植物の気持ち?
今朝は先日買ってきたビオラと葉ボタンを植えた。もう植物はこれ以上増やさないことにしているけど、最近はちょっとお花の咲くものが欲しくてたまに購入する。昨年買ったアリッサムと葉ボタン。アリッサムはこぼれ種で出た芽が夏を越して花が咲き始めてる。三本あった葉ボタンも、花が咲かなかった一本は夏を越して新しい芽が出ている。どちらもボリュームはないし、寂しいので、お供に買い足したのだ。20センチくらいの鉢の片隅で小さく花を咲かせているアリッサム。ビオラを植えるために、空いているところをスコップで掘り起こす。去年植わっていたビオラやアリッサムの根っこが縦横無尽にまだ残っていた。もしかしたら、隅っこに生えているアリッサムの根っこかもしれない。こんな狭い所に植えてごめんね、と思いながら鉢を掘り起こす。その時に思った、「花屋をやっていて、この小さなストレスが嫌だった!」植物的には、もっと広いところ、出来たら地面に植えて欲しい。でも、ほとんどの苗は狭い鉢にギューギューに、人間の都合の良いように植えられる。そういう私も花屋時代はそうやって植えてきたし、植えたら植えたで可愛いし、植物もそれなりに育ってくれる。でも、常に小さなストレス抱えながらやっていた。「植物の気持ち」とか、バッカじゃないの?って思いながら。そんなメンタルで花屋なんて成り立つわけがない。そんな自分はダメだと思っていた。全然無理だって、心から思った。植物がどうしてもらったら幸せかがある程度分かってしまうと、やっぱりそうしてあげたい。でも、人間世界的にはなかなかそうしてあげられないし、そんな事を思ってる私は変だと思っていた。そんな馬鹿げた葛藤に疲れてしまっていた。でもね、物凄いスピードで世の中が変化してきて、これからはそんな変人の時代なんだと思えるようになった。たぶん、植物に対してのこのような感覚は、20年は早いのかもしれないけどね。(でもそんな綺麗事を言ってるけど、自分の家の植物たちは植え替えもしてもらえず、ずいぶん可愛そう。まずは彼等の手入れから。)