戦争と平和 第3巻・第3部(34−1)ピエール、女の子の母親を知る老婆にその子を預けて。。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

ピエールが、救い出した子供を抱いて、いくつかの庭や横丁を走り回り、ようやくポワルスカヤ通りの外れのグルジンスキイ家の庭に出た時、はじめのしばらくは、さっき駆け出して行った場所が分かりませんでした。

辺り一面が避難民の群れと、家々から持ち出した所帯道具の山に埋まっていました。

ピエールは女の子を母親に渡し、また誰かを救い出しに駆け戻る為に、さっきの官吏の家族を早く探し出そうと血眼になっていました。

 

ピエールは、まだしなければならない事がたくさん有って、ぐずぐずして居られないような気がしました。

火事場の熱さと走り回ったのとで、身体がかっと火照って、ピエールは子供を救いに駆け出した時に彼を捉えた、あの若さと、活気と、果断の感情が、いっそう激しく身内に燃え盛るのを覚えました。

女の子はもう泣き止んで、小さな手でピエールの外套に掴まりながら、彼の腕に抱かれて野獣の子のように辺りを見回して居ました。

ピエールは時々女の子を見て、かすかに微笑しました、彼はこの怯えきった病的な醜い顔のなかに、何か感動を誘うような清らかなものを見る思いがしました。

 

先程の場所にはもう官吏の姿も、その妻の姿も見えませんでした。

ピエールは行き当たる顔を覗き込みながら、人混みの中を急ぎ足に歩き回りました。

グルジア人かアルメニア人らしい家族に、彼は思わず目を留めました。

新しいラシャ表の毛皮外套を着て、新しい長靴を履いた、東洋風の顔立ちの美しい高齢の老人と、同じような顔立ちの老婦人と若い女の3人家族でした。

その非常に若い女は、濃い弓形の黒い眉といい、稀に見るほどのキメの細かい桜色の面長の美しい無表情な顔といい、東洋的な美の極致のように、ピエールには思われました。

 

彼女は老婦人の少し後ろの包みに腰を下ろして、長い睫毛を持つ、動かぬ大きな切れ長の黒い目で、じっと足元の地面を見つめていました。

どうやら彼女は自分の美しい事を知っていて、その為に恐れている風でした。

その美貌はピエールをはっとさせました、そして彼は急いで塀に沿って歩きながら、何度か彼女の方を振り向きました。

塀の外れまで行きましたが、やはり捜す人が見つからなかったので、ピエールは立ち止まって、辺りを見回しました。

 

子供を抱いていたピエールの姿は、先程よりも一層人目についたので、何人かのロシア人の男女が周りに集まって来ました。

「誰かに逸れたのかい、おまえさん❓あんたはきっと良い家の方だね❓そりゃ誰の子だね❓」と、人々は口々に尋ねました。

これはさっき、この場所に子供連れで避難していた、黒いマントを着た女の子供だ、とピエールは答えて、あの女が誰で、どこへ行ったか誰か知らないか❓と尋ねました。

「それはきっとアンフェローフの家族に違いないな。」と、年寄りの輔祭が、あばた面の老婆をかえりみながら言いました。

「アンフェローフだって、どこに❓」と、老婆は言いました。「アンフェローフんとこはもう朝のうちに立ち退いたよ。これはマリヤ・ニコラーエヴナか、イワーノワの子だよ。」

 

「この人はーー女と言ってるじゃねえか。マリヤ・ニコラーエヴナはーー奥様だよ。」と、下男風の男が言いました。

「その人を「知っているんですか❓反っ歯で、痩せた。。」と、ピエールは言いました。

「それじゃ、マリヤ・ニコラーエヴナだよ。あの人達は公園に逃げたよ。あの狼どもが追いかけて来たんでね。」と、老婆はフランス兵達に顎をしゃくりながら言いました。

「あっちへ行ってみなされ、あの辺に居るはずだよ、間違い無いよ。すっかり気を落として泣いてばかりいたから。。」と、老婆は言いました。

 

しかし、ピエールはそれを聞いていませんでした、彼はもうしばらく前から、目を離さずに、数歩先で行われている事を凝視していました。

彼はアルメニア人の家族と、そちらへ近づいて行く2人のフランス兵を見守っていました。

1人はちょこまかした小男で、青い外套の服を荒縄で締めていました、頭には尖った三角帽をかぶり、足は素足でした、

もう1人は、特にピエールをギョッとさせたのですが、髪の白っちゃけた、のっぽで猫背の痩せた男で、動きが鈍く、白痴染みた気味悪い顔つきをしていました、この男は粗織りの上っ張りを着て、青いズボンを履き、大きな破れた長靴を履いていました。

 

裸足で、青い外套の子男の方は、アルメニア人の家族の前に近寄ると、何か言って、いきなり老人の足に手をかけました、老人は直ぐに急いで長靴を脱ぎ始めました。

もう1人の上っ張りの方は、アルメニア美人の前にぬうっと突っ立って、両手をポケットに突っ込んだまま、物も言わずにポカンと彼女に見とれていました。

 

「この子を、この子を頼む、あんたから渡してくれ、いいね❗️」と、ピエールはほとんど怒鳴りつけるように老婆に言うと、わっと泣き出した女の子を地面に下ろして、またフランス兵とアルメニア人の家族の方を見ました。。

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(解説)

ピエールはようやく女の子を火事場から救い出して、避難民とフランス兵でごった返している街の中、この子の母親を探し回ります。

女の子はもう泣き止んで、小さな手でピエールの外套に掴まりながら、彼の腕に抱かれて野獣の子のように辺りを見回して居ました。

その醜い顔を見ると、ふっとピエールは優しい気持ちになるのでした。

ピエールは女の子を母親に渡し、また誰かを救い出しに駆け戻るつもりでいました。

 

そこで彼は、アルメニア人らしい家族に思わず目を留めました。

新しいラシャ表の毛皮外套を着て、新しい長靴を履いた、東洋風の顔立ちの美しい高齢の老人と、同じような顔立ちの老婦人と若い女の3人家族でした。

その非常に若い女は、濃い弓形の黒い眉といい、稀に見るほどのキメの細かい桜色の面長の美しい無表情な顔といい、東洋的な美の極致のように、ピエールには思われました。

 

ピエールの庶民らしく無い立ち振る舞いと、彼が(明らかに自分の子供では無い)女の子を抱いている様子に、何人かのロシア人の男女が周りに集まって来ました。

そこで、この女の子の母親を知っているらしい老婆に出会います。

しかし、ピエールの視野には、例のアルメニア人の家族に近づいて行く2人のフランス兵が見えていました。

そのうちの1人のフランス兵は、老人の長靴を強奪している所でした。

そして、もう1人の薄気味悪いフランス兵は、あの美しい若い女に前にぬうっと突っ立って、両手をポケットに突っ込んだまま、物も言わずにポカンと彼女に見とれていました。

ただならぬ雰囲気に驚いたピエールは、抱いていた女の子を老婆に「この子の母親に渡してくれ❗️」と怒鳴るように言うと、スタスタとそのフランス兵達に近づいて行ったのでした。。