奇妙な得意分野 | とある働き人の聖書のお話

とある働き人の聖書のお話

東京で牧師をしておりました。
7年前子供が小学生に上がるまで離れていましたがぴったりの時に新しい働き(子ども関係)に招かれ、伝道させていただいています。

「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」

新年度も始まりいろいろ苦労があるかもしれませんね。

そこで何かに私たちは寄り縋りたくなりますが…


ー以下、しろくま先生の記事よりー

 

こんな記事を読みました。まずはこちらをご覧ください。

 

「神様には得意ジャンルがある」

大きな神社には、どんな神様がまつられているかを説明した立て札などがある。無病息災や家内安全が一般的だが、できればご利益を期待して、学力向上には学問の神様、恋愛成就なら縁結びの神様にお願いしたいところ。見分ける簡単な方法として、神社の名前に注目すればわかりやすい。

 

・神宮(伊勢神宮、明治神宮など)→昔の天皇→願うならスケールの大きなことを。

・稲荷(豊川稲荷、伏見稲荷大社など)→穀物の神様→商売繁盛

・天神、天満宮(湯島天神、太宰府天満宮など)→学問の神様・菅原道真→学業成就

・八幡(宇佐八幡宮、石清水八幡宮など)→母性の象徴→安産、家内安全

 

厳密には神社によってご利益はそれぞれ違うため、調べてから出かけたい。「雨乞い」「サッカー必勝」「短歌・俳句・文章上達」「豊乳」「神経痛・腰痛平癒」など特徴的なご利益を打ち出している神社もある。

 

皆さんはこれを読んでどう思いますか? 私は(失礼ながら)思わず「ごくろうさまです」と思ってしまいました。聖書は「まことの神は、世界でただお一人だけだ」と伝えています。

「地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。」(聖書/イザヤ書45章22節)

 

人間(職人さん)が木や石を掘って作り出したものが本当に神様ですか?

人間が神を作った = これが宗教です。

 

ここでひとつ質問させてください。

次の二つのうち、どちらが正しいでしょうか?

①お母さんが子供を産んだ

②子供がお母さんを産んだ

 

答えは簡単ですよね。子供がお母さんを産みますか? あるいは子供が石や木から一人の女性を作り上げて、「今日からあなたが私のお母さんです」とお願いし、ご飯を作ってもらったり、オムツを換えてもらったりするでしょうか? その前に木や石で作られたものなら動かないでしょ? ご飯を作ってくれるとかいう以前に、会話すらできない存在なんですよ。これって変な話でしょう?逆でしょう?そんなことをしている人を見かけたら気持ち悪いですよね。私はそれこそ変な宗教じゃないかって思ってしまいます。普通はお母さんが子供を産むのです。そこから正しい親子関係が生まれてくるのです。それと同じです。人間が神を作ったら、順番が逆なのです。それはおかしな話なのです。

 

聖書におもしろい表現がされていますよ。

主はこう仰せられる。「…国々の民のならわしはむなしいからだ。それは、林から切り出された木、木工が、なたで造った物にすぎない。それは銀と金で飾られ、釘や、槌で、動かないように打ちつけられる。それは、きゅうり畑のかかしのようで、ものも言えず、歩けないので、いちいち運んでやらなければならない。そんな物を恐れるな。わざわいも幸いも下せないからだ。」(聖書/エレミヤ書10章2節~6節)

 

注目してください。「そんな【物】を恐れるな」と言っています。それは命のある存在、「者」ではなく、ただの動かない「物」だと言っているのです。聖書は、神がこの世界と人間を造られたと伝えています。しかも全知全能のお方であって、不可能なことがないお方です。それが本物の神、創造主です。

 

「見よ。わたしは、すべての肉なる者の神、主である。わたしにとってできないことが一つでもあろうか。」(聖書/エレミヤ書37章27節)

 

なるほど世の中には「神」と呼ばれるものがたくさん存在しています。でも常識的に考えてみてください。それぞれに得意分野があって、苦手な分野、担当外の領域があるなんて、そんなの本当の神だと言えますか? たとえば稲荷神社に受験のことを祈ったら、「あっ、ゴメン、私はそれは得意分野じゃないのでできません。天神様のところに行ってください」って断られるのでしょうか。

 

それが神様? あなたはそんな神様に本当に信頼できます?何でもできるから神なんじゃありませんか?できることと、できないことがあるなら、それはもはや人間と一緒ではないでしょうか。どうか雰囲気や習慣、伝統に流されず、まっすぐに、そして素直に、単純に考えてみてください。それがあなたの神ですか?そんな神様に本当に信頼し、あなたと、あなたの大事な人たちの人生をあずけられますか?私にはできません。あまりにも頼りなくて…。

 

まことの神、創造主は、お賽銭をあげなきゃ御利益をくれないような神様でもなければ、苦手な分野があるお方でもありません。まことの神(創造主)には得意ジャンルなんて存在しないのです。すべてが得意ジャンルです! なぜならこのお方はこの全宇宙をことば一つで創造し、私たちを…あなたを造られた唯一まことの神であり、創造主であり、救い主だからです。

 

「聖書の神が、ただ唯一まことの神です。」

そう言うと、多くの方々が言われます。

「キリスト教は傲慢だ、他の宗教や神々を認めようとはしない」

いいえ、違います。本物だから「本物です!」と確信をもって宣言できるのは聖書の神だけなのです。

 

どうぞ聖書をお読みになってみてください。そして世界で最も大事な真実を発見してください。そしてお近くのキリスト教会にお出かけになってみてください。

あなたが本物の神と出会えますように。

 

【聖書のことば】

わたしをだれになぞらえて比べ、わたしをだれと並べて、なぞらえるのか。袋から金を惜しげなく出し、銀をてんびんで量る者たちは、金細工人を雇って、それで神を造り、これにひざまずいて、すぐ拝む。彼らはこれを肩にかついで運び、下に置いて立たせる。これはその場からもう動けない。これに叫んでも答えず、悩みから救ってもくれない。このことを思い出し、しっかりせよ。そむく者らよ。心に思い返せ。遠い大昔の事を思い出せ。わたしが神である。ほかにはいない。わたしのような神はいない。」(イザヤ書46章5節~9節)