(物語)
「きっと非常に興味あるものでしょうね。」と、デサールは言いました。
「ほんと、ぜひ拝見したいわ❗️」と、マドモアゼル・ブリエンヌは言いました。
「持って来てくれぬか。ほら、小テーブルの上、文鎮を乗せてあるから。」と、マドモアゼル・ブリエンヌの方を向きました。
マドモアゼル・ブリエンヌは、いそいそと立ち上がりました。
「いやよい。お前行ってくれ、ミハイル・イワーヌイチ❗️」と、眉をひそめて老公爵は叫びいました。
ミハイル・イワーヌイチは書斎の方へ出て行きましたが、老公爵は「何も出来ん、あたふたばかりしおって。」と、自分も出て行きました。
老公爵は、ミハイル・イワーヌイチと一緒に、食事の時に誰にも見せないで自分の部屋に置いておいた手紙と設計図を持って、せかせかと戻って来ました。
客間に入ると、彼は手紙をマリヤに渡し、声を出して読むように言いました。
手紙を読み終えると、令嬢マリヤは問いかけるように父を見ました。
彼は、自分の考えに囚われているらしく、新しい建築の設計図に目を落としていました。
「これをどう思われますか、公爵❓」と、デザールは思い切って老公爵に問いかけました。
「わしか❓わしがか❓。。」黙想を破られて不快そうに、老公爵は設計図から目を離さずに言いました。
「戦場からすぐ近くに迫る事も、大いにありうることと思われますが。。」
「はっはっは❗️戦場か❓わしが常々言って来た事だが、戦場はポーランドだ。ニーメン河からこちらへは敵は絶対に来る訳が無い。」
デサールはびっくりして、敵がもうドニエプルまで来ているのに、ニーメンなどと言っている老公爵に目を見張りました。
しかし、公爵令嬢マリヤは、ニーメンの地理的位置を忘れて父が言うのが正しいと思っていました。
「雪解けになれば、ポーランドの湿地に沈んでしまうわ。奴らにはそれがわからんおだ。」と、老公爵はどうやら1807年の戦争の事を考えているらしく言いました。
それが彼にはついこの間の事のように思われたらしいのでした。
「しかし、公爵。。手紙にはヴィテブスクの事が書いてありますが。。」
「あ、手紙に❓そうか。。そうだったな。」老公爵の顔は急に暗い表情になりました、彼はしばらく黙っていました。
「そうだ、フランス軍が壊滅したとか書いていたな。あれはどこの河だった❓」
デサールは目を伏せました。
「公爵、そのような事はどこにも書いておられません。」と、彼は小声で言いました。
「なに、書いていない❓ばかな、わしはいい加減な作り事は言わんぞ。」
皆、しばらく息を飲んでいました。
「そう。。おい、ミハイル・イワーヌイチ」と、彼は顔を上げると設計図を指しながら出し抜けに言いました。
「お前は、これをどう改造したいのだったかな。。」
ミハイル・イワーヌイチは、しばらく公爵と新しい建築の計画について話すと、腹立たしげにマリヤとデサールを睨んで自分の部屋に立ち去りました。
公爵令嬢マリヤは、父に向けられたデサールの当惑した驚きの目を見ました、そして彼が言葉を失っているのに気づきました。
その上、父が息子の手紙を客間のテーブルに置き忘れて行ったのに驚きました。
しかし彼女は、デサールの当惑しと沈黙の原因を、口に出して聞く事はおろか、それを考えるのも恐いのでした。
その晩、ミハイル・イワーヌイチが、老公爵が客間に忘れたアンドレイ公爵の手紙を貰って来るように言われて、公爵令嬢マリヤの部屋に来ました。
彼女は手紙を渡し、見識が許さない事ではありましたが、父はどうしているか❓と彼に聞きました。
「相変わらず忙しげに気を揉んでおられますよ。」と、慇懃だが嘲るような薄笑いを漏らしてミハイル・イワーヌイチは言いました。
その薄笑いがマリヤを蒼白にさせました。
「今頃はきっと遺言書のお仕事でしょうね。」(近頃の老公爵の好きな仕事の1つは書き物で、それは彼の死後に残されるはずのもので、彼はそれを遺言書と呼んでいました)
「それで、アルバートゥイチ(=支配人)をスモーレンスクへ遣るのかしら❓」と、マリアは尋ねました。
「そりゃもう、やつはさっきから支度をして待ってますよ。」
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(解説)
8月1日に禿山のボルコンスキー老公爵の元に届いたアンドレイ公爵の手紙について、夕食時に老公爵が言及したので、食後に
その手紙を客間に持って来させ、マリヤに読み上げさせます。
家庭教師のデサールは、アンドレイ公爵の言っている事が理解出来たので、禿山が戦場の至近距離になるかもしれないが。。と老公爵に打診してみます。
しかし、老公爵はどうやら、アンドレイ公爵が手紙で言って来た内容について理解出来ていない様子です。
デサールは、その公爵の様子に当惑します。
マリヤは、戦場の地理的な位置関係がよく理解出来ないので、父が正しいと思っていましたが、デサールの当惑した様子、それに何よりも、父がアンドレイ公爵の手紙を客間のテーブルに置き忘れて行ってしまった事に驚きます。
彼女は、デサールに彼の当惑と沈黙の意味を聞きたいと思いながらも恐くて聞けないのでした。
そこへ、老公爵から、客間に置き忘れた手紙を貰って来るように言われたミハイル・イワーヌイチがマリヤの部屋に手紙を貰いに来ます。
マリヤは思い切って、父はどうしているか❓と彼に聞きました。
ミハイルは、「遺言書のお仕事をなさっていますよ」と、慇懃だが嘲るような表情でマリヤに言いました。
(この嘲りの意味:恐らく、ミハイル・イワーヌイチは、いつも高圧的な老公爵が老齢の為認知がおかしいと感じていた模様。それ以上の深い意味はなさそうだ。)
マリヤは、彼のその表情に(父が老齢の為、認知症だと気づいて)蒼白になったのですね。








