさん演奏しています。
ぜひ聞いてみてください。
J.S.バッハ - 6つの小前奏曲 第4番 ニ長調 [Little Prelude in D major, BWV 936](Electric Guitar Cover)
by Kosuke Tsukuda
https://www.youtube.com/watch?v=g6AmfU-0IPQ&list=RDg6AmfU-0IPQ&start_radio=1
同氏のBlog
夏の甲子園決勝、日大三高は沖縄尚学に敗れ準優勝となりました。残念。
実は日大三高は新津章夫の出身校なのです。1972年のセンバツ優勝時には当時、神戸に住む叔母の家から甲子園に応援に出かけていました。ふだんから野球には興味のない人でしたが、それでも母校が優勝となると黙っていられなかったのでしょう。ちなみに、プロ野球はヤクルト・スワローズのファンでした。
当時、日大三高は東京のど真ん中、赤坂にありました。今では考えられませんが、歴史は古く大正時代には赤坂中学校と呼ばれていたそうです。
ラジオの深夜放送(パックインミュージック)が大好きな新津章夫は学校帰りには近くにあったTBSラジオに寄って見学したり、公開番組を聴きに行ったりしておりました。
ふと、そんなことを思い出した2025年8月23日の午後。
今年もやってきました。8月19日。新津章夫の73回目の誕生日です。
いやぁ、今年はいい報告ができますね。嬉しいです。
たった今、最後のマスターリング音源のチェック完了。同時にブリッジ・レコードから宣伝サイトが公表になりました。
皆様、よろしくお願いします。
これは以前にも書きましたかね? さすがに20年以上やっていると忘れている…。
トランザムという日本のロックバンドがありまして、この頃(1981年)はすでにメンバーも大幅に入れ替わってしまい、元々のトランザムらしさはなくなっていたのですが、なんと新津章夫のプロデュースで1枚アルバムを作っています。
仕掛け人は毎度おなじみのビクターレコードの高橋卓士さん(元ソルティーシュガー)。高橋さんは新津章夫をとても気にいって下さっていて、アイドルからロックバンドまでいろいろなプロデュースの話を持ち掛けていただいたのですが、残念ながらどれもヒットはしませんでした。高橋さんご自身は業界でも有名な大ヒットメーカーだったのに、せっかくの依頼を成功させられず申し訳なかったです。兄に成り代わってお詫びします。
新津章夫は実はトランザムの大ファンで、私も一緒にコンサートを見に行ったことがありました。まだドラムはチト川内さん、ギターは石間秀機さんという絶頂期でした。しかし、「アジアの風」ではチトさんはスタジオにいらっしゃることもなく、兄はお会いできずにとても残念がっておりました…。
さて、このアルバム「アジアの風」の中の一曲、「哀しきミュージシャン」では新津章夫のギターソロが聞けます。自分のアルバム制作以外で彼がギターを弾いたのは後にも先にも、アンドレアス・ドーラウさんのアルバムとこれだけ。しかも、倍速ギターでもなんでもないノーマルのギターソロ。
ま、聴いてみてください。
トランザム「悲しきミュージシャン」
新津章夫ファンの皆さん、たいへん長らくお待たせいたしました。
未発表音源のCD化が決まりました。しかも、2枚組CDが2セットとアナログLPが1枚発売になります。
「I/O」のCD化をしていただいたブリッジさんとの協議の結果、私が管理しているマスター音源のすべてをCDに収録することになりました。
第一弾は1978年にプロミュージシャンとして発表しした「I/O」制作に至るまでの5年間の自宅録音による音源「EARLY MINIMALISM 1973-78」。「I/O」に収録した「光のオルゴール」「未来永劫」「コズミックトレイン」の宅録デモバージョンが収録されてます。
第二弾は「I/O」以降、ジャパンレコード(現在の徳間ジャパン)移籍後の「PETSTEP」、そして最後のアルバムとなった「ウィンター・ワンダー・ランド」までの期間に制作されたアウトテイク音源と3枚のアルバムの制作過程の音源を取り混ぜた「LATE MINIMALISM 1981-84」。こちらにはBlog開設時からお話していた「未来永劫 part2」がいよいよ公開! さらに幻となった「PETSTEP」のオリジナルバージョンが聞くことができます。
そして、第三弾は上記の計4枚のCDから抽出したアバログLP「HOAX FOR ELECTRIC GUITAR」。こちらは海外でのセールスを見据えた1枚です。
目下、音源のマスターリング、ブックレット制作、ジャケットワークなどなど、進行中です。お楽しみに!!
発売日は
「EARLY MINIMALISM 1973-78」が、9月10日
「LATE MINIMALISM 1981-84」が、10月1日
「HOAX FOR ELECTRIC GUITAR」が、10月22日
発売元はいずれも
以下はプレスリリース/オーダーシート(一部画像を編集してあります)
「EARLY MINIMALISM 1973-78」
「EARLY MINIMALISM 1973-78」
「LATE MINIMALISM 1981-84」
ご案内の通り現在、新津章夫の未発表音源を集めたCDの制作中です。
その中で彼が21歳の時、多重録音を始めた1973年の記念すべき(笑)第一号作品を発見しました。
コード3つ、リフ1つのシンプルな曲ですが、ジャズの名曲「Take Five」が大好きだった彼らしく変拍子のジャズロック風のアレンジです。2チャンネルのオープンリールデッキのピンポン録音(ひとつの楽器パートを録音したら、それをバックに2つ目の音を重ねていくスタイルの多重録音)で作られています。
始まりはサイレンですが、これは後にドハマりするエフェクター(最近はペダルと呼ぶそうですが…)の中で彼が始めた購入した新栄電器(Shinei)というメーカーの効果音機能付きワウワウ&ボリュームペダル兼用のモデルに付いていたひとつの機能です。この効果音には「未来永劫」でも使用されている波の音(ホワイトノイズですね)もあってプロになってからも使用しておりました。
イントロのハーモニックス音は中途半端に聞こえますが、これはテープの編集中に誤って最初の音を消してしまったための事故です。新津章夫は録音したオープンリールのテープを切り貼りして編集していたので、何度もオリジナル音源を失う事故を起こしております。
途中2分40秒ほどのところからディストーション音(使用しているのはHoney製のファズ)のギターソロが始まりますが、その直前のシューッ!という効果音はオープンデッキの電源をオフにすることでテープの自走がゆっくりと停止し、再生すると逆に速くなりシューッという上昇音になる効果を狙ったものです。これは事故ではありません(笑)。
この乱暴極まりない技術は、「I/O」の「ブラックホール」のエンディングでも用いられています。あちらの場合は使用したアンペックスのMTRに付いている電力安定ボリュームを徐々に下げるという信じられない暴挙に出ました。
2、3個のギターエフェクターだけでミキサーもなければエコーもない。そんな貧弱な機材で新しいことをやろうと思うとテープを切り貼りしたり、テープレコーダーの電源を落とすなどという前代未聞の行為以外の方法はなかったわけです。
しかし、21歳の時に初めて作った多重録音のエンジニアリング(と言っていいと思いますが)が、その後の新津章夫の音作りの礎になろうとは驚き以外の何ものもありません。