Occitanie(オクシタニー地方)
Hautes-Pyrénées(オート ピレネー)県 
Lourdes(ルルド)←*注 フランスで「ルルド」と言っても通じません。実際の発音は、「ロード」に近いと思ってください。

 

こんにちは!木蓮です。

今日はびっくりするほど美しい青空!気持ちのいい朝です。

オカメインコが1匹増えてから、毎日賑やか(すぎて)楽しい毎日を暮らしております。このままいくと、もうすぐ動物園だな……。

 

さて、先日の続き。

花のある可愛い村の写真は、ちょこっとインスタのほうで楽しんでいただいて、今日もルルドのお話。

 

 

 

 

ルルドには、毎年世界140ヶ国以上から600万人が訪れます。何よりも友愛と信仰の地ではありますが、実は自然の宝庫であり、数多くのハイキングコースの出発点ともなっています。ルルドの位置の確認がしたい方はこちらをどうぞ。

 

 

 

 

人口4,000人ほどのピレネー山麓の小さな村が聖地となったのは19世紀のこと。 1858 年2月11日、貧しい家庭に生まれた14歳の少女ベルナデッタ(ベルナデット)・スビルーがポー川の急流のほとりにあるマッサビエルの洞窟で、白いドレスにベールをまとった女性に出合ったことからはじまります。(詳しくはウィキペディアを読んでみてください)

 

 

 

 

ベルナデッタは1844年1月7日に生まれ、洗礼は翌々日1月9日、両親の結婚記念日だったそうです。そういえば、ベルナデッタは写真に撮られたカトリック教会の最初の聖人。

 

 

 

 


その後、白いドレスを纏った聖母マリアの出現は18回に渡ったそうですが、2月25日の第9回目の出現の際、マリアのお告げによってベルナデットが触れた地面から泉が湧き出し(これも諸説あり掘り出したとも、お水が湧き出ていたとも言われています)、その水を飲んだ人は病気が治るという奇蹟が起こりました。(写真に写すのはこれが限界でした)

 

 

 

 

信じるか信じないかという話は、この際横に置いておき、ベルナデッタによって発見された泉の水によって、不治の病が治ったという奇跡が起こり、教会が公認したものだけでもすでに68例にのぼるそう。このことによって、この泉の水を求めこの地を訪れる重い病の方々、また数多くの巡礼者たちが聖地ルルドを訪れます。

 

 

 

 

ちなみに、マッサビエルの洞窟の上から、雫がポトリ、ポトリ。

その雫の下に入り身体を清めている方もいましたが、洞窟の周辺は常に行列で、車椅子やストレッチャーに乗せられた人が優先的に進むことができるようになっているほど、宗教的かつ祈りを捧げる人たちであふれかえっています。(この日は午前中に大雨が降ったため、それほど混んでいなかったのですが、普段は本当にすごい人です)

 

ちなみに、このルルドの水は無料。

水をいただくためにお土産屋さんや泉の傍には、こんな感じの小さなガラスのボトルやプラスチックボトルが販売されていますが、1ユーロや2ユーロ程度の金額。私もいくつか持って帰りましたが、一つずつプレゼントし、今は1個だけ手元に残っています。

 

 

 

 

なんとなく、ルルドの泉から水を直接汲めるイメージが勝手にありますが、実際はこんな風に水を入れます。時々、観光地化されててがっかりしたという感想を持たれる方もいらっしゃいますが、ものすごい数の人達が水を求めてやってくるわけで、空のペットボトルを持ってくれば無料で持ち帰られるというこの精神のほうに感心するばかり。

 

 

 

 

さて、正面に戻り、いよいよSANCTUAIRE NOTRE DAME DE LOURDES(無原罪の御宿り大聖堂(上部聖堂)、ロザリオ聖堂などいろいろ呼ばれます)の中へ。

 

 

 

 

ここでとにかく圧巻だったのが、美しい天井。

 

 

 

 

 


ベルナデッタが初めて聖母マリアを見た時、こんな説明をしたと言われています。

「前を見ると木の枝が揺れ動き、野生のバラの木は地面から上に伸び洞窟のくぼみまで3メートルほども伸びていた。暗いくぼみには柔らかい光が射し込み、白い服を着た女性が両手を開いて手招きをしていた」。

 

教会の中に入るとまさにそんな壁画が見られ、しばし不思議な思いに浸りました。

 

 

 

 

 

 

ルルドの史跡の中で、最も訪れる人の多いのが、マッサビエルの洞窟の上に建立されたこのロザリオ聖堂。3つの建築様式からなる聖堂で「無原罪のお宿り聖堂」の台座を為す形をしています。全体的なシルエットはロマネスク様式で、石の切り方にそれが反映されているそうです。内部の装飾はビザンチン建築の伝統を受け継いでおり、さまざまなヴェネチアモザイク、丸天井、礼拝堂などにその影響が見られます。

 

このすぐ傍の芝生の広場の地下には、5000人を収容できる聖堂、Basilique souterraine Saint-Pie X.(聖ピオ10世地下聖堂) があります。こちらは、地上から聖堂までは車椅子は基より、寝台車が入堂できる程のスロープとなっていて、 ほぼ中央に祭壇がありました。こちらではラテン語をはじめ数ヶ国語でミサが行われます。

 

 

 

 

様々な苦難が訪れ、困窮していく一方のスビルー家が、仕方なく口減らしのために、養母の元にベルナデッタを里子に出します。そこで、一時期羊飼いをして生計を立てたとされていますが、聖域の芝生の上で羊たちを前にしてまるで微笑んでいるように見えました。

 

 

 

 

それにしても、ルルドの説明はどう書こうかずっと悩んでいた私。なんとなくでも、この地が、いかに宗教的意味合いが深いのか、皆さんに伝われば幸いです。それでは、あともう1回ルルドのお話を書きたいと思います。

 

 

 

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木蓮(フランス小さな村より)