戦争と平和 第4巻・第1部(15−1)公爵令嬢マリヤ、アンドレイ公爵と面会する。 | 気ままな日常を綴っています。

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いつか静かに消える時まで。。
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(物語)

ナターシャが慣れた動作で病室の扉を開け、公爵令嬢マリヤを先に通した時、公爵令嬢マリヤはもう喉元に慟哭が築き上げて来るのを感じました。

どんなに覚悟を決めても、彼女は涙無しに彼を見る事が出来ぬ事を、知っていました。

『2日前にそれが起こった』という言葉でナターシャが言おうとした事が、公爵令嬢マリヤにはわかっていました。。それは彼が急に柔和になった事を言っているので、このように優しく穏やかになるのは死の前兆である事を、彼女は知っていました。

 

彼女は扉口に近づいた時に、すでにその想像の中で、子供の頃から知っていた、そして滅多にそういう顔をする事が無い、あの穏やかな、優しい柔和なアンドリューシャの顔を見ていました。

彼がきっと、死ぬ前に父が言ったような、あの静かな優しい言葉をかけてくれる事を、そしてそれが堪えられなくなって、彼の前にわっと泣き崩れてしまう事を、彼女は知っていました。

しかし、遅かれ早かれ、それは起こらなければならない事でした。

そう思って、彼女は病室に入りました。

彼女の近視の目が次第にはっきりと彼の寝姿を見分け、その顔に近づくにつれて、慟哭が益々喉を突き上げて来ました、そして彼女の視線はついに彼の顔を捉え、目と目が合いました。

 

彼はリスの毛皮のガウンに包まれ、クッションの中に埋まるようにしてソファーの上に横たわっていました。

顔は蒼白く、憔悴していました、その目は入って来た2人を見ていました。

兄の顔を見て、目と目が合うと、公爵令嬢マリヤは歩みを緩めました。

そしてふいに涙が乾き、慟哭が止まったのを感じました。

彼の顔と目の表情を捉えると、彼女は途端におろおろして、自分が悪い事をしたような気がしたのでした。

『でも、私がどんな悪い事をしたのかしら❓』と、彼女は自分に尋ねてみました。

『それは、お前が生きていて、生きている者の事を考えている事だ。だが、俺は❗️。。』と、彼の厳しい目が答えていました。

 

彼がゆっくり妹からナターシャへ目を移した時、自分の外をではなく、『自分の内を』見つめているような、その深い眼差しにはほとんど敵意のようなものがありました。

彼は習慣に従って、妹と、手と手に接吻し合いました。

「やあ、マリィ、よく来てくれたな❓」と、彼はその眼差しのような平静なよそよそしい声で言いました。

もし、彼が狂気じみた声でわめいたのなら、そのわめき声の方が、この平静な声よりも公爵令嬢マリヤをぎょっとさせなかったでしょう。。

 

「ニコールシカを連れて来てくれたのか❓」と、やはり抑揚の無い声でゆっくりと、明らかに思い出そうと努めながら、彼は言いました。

「容態はいかがですの❓」と、自分の言葉に自分でも驚きながら、公爵令嬢マリヤは言いました。

「それは、お前、医者に聞かにゃならんよ。」と、彼は言いました。

そして、優しくしようと、目に見えて一層の努力をして、唇の動きだけで言いました。(明らかに、自分の言っている事を全然考えていない様子でした。)

「有り難う、よく来てくれたね。」

公爵令嬢マリヤは、彼の手を握りました。

彼は手を握られて、ほとんどそれとわからぬ程に顔をしかめました。。彼は黙っていました、そして彼女に言う言葉を知りませんでした。

 

2日前に彼に起こった事を、彼女は悟りました。

言葉に、口調に、特に眼差しーー冷たい。ほとんど敵意のこもったような眼差しに、生きている人間をぞっとさせるような、この世の全てからの絶縁が感じられました。

彼は、生きている全てのものを理解する事が難しいようでした。

だが、それは同時に、彼が生きているものを理解できないのは、理解する力を奪われた為では無く、生きている人達が理解していない、また、理解する事も出来ないような、何か特別なものを理解し、それにすっかり飲み尽くされている為である事が、感じられました。

 

「しかし、運命とは全く不思議なものだよ、僕達を会わせてくれるとはねえ❗️」と、彼は沈黙を破って、ナターシャを目で指しながら言いました。

「この人がずっと僕の世話をしてくれているんだよ。」

公爵令嬢マリヤは聞いていましたが、彼の言った事が理解出来ませんでした。

あの、感じ易い、心の優しいアンドレイ公爵が、愛し愛されている女性の前で、どうしてこのような事が言えたのか❓

もし、彼が生きる事を考えていたのなら、こんな冷たい侮辱的な調子では言わなかったでしょう。。

もし、彼が死にかけている事を知らなかったのなら、どうして彼女をいじらしいと思わなかったのか❓どうして彼女の前でこんな事を言う事が出来たのか❓・・

 

そして、それには1つの説明しかあり得なかったのでした。

それは、彼にはもうそんな事はどうでも良かった、という事でした。

何か別な、もっとも大切なものが、彼の前に開かれた為に、他の事は彼にはどうでも良かった。。という事でした。

会話は、冷たいちぐはぐなもので、絶えず途切れがちでした。。

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(解説)

公爵令嬢マリヤは、ナターシャから『2日前にそれが起こった』という言葉を聞き、その意味は、きっとアンドレイ公爵が死の前兆の様な柔和な表情をする様になったのではないか。。と思います。

しかし、アンドレイ公爵は傷口がひどく化膿して(敗血症の為❓)全身高熱にうなされているのですね。

アンドレイの死は、決して穏やかなものではなく、彼は必死に苦しんでいる状態にあると思います。

当然、意識朦朧でしょう。。

 

マリヤは、実際に兄の顔を見た途端に、自分が慟哭するなど、それどころではない兄の苦しみを見抜いたのだと思います。

そして、彼女は何か自分の考えが浅はかで悪い事をした様な気になってしまうのですね。

そしてアンドレイ公爵の目は、マリヤが『生きている自分』を基準に『死』というものを考えているのだ、と厳しい眼差しで訴えます。

そして「やあ、マリィ、よく来てくれたな❓」と、よそよそしく言います。

マリヤは、アンドレイ公爵がいっその事、(痛みと苦しみで)狂気の様にわめいてくれた方がほっとするのに。。と思うのでした。

 

2日前に彼に起こった事を、マリヤは悟りました。

言葉に、口調に、特に眼差しーー冷たい。ほとんど敵意のこもったような眼差しに、生きている人間をぞっとさせるような、この世の全てからの絶縁が感じられました。

そして、アンドレイが生きているものを理解できない様子なのは、生きている人達が理解していない、また、理解する事も出来ないような、何か特別なものを理解し、それにすっかり飲み尽くされている為であると感じるのでした。

 

そして、アンドレイ公爵は、もう、あの世の光明ーー何か別な、もっとも大切なものが、彼の前に開かれた為に、他の事は彼にはどうでも良かった。。風に、ナターシャに対して(距離を置く様に)「この人がずっと僕の世話をしてくれているのだよ。」と目で指しながら言います。

その様子に、マリヤは、ナターシャの心情やいかに。。と思います。