(物語)
副官は、グレコフを呼びに森の中へ馬を飛ばして行きました。
オルロフ・デニーソフ 伯爵は、この計画の中止と、まだ見えぬ歩兵部隊を空しく待つ焦慮と、敵陣の近さ(彼の部隊の全員がそれを感じていました)とに冷静を失って、攻撃を決定しました。
彼はひそひそ声で号令を下しました。
「乗馬❗️」陣形が立てられ、十字が切られました。
「突っ込めえ❗️」
「ウラアアア❗️」喚声が森を揺るがしました、そして、袋から撒き散らすように、コサック騎兵中隊が相次いで森を飛び出し、槍を構えて、小川を飛び越え、はやり立ちながら敵陣へ疾駆して行きました。
最初にコサック兵の姿に気づいた1人のフランス兵が、肝をつぶして絶望的な悲鳴を上げましたーー途端に、陣地内にあった者全て、服を着る間も無く、寝ぼけた顔で砲も、銃も、馬も捨てて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。
もし、コサック達が後方や周りの事などに気を留めずに、フランス兵達を追跡していたら、ミュラーを始め、その陣地内にあった全員を捕虜にしていたはずでした。
指揮官達もそれを望んでいました。
コサック達は、一旦獲物と捕虜に襲い掛かったら、もう誰も彼らを止められず、たちまち1,500名の捕虜と、38門の砲と、軍旗と、コサック達に最も重要な馬、鞍、毛布、その他の品々を捕獲しました。
コサック達は、捕虜や砲を掌握し、獲物を分け、掴み合いをやる事にかかり切っていました。
フランス軍達は、もう敵が迫って来ないので、落ち着きを取り戻し、部隊ごとに集結して応答し出しました。
オルロフ・デニーソフ は全部隊の到着を待って、それ以上の攻勢に出ませんでした。
その頃『第1縦隊は、これこれの地点へ、云々』の作戦命令に従って、その通りに出発しながら、到着の遅れているベニグセンを司令官とし、トーリが実際の指揮を執る縦隊の歩兵部隊は、(常にある事ですが)どこかに着きましたが、それは命じられた場所では有りませんでした。
(これも常にある事ですが)元気に出発した兵士達が、立ち止まる事が多くなり、不満の声が上がり出し、迷ったという意識からどこかへ引き返そうという動きが起こりました。
副官達や将軍達がやたらに馬を飛ばしながら怒鳴ったり、怒ったり、口論したりして、全然方向が違う、遅れてしまったじゃないか。などと喚き、誰かに当たり散らしたりしていましたが、しまいに、皆諦めたように手を振って、まあどこかに出るだろうよ、とそれだけを当てにして歩き出しました。
『どこかへでるさ❗️』確かに出ましたが、そこは目的の地点では有りませんでした。
いくつかの部隊は、どうにか目的地点に出ましたが、その時はもう遅く、何の助けにもならず。ただ敵の銃撃を浴びる為に歩いて来ただけでした。
この戦闘で、アウステルリッツのワイローテルの役割を演じたトーリは、地点から地点へ懸命に馬を飛ばしましたが、何処へ行っても全てが裏目に出ていました。
彼が森の中でバッゴウートの軍団に出会ったのは、もうすっかり明るくなってからで、予定ではもうとうにオルロフ・デニーソフ の部隊と合流していなければならぬはずでした。
重なる失敗にヤケを起こし、誰かの悪質な妨害に違いないと思い込んで逆上したトーリは、軍団長の所へお魔を飛ばし、かかる失敗は銃殺ものだ、と罵りながら厳しく譴責をし始めました。
バッゴウートは、軍人気質の温厚な老将軍でしたが、これも絶え間ない渋滞と、混乱と、衝突に心身共に疲れ果てていたので、その性格からは考えられない怒気を満面にみなぎらせて、憤然としてトーリの耳の痛い言葉を叩きつけたのでした。
「わしは誰の訓戒も受けようとは思わぬが、部下の兵達と共に死ぬ事は、誰にも引けを取らぬつもりだ❗️」と言い捨てて、彼は1個師団を率いて前進して行きました。
フランス軍の銃火の弾幕が張られている野原に出ると、激昂した勇敢なバッゴウートは、今、戦闘に入る事が有利か不利かなどは一切考えずに、1個師団を率いて銃火の雨の中へまっしぐらに突き進んで行きました。
危険と砲弾と銃弾こそが、彼の憤激した心に必要なものだったのでした。
最初の掃射の一弾が彼を倒し、相次ぐ銃弾が大勢の部下を殺しました。
そして彼の師団は、しばらく無益に銃火の雨の下に晒されていたのでした。
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(解説)
結局、ポーランド人の下士官に騙されたオルロフ伯爵は、なかなか味方の歩兵部隊も到着しませんし、敵陣がすぐそこに居ることを全員が感じていたので、焦ってしまい、突撃を命じます。
オルロフ率いるコサックの部隊はなかなかの活躍を見せたようです。
コサック兵達は、一度攻撃を仕掛けたらもう止まらずに1,500名の捕虜と38門の大砲などを捕獲しました。
しかし、オルロフ伯爵は、途中で攻撃を止めさせ、味方の部隊を待つことにします。
しかし、味方の第1縦隊はバルクライを司令官とし、トーリが実際の指揮をとっていたにもかかわらず、方向を間違え道に迷いながら、しまいめには、副官達や将軍達がやたらに馬を飛ばしながら怒鳴ったり、怒ったり、口論したりして、全然方向が違う、遅れてしまったじゃないか。などと喚き、誰かに当たり散らしたりしながら前進していました。
ようやく第1縦隊がバッゴウートの軍団に出会ったのは、もうすっかり明るくなってからで、予定ではとうにオルロフ・デニーソフ の部隊と合流していなければならないはずでした。
これは誰かの悪質な妨害に違いないと思い込んで逆上したトーリは、軍団長(バッゴウート)の所へお魔を飛ばし、かかる失敗は銃殺ものだ、と罵りながら厳しく譴責をし始めました。
もともと温厚な気質であったバッゴウートは、トーリに理不尽にまくし立てられたのと、いつまでも待たされた事にキレて、今、戦闘に入る事が有利か不利かなどは一切考えずに、1個師団を率いて銃火の雨の中へまっしぐらに突き進んで行きました。
こうしなければ、彼の怒りは収まらなかったからで、彼と師団は敵下の銃火に晒され、無駄に命を落としただけだったのでした。。
(追記)
ここでは、トルストイの、当時の戦争遂行というものに対する難しさを述べていると思います。
なんでもかんでも突進すれば良いというものではなく、効率的に確実性の高い戦闘だけを選んで攻撃をする、という風にしないと、無駄な死が生じるだけだ、という事実を述べているようにも見えます。
また、当時は、『士気』というものを重要視していた様子で、この勇敢さが賞賛されているような時代だったからこそ、むやみに突っ込んで命を粗末にする、またはさせる、っていう風潮ってどう思いますか❓という疑問も隠されているように思いますね。
トルストイは、クトゥーゾフを天才とは言いませんが、彼こそ、この大事な視点(むやみに攻撃しても命を粗末にするだけだ。周囲が何と言っても、無駄なもんは無駄だ)を常に持っていた人物だ、という事を高く評価していると思います。
彼の戦術は、長い経験による洞察に基づくもので、しかも当時としては珍しい『人の命の貴重さ』をその戦略の土台においていた、ということをこのような事件を描く事によって強調しているように思います。