(物語)
経営の面で、時々ニコライを苦しめた事が1つありました。
それはカッとしやすい性分に加えて、すぐに手を振り上げるという軽騎兵時代の古い癖が抜けない事でした。
初めのうちは彼は、これを不都合な事と気付きませんでしたが、結婚して2年目に、こうした制裁に対する彼の見方が変わりました。
夏のある日、ボグチャーロヴォから村長が飛びつけられました。
これは死んだドローンの後釜に座った男で、数々の不正を摘発されたのでした。
ニコライは正面玄関に出て行き、村長がろくに返事もしないうちに入り口の辺りで叫び声や殴りつける音が聞こえました。
朝食に戻ると、ニコライは妻の側へ行って、いつものように、その朝あった事、ついでにボグチャーロヴォの村長の事も話し始めました。
伯爵夫人マリヤは、顔を赤くしたり蒼白したりして唇を噛み締めて、夫の言葉には一言も答えませんでした。
「全く、図々しい悪党だ」と、彼は思い出しただけでカッとなりながら言いました。
「酔っていてわからなかったとでも言うのならまだ許せるが。。おや、どうしたんだね❓マリィ。。」と、彼はふいに尋ねまました。
伯爵夫人マリヤは頭を上げて何か言おうとしましたが、また急いで顔を伏せ、唇を噛み締めました。
「そうしたんだね、マリィ❓。。」
美しくない伯爵夫人マリヤも、泣き顔はいつも美しいのでした。
彼女が泣くのは、いつも悲しみと憐れみからだったのでした、そして泣くと、そのきらきら光る目が、心を奪わずにおれぬ魅力を帯びるのでした。
ニコライが彼女の手を取ると同時に、彼女は抑えきれなくなって泣き出しました。
「ニコラス、私、見ていたのよ。。あの男は良くないわ、でも貴方は。。何故貴方は❓ニコラス❗️。。」そして彼女は両手で顔を覆いました。
ニコライは黙り込み、彼女の側を離れて部屋の中を歩き回り始めました。
彼女が何を泣いているのか、彼にはわかっていました、しかし、心の中で、子供の頃から慣れてきて、ごく当たり前だと思っていた事がーー悪い事だと言う彼女の考え方に、にわかに同意する訳には行かないのでした。
『それは甘やかしというものだよ。女の戯言さ。それとも妻が正しいのかな❓』と、彼は自分の心に尋ねました。
この問題を自分で決しかねて、彼はもう1度苦しみと愛をたたえた妻の顔を見ました。
するとふいに彼は、妻が正しく、自分が長い間、自分の心に対して罪を犯していた事を悟ったのでした。
「マリィ。。」と、妻の側に寄りながら、彼は静かに言いました。
「もう絶対にやらんよ、君に約束する、絶対に。。」と、彼は許しを請う子供のように、震え声で繰り返しました。
涙が激しく伯爵夫人の目から流れ出しました。
彼女は夫の手を取って、その手に唇を押し当てました。
「ニコラス、いつこのカメオを壊したの❓」と、彼女は話を変えようとして、彼の指にはめられているラオコンの頭が付いた指輪を見ながら言いました。
「今朝だよ、みんなあの為だ。ああ、マリィ、あの事を思い出させないでくれ」彼はまた真っ赤になりました。
「あんな事はもうしないと約束するよ。そしてこれをいつまでもそれを忘れぬ印にしよう。。」と、壊れた指輪を指しながら、彼は言いました。
その日以来、村長や管理人の説明を聞いているうちに、血が頭に登り、腕がムズムズしている拳が固まりかけると、ニコライは壊れた指輪をひねくり回して目を伏せるのでした。
それでも年に2度ほどは、逆上して我を忘れる事がありました。
そんな時は、彼は妻の所に行って、正直に打ち明け、今度こそ最後だから、と約束するのでした。
「マリィ、君は僕を軽蔑するだろうな❓僕は軽蔑されても当然の男だよ」と、彼は妻に言いました。
「堪えられないと感じたら、離れるのよ。早くその場を離れる事よ。」と、夫を慰めようと努めながら、伯爵夫人マリヤは悲しげに言うのでした。
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(解説)
はい。
ここはニコライとマリヤの夫婦喧嘩❓のシーンですが、喧嘩の内容がちょっと高尚な感じがします。
通常の男女の喧嘩はもっとレベルが低い内容が多いでしょう。。
私達の周囲を見ても「彼が私に〜してくれない」「彼が、彼女が、自分をわかってくれない」とかね。
自分自身も、自分の親の喧嘩を見ていても、そんな水準です。
実際、ニコライの両親のロストフ老夫妻の喧嘩でも、老伯爵が病人を自分の馬車に乗せて避難させるという突拍子も無い人の良い事を言い出して、その夫の心を理解できずに、老婦人は自分の荷物のことばかり言っていたみたいな感じでしたから。
男性側にしてみれば、なんでこんな自己中な女と一緒になっちまったんだ〜💦っていう所でしょう。
ところが、ニコライ夫妻の喧嘩は、ニコライがなんでもマリヤに報告していたら、マリヤが「たとえ貴方が正しくても暴力はいけないわ。。」と優しく諭す、という内容です。
およそ、マリヤには「私に一体何を貴方はしてくれたと言うの❗️」と言った類のレベルはあり得ないですね、多分ですけれど。
ここでラオコンの頭が壊れた指輪が象徴的に描かれている感じがしますが、たとえ、ニコライが不正をした村長を締め上げて、不正を正す事は正しくても、そのやり方が暴力によるものであれば『ニコライ夫妻の仲に亀裂が生じるよ』と言う警告とも取れるんですよね、ラオコンの逸話を考えてみると。
だからね、ニコライは、この『壊れたラオコンの頭』をお守りの様にして、自分の激情を抑えなくてはならない。。と痛感したのだ、と言う事だと思います。
この事は、ニコライ夫妻の絆の問題ばかりではなく、ニコライ自身を守る事でもあるのですよね。
マリヤは、おそらく『それを』感じていたからこそ、夫に敢えて物申したのでしょうね、その様に思います。
(追記)ラオコンの逸話の意味
トロイア戦争末期、ギリシア軍が残した巨大な木馬をトロイアの人々が城内に入れようとした際、神官ラオコーンはこれを怪しみ、木馬に槍を突き立てて警告しました。しかし、この行為が女神アテナ(またはポセイドン、アポロン)の怒りを買い、海から現れた大蛇によってラオコーンと2人の息子は絞め殺されてしまいます。トロイアの人々は、ラオコーンが神の怒りに触れたためだと考え、彼の警告を聞き入れませんでした。結果として、木馬の中に潜んでいたギリシア兵によってトロイアは滅ぼされました。
(追記)
しかし、マリヤも、妊娠中は特にニコライの愛情を疑ってしまう、特に目の前をソーニャがうろついていると被害的になると言う、おそらく彼女の唯一の欠点で夫を煩わせると言うシーンが次に出てくるみたいですね。