(物語)
それは明るい色彩でジェラール(※フランスの画家1779ー1837)が描いた、ナポレオンとオーストリア皇帝の娘との間に生まれた男の子の肖像画でした。
この男の子はどういう訳かローマ王と呼ばれていました。
ミストの聖母(※ラファエロの有名な絵。ドレスデン博物館にある)に描かれたキリストの目に似た目を持った、非常に美しい巻毛の少年が、挙玉を持って遊んでいる所が描かれていました、球は地球をあらわし、別な手に持った短い棒は王笏をあらわしていました。
ローマ王と呼ばれる少年が短い棒で地球を突いている所を描いて、画家が何を表そうとしたのか、あまり明瞭ではありませんでしたが、ナポレオンはすっかり気に入ってしまいました。
『ローマ王か。。』と、彼は優雅な手振りで肖像画を指しながら言いました。
「実に見事だ❗️」彼は思うままに顔の表情を変える事が出来るイタリア人(※ナポレオンは生まれも育ちもフランスだが、先祖はイタリア本土出身)独特の器用さを見せて、肖像画の前に歩み寄ると、遠くを見るような優しい顔を作りました。
自分の今の言葉と動作が、ーー歴史である事を、彼は感じていました。
そして、今、自分が成しうる最良の事は、ーー息子に地球を、挙玉のおもちゃにさせる程の偉大な権力を持つ自分が、その威厳とは反対に、最も素朴な父親の愛情を示す事だと、彼には思われたのでした。
彼は肖像画と向かい合う位置に座りました。
彼の一つの身振りでーーこの偉大な人間に自分1人だけの感情に心ゆくまで浸らせる為に、一同はそっと足音を忍ばせて退出しました。
しばらくして彼は立ち上がると、またボーセと当直副官を呼びました。
彼は、自分の幕舎の周辺に宿営している伝統ある近衛師団の将兵達から、彼らの崇拝する皇帝の嗣子(しし)であるローマ王の肖像を拝する幸福を奪わぬ為に、肖像画を幕舎の前に運び出す事を命じました。
果たせるかな、彼が、陪食の光栄を与えたド・ボーセと朝食のテーブルを囲んでいると、肖像画の前に駆け集まって来た近衛の将兵達の歓声が上がりました。
「皇帝万歳❗️ローマ王万歳❗️」という歓声が聞こえました。
朝食後ナポレオンは、ボーセの居る所で、軍に対する命令を口述しました。
訂正なしに一気に書き上げられた布告を、手に取って読み上げると、ナポレオンは自讃しました。
布告には、次のように述べられていました。
『将兵に告ぐ❗️諸君待望の決戦の秋(とき)至る。勝利は諸君にあり。勝利は、我々の要望であり必要なすべてももの、快適な住居と早急な祖国への凱旋を、我々に与えてくれるだろう。アウステルリッツで、フリードランドで、ヴィテブスクで、スモーレンスクで行動せるごとく、今回もまた行動せよ。子孫をして、この日の諸君の勲功を誇りを持って回想せしめよ。諸君、諸君の1人1人について、彼はモスクワ付近の光栄ある戦闘に参加したのだ、と世人をして語らしめよ❗️』
「モスクワか❗️」と、ナポレオンは繰り返しました、そして旅行好きのド・ボーセを馬上の散策に誘うと、幕舎に出て鞍を置いた馬の方へ歩き出しました。
「陛下、あまりにも勿体ないお言葉でございます。」とボーセは皇帝の誘いに対して言いました。
彼は眠りたかったし、乗馬は苦手で不安だったのでした。
しかし、ナポレオンは構わぬという風に旅行好きの彼に頷いてみせたので、ボーセは辞退する事が出来なくなりました。
ナポレオンが幕舎を出ると、王子の肖像画の前に群がっていた近衛の将兵達の歓声がひときわ高くなりました。
ナポレオンは眉を潜めました。
「あれをしまうが良い。」と、彼は威厳のある優雅な手振りで肖像画を指差しながら言いました。
「戦場を見せるのは、まだ早い。」
ボーセは目を閉じて、頭を垂れ、深く嘆息しました。
彼はこの動作で、皇帝の言葉を理解し、高く評価する繊細な心があることを示したのでした。
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(解説)
ボーセが皇后陛下の贈り物として届けたのは、ナポレオンとマリア・ルイーザ(神聖ローマ帝国フランツ2世:後のオーストリア皇帝フランツ1世の皇女)の間に生まれた王子の肖像画でした。
この子は『ローマ王』と呼ばれていましたが、神聖ローマ帝国の皇帝の血を引く事からこのように呼ばれたのかもしれませんね。
ナポレオンは、最初の皇后ジョセフィーヌとの間に子供が生まれなかった事もあり、離婚してこの皇女と結婚しています。
コルシカの貴族に過ぎない先祖がイタリア人のナポレオンは、こうして『自分に箔を付け』たのでしょうね。
彼は、マリア・ルイーザをとても大事にしたそうです。
この前年に生まれた王子を、ナポレオンがとても大事にしていた様子がここでは描かれています。
ナポレオンは、これで名実共に、本当の皇帝になれたのだ、と思っている様にも思えます。
彼は『皇帝としての自分』に威厳と自信を周囲に振りまいています。
生まれながらの皇帝になる自分の息子を、誇らしく思っている様に見えます。
しかし。。会戦の前日にこういう私的な事にうつつを抜かしているナポレオン。。というのもね〜という気が少ししますね。
少し油断が見られるようにも素人の私には思えるのですけれどね。







