戦争と平和 第4巻・第4部(15−1)ピエール、モスクワに到着。そしてアンドレイ公爵とカラターエ | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

1月末にピエールはモスクワに着き、焼け残った脇屋に落ち着きました。

彼はラストプチン伯爵や、モスクワに戻っていた何人かの知人達を訪ねました、そして3日後にペテルブルグに発つ事にしていました。

全ての人々が勝利を祝していました、荒廃の中から蘇りつつある首都は、全てに生命が沸き立っていました。

ピエールには何もかもが喜びでした。

 

ピエールは出会う全ての人々にたまらない親しみを覚える自分を感じていましたが、何かで自分を縛り付けない為に、心ならずも全ての人々に対して慎重に自分を抑えていました。

重要なものであろうと、ごくつまらないものであろうと、問われる全ての質問に対して、彼は、ええ、たぶん、そのつもりですが。。と、どっちつかずの返事をしていました。

 

ロストフ家の人々については、コストローマに居ると聞かされましたが、ナターシャの事は、ほとんど彼の頭に浮かびませんでした。。たまに頭に浮かぶ事があるにしても、遠い過去の快い思い出としてに過ぎませんでした。

彼は世間の諸々の条件からばかりでなく、思えばわざと自分に押し付けたようなこの感情からも、自分は自由である事を感じていました。

 

モスクワへ来て3日目に、彼はドルベツコーイ家の人々から公爵令嬢マリヤがモスクワに居る事を知らされたのでした。

アンドレイ公爵の死や、苦しみや、最後の日々の事は、絶えずピエールの心を痛めて来ましたが、今再び、新たな頭痛を伴って彼の頭に浮かんで来ました。

食事の席で、公爵令嬢マリヤがモスクワに出ていて、類焼を免れた屋敷に住んでいると聞くと、彼はその日の夕方に彼女を訪れて行きました。

 

公爵令嬢マリヤを訪ねる道々、ピエールは、アンドレイ公爵や、彼との友情の事や、様々なな彼との出会い、特にボロジノでの最後の出会いの事など、思い返していました。

果たして、あの時のあのとげとげしい気持ちのままで、死んで行ったのだろうか❓本当に、死ぬ前に人生の理解が彼の前に開かれなかったのだろうか❓』と、彼は考えました。

彼はふと、カラターエフとその死を思い出しました。

するとひとりでに、あの2人はあれ程違いながらも、彼(=ピエール)が愛情を寄せていた事、そして共に(この激動の時代の)この世に生き、そして死んで行った事ではあれ程似ている、この2人の人間が思い比べられて来るのでした。

 

ピエールはすっかり厳粛な気分になって、老公爵の屋敷に着きました。

屋敷はそっくり残っていました。

屋敷内は破壊の跡が見られましたが、屋敷の雰囲気は元のままでした。

ピエールを迎えた老僕は、公爵が亡くなられても当家の秩序が破られるものでは無い事を客に感じさせようとするらしく、厳しい顔をして、お嬢様は部屋へ御退リになりましたし、訪問をお受けになるのは日曜日です、と言いました。

「取り次いでくれ、きっとお会い下さるはずだから。。」と、ピエールは言いました。

「かしこまりました。どうぞ肖像室でお待ちくださいまし。」と、老僕は答えました。

 

しばらくすると、老僕とデサールがピエールの前に現れました。

デサールは、公爵令嬢からの言葉として、お会いできるのは大変嬉しい事なので、もし無作法をお許しいただけるなら、2階の部屋へお越し下さるように。。と、ピエールに伝えました。

蝋燭が1本ともっている、天井の低い小さな部屋に、公爵令嬢と、もう1人誰か黒い衣装の婦人が座っていました。

ピエールは、公爵令嬢の側には常にお相手役の婦人が付いていた事を覚えていましたが、そのお相手役がどんな婦人だったか覚えていませんでした。

『このご婦人もお相手役の1人だな』と思い、黒い婦人にチラと目をやって、ピエールは思いました。。

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(解説)

はい。

ここはさりげなくピエールのモスクワへの帰郷の様子を述べた部分ですが、ちょっとトルストイ先生の示唆的な箇所があると、個人的には思っています。

大まかに言えば、ピエールは生きてモスクワに戻り、そこで公爵令嬢マリヤに会いに行くという筋書きですね。

その流れで、暗闇に蝋燭1本という幻想的な空間で『黒い衣装の婦人』を見かけるのですね、この婦人の正体については次のチャプターで、という流れです。

 

で、『トルストイ先生の示唆的な部分』についてですが、1つ目は①思えばわざと自分に押し付けたような(ナターシャに対する)この感情、という部分です。

ピエールは、ナターシャと最後に会ったのは、人々がナポレオンが入城する直前にモスクワから避難する時に、たまたま馬車の中からナターシャに見つけられて、ほんのひと時の別れを惜しむ。。というシーンだったのですね。

