大きな問題に悩む夫への奥さんの行動 | とある働き人の聖書のお話

とある働き人の聖書のお話

東京で牧師をしておりました。
7年前子供が小学生に上がるまで離れていましたがぴったりの時に新しい働き(子ども関係)に招かれ、伝道させていただいています。

「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」

あるご主人(とても有名な人ですが、その正体を先に知っていると先入観が生まれるので、記事の最後にその人の名前を明かします(;^_^A)は、ある時とても大きな問題を抱えて、一人で悩み苦しんでいました。

 

すると、彼が落ち込んでいるところへ、彼の奥さんがお葬式用の黒いドレスを着て、彼の傍に立ちました。

彼はとてもびっくりして、尋ねました。

「どうした。誰か死んだのかね?」

奥さんはおもむろに答えました。

「神様がお亡くなりになりました。」

「馬鹿を言うな。そんなこと、ありえないだろうが」と、彼が起こった口調で言うと、奥さんはこう答えました。

「もし、神様がお亡くなりになったのでなく、また確かに生きておられるなら、その生きておられる神様を信じているあなたが、どうしてそんなに落ち込むのですか?」

 

自分の不信仰の罪に気付かされた彼、はい、宗教改革者として知られた有名人、マルチン・ルターは、直ちに元気を取り戻したのでした。

 

そう、そんな人でも誰でも、時には思い煩いと戦うことがあります。目の前の問題によって心が崩れ、圧倒されるときもある。いいんです。人間ですから。聖書はそれでも無理をして精神論で耐え抜け、とは言わない。イエス様は「空の鳥を見なさい」、養われる神様を見なさい、という。

 

イエス様はこうおっしゃられた。

「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイによる福音書6章26-33節)

 

私たちはこの神様が養われて生きる。神様はあなたのために、ルターの奥さんが死んだ、といったけど、御子イエス様があなたの魂を救い、サタンの手から取り戻し、神様の御心に満たし共に生きるために、本当に十字架で身代わりに罰せられ、死なれたのです。その命にあってあなたは取り戻された。復活のイエス様があなたの内に住まわれ、今日、あなたを導かれる。明日のことは、明日、今日のことは今日、神様が魂を燃え上がらせ、生かして導かれる。元気を出そう。無理をしなくていい。神様がイエス様のいのちを投げ出すほどに無理をしてでもあなたを救われたのだから。