(物語)
ナターシャがすっかり没頭した対象は家庭でした、つまり、彼女と家から離れられぬように抑えておかなければならぬ夫と、腹に宿し、生み、育て、そして教育せねばならぬ子供達でした。
そして彼女が頭脳でではなく、心の全てで、存在の全てで、彼女を捉えた対象に深く投入して行くにつれて、この対象は彼女の注意の前に益々広がって行くばかりで、彼女には自分の力が益々弱い儚いものに思われて来るのでした。
その為に彼女は、ありたけの力を絶えず同じ対象に集中するのですが、それでもやはり必要と思われた事をすっかり行うには、手が回りかねるのでした。
婦人の権利、夫婦の関係、夫婦の自由と権利などについての解決や考察は、まだ現在のように『問題』と称されていませんでしたが、そのような問題は、ナターシャの関心を引かなかったばかりか、彼女はそれを全く理解していませんでした。
それらの問題は当時も、現在と同じように結婚というものに夫婦が互いに相手から受ける満足だけを、つまり、結婚の1つの要素だけを見て、家庭と言うものにある、その全ての意味を見ない人々にとってのみ存在したのでした。(※要するに、トルストイは「結婚」というものは家庭を築く前提に過ぎないものであって、そこには男女の結びつきという夫婦間の満足以上の内容が盛り込まれているという事か❓)
結婚の目的を家庭にあるとすれば、多数の妻や夫を持つ事を望む者は、多くの(男女の結びつきという)満足を得たかもしれませんが、絶対に家庭を持つ事は出来ないでしょう。
食事の目的が栄養摂取にあり、結婚の目的が家庭にあるとすれば、全ての問題は、胃が消化出来る限度以上に食べない事、家庭の為に必要な数以上の妻と夫を持たない、つまり、1人の妻、1人の夫しか持たない事によってのみ解決されるのです。
ナターシャには夫が必要でした、そして彼女に夫が与えられました。
そして夫が彼女に家庭を与えました。
彼女は別に、もっと素敵な夫を必要と認めなかったばかりでなく、心の力のありたけをこの夫と家庭に尽くす事に向けたので。彼女は条件が別だったらどうなるだろう。。という事を、想像する事が出来ませんでしたし、そういう想像に少しの興味も認めていなかったのでした。
ナターシャは、大体、人々との交際を好みませんでしたが、それだけに一層、伯爵夫人マリヤ、兄、母、ソーニャなどの身内との付き合いを大切にしていました。
彼女は髪の乱れを構わず、部屋着のままで、乱暴な歩き方で、ニコニコ笑いながら子ども部屋から出て行き、もう緑色でなく黄色い汚れのついたおむつを見せて、もう坊やがずっと良くなったという慰めの言葉を聞く事が出来るような、そうした人々との付き合いを大切にしていたのでした。
ナターシャはすっかりだらしなくなってしまって、その服装や、髪型や、見当違いな言葉や、嫉妬が、いつも身近な全ての人々のからかいの的となっていました。
ピエーは、妻の尻の下に敷かれているというのが一般の意見で、実際その通りでした。
結婚後間も無くナターシャは、彼の生活の1分1秒が妻と家庭に属するという、聞いた事もない妻の考え方に❣️しましたが、その要求に従った為に、他の女性の機嫌を取る事はおろか、時間を潰す為にクラブや食事に行ってもいけない、気晴らしの為にお金を使ってもいけない、所用以外には長期の旅行もいけない、という羽目になりました。
その代わりにピエールは、自分の家では自分の事はもちろん、全家族をも思いの儘に律する完全な権利が与えられました。
家中が、ひたすら主人の仮装の命令によって、即ちナターシャが察知しようと努めているピエールの望みによって指導されていました。
彼女は、ピエールの希望の芯に有るものを正確に察知しました。
そして一旦それを察知すると、彼女は一度選んだものを、テコでも放しませんでした。
例えば、ピエールが一度、乳母というものは不自然で有害だという、自分が全面的に同意しているルソーの思想を彼女に語った事がありました。
そうすると、その次に生まれた子の時は、母乳で育てるなどは、その当時は例の無い有害な事だとして母や医師達に限らず、当のピエールまでも反対したにもかかわらず、彼女は自分の乳で育てる事をガンとして主張し、それからの子供を全部自分の乳で育てたのでした。
しばしば神経が苛立っている時など、夫婦で言い争いをする事がありましたが、そんな争いの後は長い事、妻の言葉ばかりでなく、行動にも、彼女自身があんなに反対した彼の考えがちゃんと反映しているのを見出して、ピエールは喜ぶと同時に驚いたものでした。
結婚生活7年後にピエールは、自分は悪い人間では無いという、嬉しい確固たる自覚を得ました。
そして、そう自覚したのは、妻の中に映し出されている自分を見ていたからでした。
自分の中には、彼は全て良いものと悪いものとが混じり合い、互いに影を落とし合っているのを感じていました。
しかし、妻に映っている彼の映像には、真に良いものばかりでした。
いくらか良く無い所のあるものは、ことごとく跳ね除けられていました。
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(解説)
何を行っているのかちょっと難しい部分ではあると思います。
自分なりの考えを記載します。
トルストイの男女の結び付きの真の意義、そして結婚生活考というものがピエールとナターシャ夫妻のあり方を通じて描かれているように思いましたね。
結婚というものはただ、男女が愛し愛されるというだけではなく、もっと深い大事なものがある、それは『家庭を作り子供を産み育て教育する事』だと、言っていると思います。
そういう家庭に居るべき妻の役割の理想について、ナターシャという女性の行動に反映されていると思います。
ここに記載されているナターシャのだらし無さにはちょっとびっくりしますが、そのくらい子供を『自分の手で』育てるのは大変なのだ、と示しているのだろうな、と思います。
貴族階級において、乳母に子育てを放任し、家庭教師をつけて自分は社交界へ顔を出すような女性ってどうなのよ、しかも話している内容は、『夫人の権利とか夫婦の自由』みたいな枝葉の問題だろ❓みたいな非難❓も聞こえてきます。
また、ピエールとナターシャの関係は、ナターシャがピエールを家庭に閉じ込めているように見えますが、ピエール自身はそれをどうだとは思っていない様子で(※そもそもピエールは、社交的で色恋好きで家庭的では無い女性を妻に持って苦労していた)、それほど勉強なんかしていないと思われるナターシャに対して、哲学的な話をナターシャの目線で語ってあげてたりしていますよね。
それをナターシャは、心の芯に『ピエールへの絶大的な敬意』を有していますからね、解らないなりにも、彼女の中でうまく噛み砕いて消化しているのですね。
そして、彼女が自分の理解したところによって実行している事は、全てピエールの考えに適っている。。という事を述べているんだと思います。
ピエールはエレンとの結婚生活において、お互いの短所にばかり目が行き、まさにお互いを下げ合うような関係でした。
でもね、ピエールは元々ナターシャを崇拝していましたし、ナターシャもピエールを尊敬しています。
だからね、この二人はお互い高め合って行っているのだな。。っていう感じがしましたね。
これがまさに『運命の相手』っていうものなのでしょうね。