戦争と平和 第3巻・第3部(29−4)ピエール、ランバールにナターシャへの愛を語る。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

「おお❗️女、女ですよ❗️」と、大尉は淫らに光る目でピエールを見ながら、愛や、自分の恋の遍歴についてピエールに語り出しました。

ランバールの恋物語にはどれにも、フランス人がもっぱらそこに愛の魅力と詩が有るとしている、あの卑猥さが漂っていましたが、それでも彼は愛の全ての魅力を経験し、体得したのは自分だけだ、と心底から信じている様子で語り、極めて誘惑的に女達を描いて見せたので、ピエールは好奇心をそそられてその話を聞いていました。

 

明らかに、フランス人がこの上なく愛していた『愛』と言うものは、ピエールが、かつて自分の妻に抱いたあの低俗な単純な愛でも無かったし、また、彼がナターシャに対して覚えたあの自分で勝手に膨らましたロマンチックな愛でもありませんでした(この種のいずれの愛をも、ランバールは同じように軽蔑し、前者を『馬喰(ばくろう)の愛』、後者を『うつけ者の愛』と呼んでいました。)。

フランス人が憧れる『愛』と言うものは、もっぱら女性に対する関係の不自然さと、感情の主要な魅力を与える様々な変速的条件の複合とにありました。

 

だから大尉は、ある妖艶な35歳の侯爵夫人と、その夫人の娘の、穢れを知らぬ実に魅力的な17歳の令嬢を同時に愛した、自分の悲劇的な恋物語を語りました。

結局は、母が身を引いて、娘を自分の愛人の妻に。。と、申し出た事で終わりを告げました、母と娘の間の寛容の戦いが、もう遠い過去の思い出ではありましたが、今も大尉の胸に感動を呼び起こしました。

さらに彼は、『ドイツの思い出』から、いくつかの滑稽な思い出を語りました。

 

最後に、彼はまだ記憶に生々しいポーランドの最近のエピソードを語りましたが、それはこんな話でした。

彼はあるポーランド人の生命を救いました(大尉の話には生命を救ってやるエピソードが随所に出て来ました)、するとそのポーランド人はそのあだっぽい(=色っぽい)妻を彼に預けて、自分はフランス軍に入りました。

その妻は、(※多分、夫と)一緒に逃げよう、と(※多分、夫に)言いましたが、大尉は寛仁大度(=なにごとにも寛大で情け深く、人を受け入れる心の大きいこと)の精神に動かされて、妻を返してやり、その際夫にこう言ったと言うのでした、『私は貴方の生命を救ってやった、だから今度は貴方の名誉を救ってやるのです。』

この言葉を繰り返すと、この感動的な思い出の為にじーんと胸に来た熱いものを追い払うように、ひとつ頭を振りました。

 

大尉の語ることを1語も余さずに聞き取って、それが頭にちゃんと入っていたし、それと同時にどう言う訳か脳裏に浮かんで来た自分の思い出の連なりを追っていました。

ふっとナターシャに対する自分の愛が思い出されました、そして彼は、想像の中でこの愛の様々な場面を思い起こしながら、密かにランバールの恋物語とそれを引き比べていました。

『義務と愛の戦い』の話を聞きながら、ピエールはスハリョーワ塔の付近での自分の愛の対象との最後のめぐりあいの光景を、ごく細かい所までありありと目の前に見ていました。

 

あの時は、このめぐりあいが彼の心を動かさなかったし、これまで1度も思い出した事が有りませんでした。

ところが今は、このめぐりあいが何か極めて重要な詩的な意味を持っていたように、彼には思われるのでした。

『ピョートル・キリールイチ、いらっしゃいよ、私達はもう見破りましたのよ』と言う彼女の声が、今も彼の耳に聞こえていましたし、目の前に彼女の目と微笑とこぼれた髪の毛が見えていました。。それら全ての中に胸をつき揺るがす感動的な何者かがあるのが、彼には感じられました。

 

あだっぽいポーランド女の話を終えると、大尉はこのような愛の為の自己犠牲と正当な夫に対する嫉妬の感情を経験した事があるか❓とピエールに質問を向けました。

この問いに対してピエールは、彼は女に対する愛というものを、いささか別な風に理解している事を説明し始めました。

彼は生涯1人の女だけを愛して来たし、現に愛している、そしてその女は絶対に自分に隷属してはいけないのだ、と言いました。

「なるほど❗️」と、大尉は言いました。

 

