メダカを見ながら「命」を思う
先週から我が家にメダカが来た。きっかけはバイト先の花屋。2日間の休みの前なのに、メダカを商品として渡されたのだ。三匹がカップに入ってる。昔は花屋では金魚も売っていたみたいで、今でも競りに、メダカとかベタとかコオロギとか出荷される。餌もなく、小さなカップの中で泳ぎ回っているメダカ兄弟。猛暑の中、冷房もない店で餌も無く二日間も置いておけば間違いなく死んでしまう。で、結局、自分で購入してうちの家族に。三兄弟の次男は翌日、亡くなってしまったが、長男と末っ子は元気にしている。一週間を珈琲サーバーの中で、酸素のブクブク機械を入れて過ごしたんだけど、そろそろ水槽を買ってあげないと。テラリウム風がお洒落かな・・・末っ子は身体が小さいんだけど、好奇心が旺盛で、始めてブクブクを入れた時も真っ先に泡の中に飛び込んでいった。ある日は、行方不明になり、散々探したら、ブクブクの機械の中に入ってしまい挟まっていた。やんちゃな末っ子だ。明らかに性格の違う、この二匹。見ていると本当に不思議だ。この小さな生き物も、この世に生を受け、魂が宿っている。そして一つひとつに個性があり、それぞれの生き様が見える。人間にとって、人が亡くなるという事は一大事だ。また、ペットや大きな動物が亡くなっても悲しいし辛い。でも、どんどん身体が小さな生き物になっていくと人間の悲しみは薄れていく。たまたま人間が大きかっただけ。この小さなメダカにも人と同じように、魂が宿り、それぞれの個性がある。植物も同じだ。命が宿って成長するものと、枯れるもの。小さな目の当たりにするたびに、命の不思議を思う。まだ三兄弟が元気な頃気持ちよさそう・・・