戦争と平和 第3巻・第2部(37−2)アンドレイ、ナターシャは何故アナトーリ に惹かれたのか、愛 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

長靴の中に血で固まっている、切り捨てられた片脚が、負傷者に見せられました。

「おお❗️おおおお❗️」と、彼は女の様に泣き叫びました。

その負傷者の前に立っていた軍医が、脇の方へ離れて行きました。

「おや❗️どうしたと言うのだ❓なぜあの男がここに❓」と、アンドレイ公爵は思わず呟きました。

今、片脚を切断されたばかりの、泣き喚いている憐れな男に、彼はアナトーリ ・クラーギンを見たのでした。

アナトーリ は両手を抑えられ、コップで水を飲まされようとしていましたが、腫れ上がった唇がひくひく震えて、コップの縁を加える事が出来ませんでした。

 

『そうだ、これはあの男だ。そうか、この男は何かによって緊密に、不快に、俺と結びつけられているんだな』と、目の前の中がまだはっきりとわからずに、アンドレイ公爵はこんな事を考えていました。

『この男と、俺の子供の頃の、俺の生涯との結びつきは、何だったのだろう❓』と、彼は自分に問いかけてみましたが、答えは見つかりませんでした。

 

するとふいに、少年の頃の清らかな愛の世界から、新しい、思いがけなぬ思い出が、アンドレイ公爵の前に蘇って来ました。

彼は1810年の舞踏会で初めて見た、あの首も腕も細い、今にも有頂天になりそうな、びくびくした、幸福そうな顔をしたナターシャの姿を思い出しまいした、すると彼女に対する愛と優しい思いやりが、これまでのいつもより生き生きと、強く、彼の心の中に目覚めました。

彼はようやく、泣き腫らした目にいっぱい涙を溜めて、ぼんやりこちらを見ているこの男と、自分との間にあったあの関係を思い出しました、すると、この男に対する胸底から突き上げて来る様な憐れみと愛が、彼の幸福な心を満たしました。

 

アンドレイ公爵は、もうこらえきれなくなって、人々に、自分に、そして人々と自分の迷いに、優しい愛の涙を注ぎながら、静かに泣き出しました。(※体裁を気にするアンドレイが人前で泣いているのですね。)

『憐れみ、兄弟達の愛や愛する者達に対する愛、我々を憎む者に対する愛、敵に対する愛ーーそうだ、これは地上に神が説いた愛だ。妹のマリヤに教えられたが、理解出来なかったあの愛だ。これが分からなかったから、俺は生命が惜しかったのだ。これこそ、俺が生きて居られたら、まだ俺の中に残されていたはずなのだが、今はもう遅い。俺にはそれがわかっている❗️』

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(解説)長いです。

はい。非常に重要なシーンです、そして、難解なシーンだと思います。

 

で、アナトーリ は自慢の長い片脚を失って、気も狂わんばかりに嘆くのですね、それを見て、アンドレイ公爵は憐れに思い、自然発生的に『アナトーリ を許した』事になっています。

この時、アンドレイとアナトーリ の間には意思の疎通はありません。

そしてね、『憐れみ、兄弟達の愛や愛する者達に対する愛、我々を憎む者に対する愛、敵に対する愛ーーそうだ、これは地上に神が説いた愛だ。妹のマリヤに教えられたが、理解出来なかったあの愛だ。これ(=神が説いた愛=真実の愛)が分からなかったから俺は生命が惜しかったのだ。(※下線部:この世で社交界とか皇帝に認められるような功績を上げ人から見上げられるような人生を送る事を指している、それを達成できなかった人生だから生命が惜しかった、とアンドレイは言っている、と私は理解する。)これ(=神が説いた愛=真実の愛)こそ、俺が生きて居られたら、まだ俺の中に残されていたはずなのだが、今はもう遅い。俺にはそれがわかっている❗️』と急に悟る事になっています。

 

でも、ちょっと唐突過ぎませんか❓ほんの1ページにも渡らんモノローグですけれど。。

これを素直に読むと、アンドレイがまたまた『上から目線で勝手に開眼し、アナトーリ を許してやった』とも取れるんですよ。

もっと乱暴な読み方をした場合、自慢の美しい脚を片方失くしたアナトーリ を見て、『そら見たことか。無責任な愛を貪っていたツケがきたんだよ。』と、冷ややかな感じで『彼はこうなったのだからもう気が済んだ、許してやろう。。』とも取れるんですよね。

 

しかし、果たしてそうか❓と思ったのです。トルストイ先生は、恐らくね、アンドレイの中に生命への愛がそもそも存在している事を示唆しています。(ピエールもアンドレイの中にそういう優しさがあった事を認識していたと思います。)

