「神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。神のことばと祈りとによって、きよめられるからです。」
Ⅰテモテへの手紙4章4‐5節
神様が造られたものはみな良い物。その中で捨てるべきものは何一つない。神様はこの天地万物を、そしてあなたをも造られました。そのあなたも本来は良い者、大切な存在なのです。神様の思いはここにある。あなたは、私は、愛されている。何と感謝なことだろう。
だから神様はあなたの内に善を成したい。だから神様は、私たちが神様から離れ、罪に汚れ、神様が下さる良い物を失ってしまっているあなたを見るに見かねた…だから神様はもっとも最善なる方、御子イエスキリスト様を私たちに与えてくださった。なぜ勝手に離れていって、良い事を受けてもすぐに神様を忘れるような身勝手なもののために人となる必要がある?一緒に生きる必要がある?その愛を示す価値がどこにある?いえ、あった。あなたが神様の大切な存在だから。
でも、神様は一時的な善いものを与えることに満足しない。結局、一時の善はいのちにはならない。だから、あなたの罪を全部身代わりに背負って十字架の上で代わりに罰せられ、死なれ、またよみがえられたことによって、このイエス様の救いを信じる人に、あなたを、神様の子として受け入れ、神様があなたの内に働く、新しいいのちをくださったのです。
そこまでしてまであなたを愛されている。その新しいいのち、永遠のいのち、神様の子としての特権をあなたに最大の良い物を、あなたにくださったのです。あなたがイエス様を救い主として信じ受け入れるなら、その新しい歩み、イエス様が共に歩まれ、あなたの内にご自身の愛を、御力を、この世の与えることのできない、よきものをもってあなたを導かれる。もちろん時には大変なこともあるでしょう。でも、そのあなたに捨てるべきものはどこにもない、そのような中を神様は通してくださり、また試練であろうともその中に主も一緒に歩まれ、励まし、乗り越える力さえ与え、神様が連れていきたいところへとあなたを導かれる。
イエス様の愛の宣言、またその言葉の約束によって、十字架の血潮によって、あなたは新しい、いのちあるものへと、捨てるべきもののない、いのちあるあなたへと変えられる…あなたの今は神様が供えられたもの。だからもう何も恐れる必要はない。あなたは今日、神様に何を求め、また期待するだろうか?