戦争と平和 第4巻・第1部(14−3)ナターシャ、公爵令嬢マリヤにアンドレイ公爵の病状を説明する | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

「兄は何処に居りますの❓」と、マリヤはまた尋ねました。

「下のお部屋ですわ。ナターシャが付き添っていますね。」と、ソーニャが赤くなりながら答えました。

「今、様子を見にやりましたから。さぞ、お疲れになりましたでしょう、お嬢様❓」

公爵令嬢の目に怒りの涙が滲みました。

彼女は顔を背けて、兄の病室へはどう行ったら良いのか、また伯爵夫人に聞こうとしました。

 

するとその時、扉の外に軽快に走って来る、楽しげな足音が聞こえました、公爵令嬢が振り向くと、その目にほとんど走るように飛び込んで来るナターシャが映りました。

それは、あの時モスクワの対面で、彼女の心にあれ程良く無い印象を残した、あのナターシャでした。

しかし、公爵令嬢は、これは悲しみを分かつ自分の心からの友で、だから自分の親友なのだ、と悟りました。

彼女は、飛びつくようにナターシャを迎え抱き締めると、肩に顔を埋めて泣き出しました。

 

アンドレイ公爵の枕辺に座っていたナターシャは、公爵令嬢マリヤの到着を知らされると直ぐに、そっと病室を出て、マリヤにはむしろ楽しげに思われた程の、持ち前の軽快な足取りで走って来たのでした。

彼女が部屋に駆け込んで来た時、その興奮した顔にはただ1つの表情しかありませんでしたーーそれは愛の表情、彼に対する、彼女に対する、愛する人間に近しい一切のものに対する限り無い愛の表情であり、他の人々の為の道場と苦悩の表情、その人々を助ける為に自分の全てを捧げたいと言う熱望の表情でした。

明らかに、その瞬間には、自分についての、彼に対する自分の関係についての考えなど、1つもナターシャの心には有りませんでした。

敏感な公爵令嬢マリヤは、ナターシャの顔を一目見て、この全てを察知し、そして胸の悲しみが甘く溶けるに任せて、彼女の肩に顔を埋めてさめざめと泣きました。

 

「参りましょう、あの方の所へ参りましょう、マリィ。」と、ナターシャは次の間へ彼女の手を引きながら、急いで言いました。

マリヤは顔を上げて、目の涙を拭いてナターシャを見ました。

この人なら全てを知る事が出来る、と彼女は感じました。

「どんな。。」と、問いかけて、彼女はふいに口をつぐみました。

言葉では尋ねる事も、答える事も出来ぬ事と、彼女は感じたのでした。

ナターシャの顔と目が全てを一層はっきりと深く告げてくれるはずだ、と感じたからでした。

 

ナターシャは、マリヤを見つめました。

彼女は、心の奥底まで見通すこのきらきら光る目の前に、全てを、全ての真実を、自分が見たままに言わぬ訳には行かぬ事を感じた様でした。

ナターシャの唇がふいに歪み、わっと泣き出し、両手で顔を覆いました。。

公爵令嬢マリヤは全てを悟りました。

それでも彼女は、やはり望みを捨てずに、自分でも信じていなかった事を、言葉で聞きました。

「それで、傷はどんなですの❓だいたいどんな容態ですの❓」

「すぐにお分かりになりますわ。」ナターシャはこれだけしか言えませんでした。

 

2人は涙がと止まるのを待って、穏やかな顔で彼の所へ入って行く為に、しばらく部屋の外へ座っていました。

ナターシャは、アンドレイ公爵の症状の進行状態・変化について詳細に公爵令嬢マリヤに説明しました。

(ヤロスラーヴリに着いてから、傷が化膿しだし、医師はその化膿は規則的に進むかも知れぬと行った事、熱の発作が起こったが、この熱の発作もそれほど危険なものではない、と医師が言った事など。)

 

「ところが、2日前でしたわ。。急に『それ』が起こったのです。。」と、ナターシャは突き上げてくる慟哭をやっと抑えながら言いました。

「どうしてか、あたしにはわかりませんの。でも、じきにお分かりになるわ。あの方がどんな風におなりになったか。。」

「衰弱しましたの❓痩せましたの❗️。。」と、公爵令嬢は尋ねました。

「いいえ、そうじゃありませんけど、でも、もっとお悪いの。じきにお分かりになりますわ。ああ、マリィ、あの方はあまりにもいい人なのよ、だから、だから生きられないのよ、だって。。」

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(解説)

はい。ここは、ようやく兄のアンドレイ公爵に近い人がやっと来てくれて、ちょっと安堵しているマリヤの様子ですね。

公爵令嬢マリヤは、ナターシャとの初対面時の印象は良くないものだったのですね。

ナターシャは、その時『自分を愛さない人が居るなんて考えられないわ❗️』モードで、思いっきりおしゃれをしてボルコンスキー家の屋敷に出向いたのですから。。

常に自己内省的なマリヤには、ナターシャの表情・様子が理解出来なかった人なのですね。。

 

しかし、今回、いきなり飛び込んで来たナターシャの表情は、その時の彼女とは全く別のものでした。

彼女は、アンドレイという婚約者が居るにもかかわらず、(既婚者である)アナトーリ との逃避行未遂事件を起こし、自分の身勝手さ、アンドレイ公爵を傷つけた事、知らなかったとはいえ、人の夫と恋に落ちた事。。。そんな救いようが無い自分をきちんと認識した女性ですね。

そして、自分なりに、どうやってこれからの人生を生きて行くのがベターなのか、それこそマリヤに負けないくらい神に祈って祈って祈って考え尽くした人です。

 

ナターシャは、偶然だったとはいえ、アンドレイ公爵がロストフ家一行と同行しているのを知り、アンドレイ公爵とよりを戻したくて彼の看護をしているのではありません。

まず、人に憎まれる、という事がとても恐ろしい事だったと思います。

彼女は、彼に許されなければこれからその十字架を一生背負って生きる事になっていた人です。

だから、『ただただアンドレイ公爵の許しを請う』この気持ちがあったと思います。

そして、アンドレイ公爵に『憎しみの気持ち』を持ったまま残りの人生を送って欲しくなかった。。そして今、瀕死の重傷を負い、死を免れない状況だからこそ、アンドレイ公爵に安らかな気持ちで天国に行って欲しい。。ただそれだけでは無いのか、と思うのです。

彼女の深層心理に、アンドレイが助かった場合、一緒になるのかならないのか、という問題が(ニコライとマリヤの事も勘付いているとは思いますが)無かったとは言いませんが、彼女は自分が到底そんなものを望むのは間違いだ、と思っていたと思います。

 

その彼女の心理が、彼女の足音、表情に表れ、聡明な公爵令嬢マリヤは『それを』しっかり認識出来た。。という場面だと思います。

この瞬間に2人の間には固い友情が芽生えたと思います。

 

そして、ナターシャは、率直にアンドレイ公爵の症状の推移をマリヤに説明し、2日くらい前から彼の症状が悪化した、と伝えています。