「銭ゲバ」Part1:ジョージ秋山を偲んで | 懐かしエッセイ 輝ける時代たち(シーズンズ)

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ひときわ輝いていたあの時代の思い出のエッセイ集です。
毎週土曜日更新予定です。

今日は。

 今日から5月です。

 

 先日、『風のフジ丸』『スーパージェッター』久松文雄が亡くなりました。僕は小学生の時に、両作品に夢中でした。

 久松文雄には、数年前に、「横山光輝同好会」でお会いしました。

次回作についてお尋ねしたところ、少女マンガを考えているとのことでした。どこかで発表されているのでしょうか?

ご冥福をお祈りいたします。

 

 

<「銭ゲバ」Part1:

      ジョージ秋山を偲んで>

 
 2020年に亡くなったマンガ家について「2020年マンガ界つれづれに」で触れましたが、その中で、ジョージ秋山について、もう少し深堀してみたいと思います。
恐らく代表作と言ったら長年「ビックコミックオリジナル」に連載された『浮浪雲』でしょう。
それは、それで好きでしたが、でも、僕にとっては、忘れられない作品は『銭ゲバ』です。

この両作品はマンガ家ジョージ秋山の両輪になっているのではないでしょうか。
今回は、『銭ゲバ』について、書きたいと思います。
お付き合いください。


<「銭ゲバ」Part1:ジョージ秋山>


●プロローグ
 僕の忘れられない作品であるばかりでなく、『銭ゲバ』を取り上げたのには理由があります。
 話は少し変わりますが、「寺田ヒロオ Part3」(リンク)で、寺田ヒロオが「マンガをやめなさい」と迫ったマンガ家がいるとご紹介しました。
 
 寺田ヒロオが迫ったマンガ家は誰なのか?
 「さいとうたかを」 はその対象だったことは、判明しました。
 他に漫画家はいなかったのでしょうか?

 僕は「銭ゲバ」を候補に挙げています。
 さいとうたかをのように、インタビューの証拠はありません。、
 
 その理由は、第一に「少年サンデー」に1970年(昭和45年)13号から1971年(昭和46年)6号まで連載)されていたこと。
 この頃寺田は、少年サンデー」で週間の連載は終了していましたが、同じ発行元の小学館の「学年誌」で、『スポーツマン金太郎』の連載を持っていて、編集部に出入りできたこと。
 
 第二に、この『銭ゲバ』は当時の小学生や中学生には、厳しすぎる殺しの描写がされていることです。
 それまでこの『銭ゲバ』ほど、身近の人を殺す作品はなかったと思います。

 ただ寺田が、毎週の描写や作品の持つ意味まで読んでいたら、その叱る対象からは外れるとは思います。
 単なる娯楽作品ではないので、難しい面はありますが・・・。


それでは、『銭ゲバ』を知らない方もいるかと思いますので、まず作品について触れたいと思います。
 


●『銭ゲバ』
 1-1.ストーリー(ネタバレします)
  (生い立ち)
  松本市の自動車部品工場労働者の父親が家をでてしまい、貧しい家庭の子で心優しい中学生の蒲郡風太郎は病弱な母親を持つ。
 不良仲間にバカにされながらも、新聞配達で生計を立てています。

 何度も、母親を医者に診てもらうも回復せず、診察代が払えず、医者に見捨てられ、死んでいきます。
 この時、純粋な風太郎少年は銭がすべてと心に誓います。

 金のために、親切にしてくれた隣人のお兄さんを殺し、都会に出て、大会社大昭物産の社長宅に住み込み、社長お抱え運転手を殺し、代わりに社長の運転手になります。
 
 (出世)
  社長令嬢の三枝子に憧れながらも、身体障碍者の妹正美に金のために近づき結婚。
 社長の信頼を得ながら、やがて社長を殺し、長女三枝子も殺し、(実は生きていました)社長宅を焼き、会社を乗っ取る。
 
 
  風太郎が社長になった大昭物産は、第三工場から廃液を渡良瀬川に流し続け、下流の足利市の住民の間に水俣病に似た症状を起こす。
 そこに現れる新人作家秋遊之助は、渡良瀬奇病をドキュメント風に雑誌に発表し、糾弾する。

  そこ頃、偶然に会った高校生の少女の純粋さに、心を洗われる風太郎。
 ある時、家族の工場が不振になったのだろうか、お金を体で貰おうとするこの少女に、絶望し、思わず少女までを殺してしまう。

 (政治へ)
  高校生を殺した帰り道に、賄賂を渡し、取り込んでいた代議士神清行より、県知事に出馬するように要請される。

 風太郎を捜査をし、風太郎に殺された田所刑事の息子は樋口組のヤクザになり、選挙で戦うことになる代議士奥田鬼久丸の指示で、風太郎を出刃包丁で刺す。
 逆に風太郎は、逆に樋口組長を金で、取り込む。
 奥田代議士の裏に風太郎と同質の匂いのする65歳の大学財閥の「大学伸一郎」
 
 選挙戦の中、風太郎が使っていたブン屋の沖正弘が殺され、大学は、子飼いのバー「エデン」のママに偽証させ、警察にしょっ引かれる風太郎。

 風太郎は、牢の中から、県知事に立候補し、宿敵奥田代議士は選挙途中に殺人容疑で逮捕される。

 (悲劇)
 知事に当選した風太郎は、ある時、新聞社から「幸福について」の寄稿を依頼される。
 風太郎は、理想の生活を綴りだし、普通のサラリーマンで、職場の仲間と働き、家族三人で暮らすあたたかい家庭の夢を綴る。
 そんな中、風太郎は自分の生まれから、今までの悪行を思い出し、現実と夢の間で銃で遺書を残し、自殺する。

