プライベートではほとんどギターを触らない新津章夫でしたが、家にいてギターを弾いていたときは、必ずといっていいほどジョー・パスのスタイルのジャズを弾いていました。
つまり、ブルースのコード進行を基本として、5、6弦でベースを弾きながら、途中途中にコードを挟み、アドリブを弾く。
その演奏を聴くたびに、この人、本当に天才だなぁと関心したものです。
ジョー・パスのことを新津章夫がはじめて知ったのは、この「VIRTUOSO/ヴァーチオーゾ」というアルバムをラジオで聴いたときでした。高校時代からジャズは好きで、高校3年の時に学園祭に出たときに弾いた「Fly Me To The Moon/フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」の演奏などは、とても18歳の青年が弾いているとは思えないほど大人びたものでした。
その当時はバーニー・ケッセルが大好きで曲の流れ全体はバックのメンバー任せ、自分はただただ美しいメロディーを弾くというスタイルに憧れていたようですが、ジョー・パスを聞いて以降は、ギター一本でベース、和音、メロディーを弾き分ける技術に傾倒していきました。
このアルバムの中に収録されている「How High The Moon/ハウ・ハイ・ザ・ムーン」や「Cherokee/チェロキー」をコピーして弾いていたことを良く覚えています。唯我独尊の新津章夫も人のコピーをするんですよ。意外にも。
しかし、ジョー・パスとの出会いが、その後、ギターの多重録音のアレンジに大きく影響していることは確かです。
アルバム「I・O」の6曲目「天気雨」などは、アントン・カラスの「第三の男」意識していることは明らかですが、ギターの演奏自体はジョー・パスの影響が強く感じられます。
新津章夫がInkStick六本木でライブを始めた当初、実は彼のやりたかったスタイルというのがジョー・パスのようなジャズのギターソロだったのでした。
しかし、Inkのオーナーである松山氏(故人)も、またマネージメント事務所側も、ギターの多重録音で知られる新津章夫が、ギター一本の、しかもジャズを演奏することに納得しているハズもなく、このアイディアは実現しませんでしたが、ほんの数回だけ、ピアノと新津章夫のギターで映画音楽とジャズのスタンダードを演奏するライブが行われました。その時の音源をたまに聴いていますが、作・編曲家として以上に演奏者として素晴らしかったのだと思います。
もしも新津章夫が生きていたら…。彼の新しい音楽よりも、家で弾いてくれたジョー・パス・スタイルのギターをもう一度聴かせて欲しいと思っています。
