戦争と平和 第3巻・第3部(29−3)ピエール、自分の計画を思い出しランバールを避けようとするが | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

大尉が部屋に戻ってくると、ピエールは同じ場所に座ったまま、うなだれて、両手で頭を抱えていました、顔には苦悩がにじんでいました。

大尉が出て行って、1人後に残されると、ピエールは急に我に帰り、自分の置かれた立場を意識したのでした。

モスクワが占領された事でも無いし、この幸福な勝利者をもがこの家で主人顔をし、彼を保護するような態度を取った事でもありませんーーそれがピエールにどんなに辛く感じられても、今、彼を苦しめているのはそれではありませんでした。

 

彼を苦しめていたのは、『自分の弱さ』の意識でした、何杯かのぶどう酒と、この気の良い男との談話が、思い詰めた暗いピエールの精神状態を吹き払ってしまったのでした。ピエールは、この数日、この精神状態の中に生きて来たし、彼の意図を遂行する為にはこれが必要だったのでした。

ピストルも、短剣も、百姓外套も揃っていたし、ナポレオンが明日モスクワに入る事も判っていました、そして、悪党を殺すのは有益で価値のある事だという、ピエールの考えは少しも変わりませんでした。

 

しかし彼は、もはや自分はそれを決行すまい。。という感じがあったのでした、なぜか❓ーーそれはわからなかったけれど、彼は計画を遂行しないような予感がしていました。

彼は自分の弱さの意識と戦っていましたが、これを克服できないことを、そして復讐と暗殺と自己犠牲についてのこれまでの思考が、最初の人間に触れた事で煙のように飛散してしまった事を、ぼんやり感じていました。

 

大尉はわずかに足を引きずり、何か口笛を吹きながら部屋に入って来ました。

さっきまではピエールの心を浮き立たせたフランス士官の饒舌が、今は神経に触りました。

『すぐに出てゆこう、もうこの男とは一言も口を聞くまい。。』と、ピエールは思いながら、やはり同じ場所に座り続けていました。

大尉の方は、逆に、ひどく楽しそうに、何か滑稽な思いつきにくすくすと笑っていました。

「傑作だよ。あのヴィルテンベルヒどもの連隊長の奴❗️ドイツ人だが、それにしてはいい奴だ。しかしドイツ人て奴は。。」と、彼は出し抜けに言いました。

 

彼は、ピエールの前に腰を下ろしました。

「さて、このモスクワのボルドーをもう1本やりますかな❓モレール(=従卒)にもう1本温めさせますか、おい、モレール❗️」と、大尉は快活に叫びました。

モレールは、蝋燭とぶどう酒を運んで来ました、大尉は明かりを受けたピエールの顔を見ました、そして、その暗く沈んだ顔に驚きました。

ランバールは心からの悲しみと同情を顔に浮かべて、ピエールの前に歩み寄ると、その顔を覗き込むように背をかがめました。

「どうなさいましたか❓暗い顔をなさって。。何か私に嫌な思いをなさっているのじゃありませんか❓あるいは、このような状況を❓」

ピエールは何も答えませんでしたが、優しくフランス士官の目を見直しました、この偽りの無い同情が彼には嬉しかったのでした。

 

「誓って言いますが、もう貴方が命の恩人だという事に関わりなく、私は貴方に友情を感じています。貴方の為に何か私に出来る事は無いでしょうか❓何でも言いつけて下さい。」

「ありがとう。」と、ピエールは言いました、すると大尉の顔が明るくなりました。

「さあ、では我々の友情の為に乾杯しましょう❗️」と、彼は楽しそうに叫んで、2つのグラスにぶどう酒を注ぎました。

ランバールは自分のグラスを空けると、もう1度ピエールの手を握りしめ、物思いに囚われたようなしんみりした調子でテーブルに肘をつきました。

 

「わからんものですねえ。。これが運命の輪というものですよ。」と、彼は言い出しました。

「私が軍人になり、竜騎兵大尉になって、ボナパルトに仕える事になろうなどと、誰が私に言ったでしょう。。それが今こうして王とモスクワに来ているのですよ。正直に言いますがね。。」と、ランバールは長物語を始めようとする人間のもの悲しげな落ち着いた声で続けました。

「私の家は、フランスの最も古い名門の1つなのですよ。」

祖先達の事や、自分の幼年、少年、青年時代の事や、親戚や財産や家族達の事などを、ピエールに語りました。

『わがあわれな母』がこの話の中で、重要な役割を演じていた事は言うまでもありませんでした。

 

「しかし、こうした事は全て単に人生の演出であって、その本質は『愛』ですよ、愛です、そうじゃありませんか。。ムッシュー・ピエール❓」と、あなんら絵は目を輝かせながら言いました、「もう1杯いかがです❓」

ピエールはまた飲み干し、自分のグラスに3杯目を注ぎました。

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(解説)

ピエールはフランス士官ランバールと話しているうちに、だんだん自分の(ナポレオンを暗殺するのだという)使命から自分の気持ちが離れてゆくのを感じ、自己嫌悪に陥ります。

悪党を殺すのは有益で価値のある事だという、ピエールの考えは少しも変わらなかったのにもかかわらずです。

もはや彼は、自分が決行はしないだろう。。と思うのでした。

 

そこへ玄関口の騒ぎから戻ったランバールは、ピエールの暗い顔を見て、「私が不快な思いをさせたのか❓それともこの状況を❓」と素直に同情します。

この彼の表情と言葉は、元々素直なピエールの、固い心を溶かしてしまいます。

ランバールは従卒に持って来させたぶどう酒をピエールに注いでやり、やがて自分の生い立ちについて語り始めます。

そして、彼のこうした人生は全て『愛』によってもたらされたのだ。。と語ります。

 

どーも、トルストイ先生、この粋なフランス人の若い男性とピエールに『愛』について語り合わせたい様ですね、見え見えです。

結局、ピエールとナターシャの見えない糸をピエールに再認識させたいのでしょうかね、暗殺なんて物騒な事をストップさせて。