続いてピエールは、自分はこの女をほんの少女の頃から愛していたが、彼女があまりにも若すぎたし、それに自分が名も無い庶子だったので、彼女の事を考えるような大それた事は出来なかった。。と説明しました。

その後、身分と財を得てからも、彼は彼女の事を思う勇気が無かったが、それは彼女を余りにも愛しすぎていたし、彼女を世界中の全ての物の上に置き、何よりも自分自身よりも上に置いて崇拝していたからだ、と言いました。。ここまで話すとピエールは、これが理解できるか❓と大尉に質問を、向けました。

 

大尉は手振りで、理解出来なくても構わないから、話を続けてもらいたいと示しました。

「プラトニックな愛、幻か。。」と、大尉はつぶやきました。

ほろ酔いのせいか、この人物は自分の物語の中の人物を知らないと言う安易感からか、ピエールの舌がほぐれました。

そして彼は、自分の結婚も、自分の親友に対するナターシャの愛と、その裏切りも、彼女に対する自分の巧まざる関係も、一切の自分の過去の物語を語りました。

ランバールに問われるままに、初めは隠していた自分の社会的地位と、自分の姓名まで打ち明けました。

 

ピエールの話で何より大尉を驚かせたのは、ピエールが大富豪で、モスクワに豪壮な邸宅を2つも持っており、しかもそれを全て放棄してモスクワを立ち退かずに名と身分を隠して踏み留まった、と言う事でした。

窓から左の方角に当たって、モスクワで最初に火の手が上がったペトロフカの火事が、夜空を明るく染めていました。

右の空には細い三日月が高くかかり、それと向かい合う位置に、ピエールの心の中で彼の愛と結びついたあの彗星が明るい光を放っていました。

ピエールは喜ばしい感動を覚えていました、『ああ、実にいい気持ちだ、これ以上何が要ろう❓』と、彼は思うのでした。

そのうちに、ふっと自分の計画を思い出すと、彼はくらくらっと眩暈を覚え、吐き気がし、倒れまいと塀に寄りかかりました。

新しい友に別れも告げずに、自分の部屋に戻ると、そのままソファに横になり直ぐに眠りに落ちるのでした。。

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(解説)

そもそもピエールは、モスクワ防衛の為(=自分の命を捨てて祖国の為に戦うことによって『彼ら』と同じ存在になりたい)➡︎それが叶わなかったので、ナポレオンの暗殺(=自己の命をかけて悪を断つと言う使命感からですね)と言う目的でモスクワに留まったのですが、彼本来の平和思想故に、モスクワに侵略したフランスの士官ランバールの命を助けてしまうのですね。

この時のピエールは『本能的に』助けるのですね。ピエールの心にはやっぱり『平和』が染み付いているのですね。

 

で、この士官がとても良い人で、この人の人物描写は、敵国の士官といえども、一人の人間として見た場合は全く憎む存在ではなく、彼の善良な明るさは、ついピエールの心を開かせてしまいます。

ランバールは、フランス人らしく、フランス流の『愛』を自己の経験を引き合いに出しながらピエールに話して聞かせます。

フランス人は、夫がいる婦人に対しても、その娘に対しても恋をするけれど、決して肉体的ばかりではなく、精神的な深い葛藤があるのだ、フランス人は、そこの『情』をきちんと理解しているのだ、それが人間の感情として尊いのだ、『愛』は決して破廉恥なものではなく、その葛藤を乗り越える人間の精神の崇高さにあるのだ、と言う事をピエールに説明します。

 

その話を聞きながら、ふとピエールはスハリョーワ塔の付近でナターシャに声を掛けられた時の事を思い出します。

あの時は、『自分の使命』の事ばかり考えていたけれど、あんな所で彼女に会った事自体、今では運命的な理由づけが有ったのではないか❓と思い始めます。

(もう『暗殺』はおよしなさい、この女性の為に生きる使命を思い出しなさい、と言う理由づけか❓)

ピエールは、酔った勢いとランバールがナターシャもアンドレイ公爵も知らないと言う安堵感から、つい自分のナターシャへの純粋な綺麗な気持ちを話して聞かせます。

その上、彼は自分の身分と姓名まで彼に明かすのでした。。

 

ここでは、ランバールから『愛』についての議論を吹っかけられる事により、ピエールの(戦争という残酷さから自分の精神に変調を来していたのが)まるで氷が解けるように本来の温かい美しい心に蘇える様子が如実に表現されているように思います。

そして、トルストイはピエールのナターシャに対する愛は、崇高で美しいものである、と読者に力説しているように思います。

さて。。ピエールはやっぱり暗殺を決行してしまうのでしょうかね。。