このシーンは、決して普通の恋人同士みたいに捉えて欲しくは無かった、というトルストイの思いが汲み取れます。

当時は多くの若い男性が亡くなった大きな戦争の真っ最中だったのですね。

そんな中に、愛だの恋だの結ばれないだの、そんな軽い気持ちで二人は最後にモスクワで出会ったのではありません。

あくまでも、こんな時代に、たまたま元気な姿をお互い確認できて良かった。。今日出逢えて。。今度はいつ❓もう会えないのかも。。でも、そんな先の事はわからない、今会えたのが良かったわ。。っていうのが本当の所の気持ちでは無いのかな、と思います。

 

そして今は、フランス軍が撤退して、平和を取り戻しつつあったモスクワですが、それでもまだまだ混乱のさなかです。

ピエールは、自分の気持ちの整理もつきません。

そんな中、ナターシャへの愛などを考えている余裕が無い、という事では無いか、と思います。

確かに悪妻のエレンは無くなってピエールは自由ですが、だからと言って、ナターシャが生きているのなら、すぐに会いに行きたい。。とか言う『そんな軽い気持ち』を抱くのも、アンドレイ公爵を失ったナターシャの気持ちを考えると到底考えられない事だ、と言う意味合いもあると思います。

 

それから②アンドレイ公爵とカラターエフの比較対比のピエールのモノローグの部分ですね。

これは『死を恐れるな』と言う、この物語の大きな柱の1つの精神を繋げる部分だと思います。

ピエールは、アンドレイが死ぬ前に『人生の理解』が出来ていたのかどうかは知りません。

でも、なぜかピエールの中で、この高貴な貴族のアンドレイと、農奴のカラターフの姿が結び付けられているのは、これはトルストイ先生がこの2人が『死を恐れるな』と言う精神に行き着いた共通の人生だったからだ、と示唆していると思います。

ピエールは、まずヨシフ・アレクセーエヴィチから『死を恐れるな』と言う命題を与えられ、不遇な人生を送るものの穏やかななんとも言えない優しさを醸し出す農奴カラターエフの生き様から『死を恐れるな』の意味が展開され、そしてアンドレイ公爵の死の床で『死を恐れるな』の回答が提示され、さらにカラターエフの死から、死を恐れなかった彼の死への喜び・感謝が描かれています。

 

アンドレイ公爵は、裕福な貴族の長男として生まれ育ち、幸せいっぱいわがまま一杯の人生だったようにも見えます。

しかし、彼はその育ち、教育、勉学にも関わらず、軍隊では自分の案は発表すら許されず、試作した法律案は却下され、皇帝からはよく思われず、結局はその身分にも関わらず(自ら志願したとは言え)前衛部隊に参加し戦死したと言う人生です。

また彼は、私生活でも、最初の妻リーザとは合わず、妻は出産時に亡くなる、そしてようやく立ち直って若い美しいナターシャと婚約するも、彼女は情熱的な青年と駆け落ちを企て、自分を裏切ってしまう。。なぜ自分がこんな目に❓という辛い経験も持っていたのですね。

そこには彼なりの人生の苦難が有ったのだ、と思います。

しかし、彼は瀕死の重傷を負った後、自分の中に『生きる、ただ生きる事の尊さ』を認識がある事に気付き始めます。

これは、彼の素質でもあり、戦争での飢餓体験、周囲で意味もなく命を落とす若者達。。。を見て、次第にそれを認識することになります。

『ただ愛する』という自分の中の情熱にようやく気付き、アナトーリ を許し、ナターシャへの真実の愛に目覚めます。

こうして、アンドレイ公爵は、『ただ生きる事の喜び』それが紛れもなく神からの贈り物であり、現実社会は必ずしもこの認識とは異なる法則で動いている事、『死』はそんな愛の世界に旅立つ事だ。。という認識を得ています。

 

つまり、『死を恐れるな』という精神は、身分や境遇の違いを乗り越えた普遍性があるのだ、というトルストイ先生の主張を感じるのですよね。。私は。

 

(追記)

あのー。。しつこいようですが。。

当時は大変な戦争だった訳で、トルストイは、この物語を単なる恋愛小説と捉えて欲しく無かったと思うのですよね。

ここに、ナターシャに対するピエールの思いと『死を恐れるな』の命題を同時に出しているという事はですね、この時代決して結ばれることのなかった多くの恋人達の魂を慰めたいという思いも強かったと思うのですよ。

若くしてその命を落とした貴女の恋人は、この世の汚れから救われたのです。。だから、貴女も頑張ってこの世を生きなさい、そうすれば貴女も救われます、そして最後には素晴らしい世界(=死)へ旅立つのです。

だから、今、生き残った貴女は生き続けること、これが神様からの宿題なのです。(※これはペーチャの死から逆推定される)