 
  一気に読み進めます。
 ただ、中学生だった僕が当時どこまで、この作品を理解していたかはわかりません。


 1-2どんな作品
  土の中から出てくる「手首」のアップの衝撃的なシーンは今でもよく覚えていました。
  それまで、ジョージ秋山といえば、「少年マガジン」に連載された『パットマンX』(1967.01~1968.50号)や『ほらふきドンドン』(1969.06    1970.31)で笑いを基調にした「生活マンガ家*」と認識されていました。

 

 
 

それが一転、「少年サンデー」に描いたこの『銭ゲバ』は、正統派のストーリーマンガで、『ほらふきドンドン』とは対極の、笑いからはまったく離れ、人間を内部を描く作品でした。

 *:当時は、「ギャクマンガ」と言わずに、「生活マンガ」と言われていたそうです。
  
 1970年の発表だから、ジョージ秋山 27歳の位の作品。
 今読んでも深い作品で、凡人の僕には、60歳を過ぎても、深く理解ができない。

  こんなマンガが、「銭ゲバ」の前にあったでしょうか?
 
 特に少年が好きなアクションあるわけではありません。
 貧困問題、そこから起こる銭と人間、公害の社会問題、
 しかも、当時の「少年サンデー」はまだ読者を中学生までを対象にしていた少年誌の連載です。


 ○純粋すぎて悪になる。1
  母の影響か、特に女性に対して純粋さを求めます。
  憧れの社長の娘三枝子を殺そうとする回想シーンがそれを物語っています。

  三枝子:まさかわたしまで・・・(殺すというの)
     風太郎、わたしを愛しているんでしょう。さあ、わたしをだいて・・・。
     殺さないで、愛しているわ。
  
  風太郎:
    「わたしはお前が自分から死ぬと思っていた、わたしのようなバケモノに抱かれくらいなら。
    「わたしはおまえがそういう女だと思ってズラ。お前だけはな。」

  
 ○純粋すぎて悪になる。2
  偶然出会った高校生に恋をする風太郎。

  そこ頃、偶然に会った高校生の少女の純粋さに、心を洗われる風太郎。
  ある時、家族の工場が不振になったのだろうか、お金を体で貰おうとするこの少女に、絶望し、思わず少女までを殺してしまう。
  風太郎「なんというマネをするズラ!君はわたしにとって、たったひとつの真実だったのに・・・ きみまでが・・・。
 
  そうだ、『銭ゲバ』前に描かれた『デロリンマン』も愛について語っていた。読み直さないと。
  そしてジョージ秋山には「聖書」の著作もある。

 ○心象と言葉
  選挙途中にメディアからインタビューを受けます。
  この時の表現が際立っています。
  文学でいうところの「意識の流れ」なのでしょか?
 活字書かれた吹き出しで、表の意見をのべ、手書きの文字で、本心をのべています。

  メディア「今回の選挙の基本路線をお伺いしたいんですが」
  風太郎のインタビューでの質問に対する答え「あくまで県民の立場にたった政治ズラ
  風太郎のこころの中「私利私欲のためズラ


 ○出てきた地名
  このマンガ、二つだけ、実在する地名がでてきます。
  松本市: 銭ゲバこと、蒲郡風太郎の生まれた街。
      ただ、松本市の近くに住んだ経験のある僕は、蒲郡風太郎が使う「ズラ」には少し違和感を覚えました。
      風太郎を他の登場人物から際立させるようとする、作家の演出でしょうか?

  足利市: 水俣病のような水銀中毒に毒される街。
      足利市を流れる渡良瀬川は明治時代、「足尾銅山」から流れる廃液での、日本最初の公害で知られています。
      ジョージ秋山は、この足利市で10歳から極貧生活をおくっていたので、この街を選んだのでしょうか?
 ただ、このマンガに登場する「渡良瀬奇病」はフィクションで、実存しませんので、ご注意を。


  この二つだけ、実在の地名を使うことで、この作品を際立たせているのではないでしょうか。


   少し脱線しますが、「渡良瀬」で思い出すのは、森高千里のヒット曲「渡良瀬橋」です。
  少し重い話が続いたので、この曲を聞いてましょう。 
  
 〇渡良瀬橋(森髙千里).avi
    https://www.youtube.com/watch?v=53EcJkUfyUI

 


 ○自殺
  そして最後に作者は読者に問題を投げかけます。
  新聞社から「幸福について」の寄稿を依頼された後、風太郎の自殺。
  主人公風太郎はなぜ、遺書を残し、自殺したのでしょうか?

 遺書「いつもわたしだけが正しかった
     この世にもし真実があったら それは私だ
     私が死ぬのは 悪しき者どもから私の心を守るためだ
     私は死ぬ 私の勝ちだ 
     私は人生に勝った

 
  ついに県知事選挙に勝利し、最高の時を感じたときに、その後の逮捕されることを恐れたのでしょうか?
  残念ながら、今もなぜ自殺したのか、僕には明確な答えは出ません。


続きはPart2(リンク)で

最後に森高千里が足利市を再訪したYouTubeを見つけましたのご興味をあるかたはどうぞ。

〇「渡良瀬橋」と私
 https://www.youtube.com/watch?v=tcAL_I_DJUM

 

*幻冬舎文庫版『銭ゲバ』を底本にしています。