私たちは、なぜ生きねばならないか…という問いを発しがちですが、生きるとか死ぬと かという人生の一大事の『なぜ』は、誰にも分からない。それよりも私たちは、誰も『生 きる』のではなく『生かされている』と考えると、おのずから生き方も変わってくる。
ー三浦綾子ー
させられている、ではない、されている、生かされている、そこには保証がある。
誰による保証?神様です。
私たちには生きるのが時に辛いことはあるかもしれない。
しかし、辛いという字に一本の線が加われば幸せになるように、
私達はこの神様があなたのうちに働かれるとき、ほんとうの意味で生きたものとなる。生き方はこの愛を受けると変わってくるのではないか。愛を受けた、命がけの愛を受けたもの、そこまであなたを愛してくださる方がいることを知るなら…