(物語)
番小屋に戻ってくると、ペーチャは入口に立っているデニーソフ を見ました、デニーソフ は胸が騒いで心配でじっとしていられず、ペーチャを出した自分を攻めながら、彼が戻るのを待っていました。
「よかった❗️」と、彼は叫びました、「ああ、よかった❗️」と、ペーチャが有頂天になっている話を聞きながら、彼は繰り返しました。
「こいつめが。君のおかげで眠れなかったぞ❗️」と、デニーソフ はどやしました。
「まずは何よりだった。さあ休みたまえ。朝までまだ一眠りできるぞ。」
「ええ。。いいえ。僕は眠りたくありません。僕は自分を知っています、目を瞑ったらもうそれっきりです。それに戦闘の前には眠らない癖がついているんです。」
ペーチャはしばらく小屋の中に座って、今の偵察行を詳細に思い出して胸を踊らせたり、明日の剣を思い描いたりしていました。
やがてデニーソフ が寝入ったのを見ると、彼は立ち上がって外へ出て行きました。
外はまだ真っ暗でした、雨は上がっていましたが、まだ木の枝から滴が落ちていました。
コサックの仮小屋で、一緒に繋がれた馬どもの姿が黒々と見えました。
コサックや軽騎兵の中には起きている者も居て、そちこちで滴の落ちる音や、すぐその辺りで馬の草を食む音と混じって、低い、囁くような話し声が聞こえていました。
ペーチャは軒先へ出ると、闇の中を見回して、輜重車の方へ歩いて行きました。
輜重車の下に誰かのいびきが聞こえ、その周りに鞍をつけられたままの馬がたたずんで燕麦(からすむぎ)を噛んでいました。
ペーチャは闇の中に自分の愛馬ーー白ロシア産の馬だが、カラバック(※コーカサスの良馬の産地)という名をつけていましたーーを見分けると、その側へ行きました。
「なあ、カラバック、明日はしっかりやろうな。」と、彼は愛馬の鼻孔に接吻してやりながら言いました。
「なんだね、旦那、眠れんのかね❓」と、輜重車の下に座り込んでいたコサックが言いました。
「そうじゃ無いよ。確か。。リハチェフだったな❓僕は今戻って来たばかりなんだよ。フランス軍の陣地へ行って来たんだ。」
そしてペーチャは、偵察に行った事ばかりでなく、なぜ行ったか、なぜやみくもに攻撃するよりも、自分の生命を危険に晒す方が良いと思うのか❓という事について詳しく話しました。
「そりゃいいが、少し眠っておいた方が。。」と、コサックは言いました。
「いや、僕は慣れてるんだよ。そりゃそうと、君のピストルの火打ち石はすり減って無いかい❓僕は持ってるんだよ、要らないか❓やるよ。」
コサックは、ペーチャの顔がよく見えるように、輜重車の下から顔を出しました。
「僕は何でも正確にやる癖がついているんだよ。」と、ペーチャは言いました、「行き当たりばったりに準備もせずにぶつかって、後で臍を噬んでいる者も居るが、僕はそういうやり方は嫌いなのさ。」
「そりゃ本当だ」と、コサックは言いました。
「それから一つ頼みだが、ねえ君、僕の軍刀を研いでくれないか❓刃こぼれ。。(と、言いかけて、ペーチャは嘘がつけなくなりました)まだ1度も研いで無いんだよ。研いでくれるかね❓」
「ああ、いいですとも。」
リハチェフは立ち上がって、荷の中をかき回し始めました。
間も無く鋼鉄と砥石の男性的な音が、ペーチャの耳に聞こえました。
彼は輜重車の上に這い上がって、その端に腰を下ろしました。
コサックは輜重車の下で軍刀を研いでいました。
「どうだね、皆眠っているのかい❓」と、ペーチャは言いました。
「眠っている者もあれば、こんな事をしてる奴もありですよ。」
「ところで、あの少年はどうしてるかな❓」
「ヴェセンニイかね❓あそこの乾草の中に寝てるよ。ぐっすり眠りこけてるよ。よっぽど安心したんだな。」
ペーチャはその後、長い事辺りの気配に聞き入りながら、黙り込んでいました。
闇の中に足音が聞こえて、1つの黒い姿が現れました。
「何を研いでいるんだ❓」と、輜重車の側へ近づきながら、その男は言いました。
「なに。。そこの旦那の軍刀を研いであげてるのよ。」
「そりゃ感心だ。。カップはここじゃなかったかな❓」
ペーチャは、この男は軽騎兵だな。。と思いました。
「そこの車のとこだよ。」
軽騎兵はカップを取り上げました。
「もうじき夜が明けるな」と、あくび混じりに言うと、彼はどこかへ歩み去りました。
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(解説)
まあ。。なるべくこのペーチャという少年に弁護的に書きたい所ですが。。
この人はまだ16歳で子供ですが、それにしても幼すぎますね。
さすがは、人に良い顔しか出来ない見栄っ張りのロストフ家の次男ですね、としか言いようが無いですね。
こう言う人に身分がある、って言うのがまたネックな訳ですよ。
何れにしても。。このまま彼に『学び』がなければ、この人は軍隊では絶対にやっていけない人間だって気づいたのでしょうけれどね。
誰も、この少年にはキツくは言えないのですね、一応『士官』ですし。
ペーチャは、偵察に連れて行かれた自分を『立派な軍人』と思い込み、たまたまそこに居たコサック(おそらくペーチャ以上の戦闘能力を持っている)に、とうとうとドーロホフの受け売りを聞かせるという愚かぶりです。
そして、明日の戦闘で、自分が大活躍すると言う気がしてならないのですね。
命をかけた戦闘を、まるで小学生が明日の遠足を楽しみにするみたいに思っています。
軍刀も自分で研いだ事もないのにね。(彼はこのコサックに一度も研いだ事が無い軍刀を研がせますけれど。)
『命』が掛かった戦闘という場面で、おそらくフランス語も算術もパッとしないというかその習得ですら努力をしなかった人間が何か凄い事が出来るとでも言うのでしょうかね。
勉学と戦術とは話が違うと言っても、人間的な忍耐強さは共通でしょう。
この人が、犬死してしまうと言う流れは、気の毒で、決してペーチャだけが悪いとは言いませんけれど、あまりにも残念な人すぎますね。
ニコライも若い頃は酷かったですが、彼は『命への恐怖』と言うものは持っていたから、生き延びて成長できたのですけれどね。。
ニコライが人間の素直な感情(死傷への恐怖心)に従ったのを、自己嫌悪しているシーンが、アウステルリッツ前哨戦で描かれていたと思いますが、実は『その感覚』こそ、トルストイは大事だって言っているように思うのですよね、ここまで読み進めてくると。(個人が自分の命を大事にするのは当たり前だろ。※これは『死を恐れるな』とは別次元の話)
しかし直接的に国家存亡の危機が迫っていたと言う時代背景で、安易に『命をかけても敵を攻撃せよ❗️』と、周囲がそれが英雄と言うのなら、そう言う流れになる時代だったのかな。。
両親はその考えがおかしいと思いつつも、ペーチャを抑える事が出来なかった。。その理由が親自身の(金銭面など全般的な)無鉄砲さに有ったと言うのも皮肉な話です。
こんなペーチャの側面をデニーソフ はちゃんと見抜いており、彼を偵察にやらせたのは間違いだったかも。。とオロオロしながら彼の帰りを待っていた始末です。