彼は、スモーレンスクに近い実家の禿山がフランス軍に荒らされた時、召使いか農民の子の少女2人が温室の木からこっそり杏の実を取って帰ろうとしているのに出くわしたけれど、見て見ぬ振りをして見逃すのですね。

彼は、その杏の実を食べたい、と思う少女達の思いに『尊さ』を見た。。という記載があったからです。非常に細かい部分ですが、トルストイは、アンドレイが生きる者が生きようとする、食べたいという欲望を、『生命を繋ぐ尊い行為』だ、と思ったという様なニュアンスで記載しています。

それと対比するのが、この包帯所で負傷して裸にされている、ただの『大砲の餌』となっている人間の肉体です。『生を繋ぐ事が出来ない牢獄の中にいるような人々』です。(※第3巻・第2部(5−2)アンドレイ公爵、禿山の自然の中で『生きる』少女達を慈愛の目で見る。)

 

そしてね、アンドレイは、泣き叫ぶ男がアナトーリ だ、と知った時、彼が何故泣いているのか、それを『男性としての勘』から察知したのだと思います、すなわち『もう、自分は女性を愛せない=命を感じることがもう出来ない』という無念さですね。

そうです、アナトーリ は、ナターシャがアンドレイの婚約者である事を知っていたけれど、アンドレイがナターシャを放って置くのならフリーも同然と、彼女の魅力に素直に屈したのですよね。

自分も妻帯者でしたが、彼にとって、『結婚』というものはただの紙切れであって、魅力的な女性を愛して何が悪い、という理屈だったのだと思います。

だから、アナトーリ は、『その時その時は真剣だった』のですよね。

ねえ、アナトーリ のそんな愛って、理性的とはいい難くても、やっぱり『生命を繋ぐ愛』に繋がりません❓

アンドレイは、『まさに、その事』に気付いたんじゃないかな。。と思うのです。

 

アンドレイは、ナターシャの不貞が発覚した時「何故、俺がアナトーリ のお手つきを貰わないかん❗️」と怒鳴った人です。

アンドレイは、世間体を気にし、父の顔色を疑い、ナターシャが頭が良くないので、ちょっと疎ましい。。。と馬鹿にもしていたと思うのですよ。

だから、アンドレイは、ナターシャの全てを愛せていなかった、彼には『愛に対する真剣さ』を欠いていた、だから、ナターシャはアナトーリ の誘惑に負けたのだ、結局、自分の愛が足りなかったのだ。。と気付いたと思うのです。

 

そしてね『敵に対する愛』ってあるでしょう❓

これはね、戦争の敵などを指すのではなく、『相手の欠点』を愛する。。という意味ではないか、と思ったのです。

(だって、どうしても噛み合わない人とは、愛を考える前に、自分から遠ざけるのがベストでしょう。それは神も認める所です。だから、そういう存在でない人を愛した場合の『相手の欠点を愛する』。。という問題です。)

すなわち、自分の中にも欠点があると同様、相手方にもある、だから、それをも許容して、それをも愛する事によって、お互いの自律的な成長を促そう。。という意味では無いかな、と思いました。

恐らく、この最後の3行の短い文章の中に、トルストイはその様な『愛のテーマ』を記載していると思うんですけれどね。。

そして。。『運命の相手』となり得るのはその様な努力を常に成し得た者だけなのですね。。アンドレイは、ナターシャの運命の人にはなれなかった、という事です。

運命の人は、元々決まってるんじゃなくて、(自分が)後天的になれるのかなれないのかだと思うんですよ。

 

(追記)アップ直前に記載しとります。

しつこいようですが。。

相手の欠点に対する愛があれば、相手は「それを直さなければならないのだ」と素直に思えるもんだと思うのですよ。

「お前のこういう所はダメだね」っていうのは愛がないんです。だから指摘された方も反発するし、そうかな❓という気持ちも起きないし、治そう、成長しようという素直な心が生じないものなんですよね。

「君がもし、こういう風に言えるとしたら、君はもっと愛される存在になるし、それがふさわしいし、私も嬉しいのです。」といった場合、相手は「そうだな。。がんばろ。』とか思えるもんだと思うんです。

 

恐らく、ナターシャがアンドレイの知的な手紙を、むしろ嫌悪感を持って眺め、自分もアンドレイの水準まで背伸びしようという気持ちも起きなかったのは、こうした行き違いがあったからじゃないかな。。と思います。

アンドレイがもし「こういう所に行き、こう感じた。今度は君と一緒に旅したいな。。」とでも書いていれば、ナターシャの知的好奇心はもっと掻き立てられたと思うのですよね。

「ナターシャなんかにはわからんだろうけど、俺はこういう知的な人物に会った。。」みたいな手紙だったんだろうな、って思うんですよねー。どーだろ❓