戦争と平和 第3巻・第2部(31−3)丘の上の砲兵基地、だんだん激しい砲弾を浴び、ビエール腰を抜 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

迫り来る雷雲から放たれるように、これら全ての兵士達の顔に(事件の進行に逆らうかのように)ますますしげく、ますます明るく、秘められた燃え盛る火の稲妻が閃き出しました。

ピエールは、前方の戦場を見ていませんでしたし、そちらで行われている事を知ろうという気も有りませんでした。

彼の心の中にも等しく燃えていた(ような気がした)、このまま激しく燃え盛る火の観察に、彼はすっかり気を奪われていました。

 

10時に、砲兵陣地の前方の叢林(そうりん)と、カーメンカ河岸に陣していた歩兵部隊が、後退しました。

彼らが銃を担架がわりにして負傷兵を運びながら、側方を通り抜けて行く姿が、砲兵陣地から見えました。

1人の将軍が幕僚を従えて砲兵陣地へ登ってきました、そして大佐と何事か話をし、腹立たしげにピエールを睨むと、陣地後方の歩兵援護部隊に被害を少なくする為に姿勢を低くする事を命じて、また丘を降りて行きました。

 

ピエールは土塁の間から見ていました、1つの顔が強く彼の目を射しました。

それは蒼ざめた子供のような顔をした士官でした、彼は軍刀を力無く垂れてしんがりにくっつき、落ち着きなく辺りに目をやっていました。

歩兵の隊伍は硝煙の中に消え、わあーっという喚声と激しい銃声が聞こえました、しばらくすると負傷者の群れと担架の列がその硝煙の中から戻って来ました。

砲兵陣地にはますますしげく砲弾が落下するようになりました。

数人の死傷者が運び去られぬままに横たわっていました。

砲の周りには兵士達が忙しく元気に動き回っていました、もう誰もピエールに目を向ける者は居ませんでした。

道を塞いだ為に、彼は2度ほど怒鳴りつけられました。

古参士官が険しい顔をして、大股で気ぜわしく砲から砲へ歩き回って居ました。

若い子供みたいな士官は、ますます顔を真っ赤にして、ますます張り切って兵士達を指揮していました。

 

雷雲は頭上に迫って来ました、そしてその燃えるのをピエールが観察していたあの火(=愛国心の情熱の火)が、どの顔にも明るく燃え盛っていました。

ふいに何事かが起こりました。。若い士官があっと叫ぶと、飛び立った所を撃たれた鳥のように、もんどり打って地面上につんのめりました。

ピエールの目の中で、全てが異様に、ぼうっと暗く霞んでしまいました。

1発、また1発と砲弾が不気味な唸りを立てて、防楯(ぼうじゅん)に、兵士に、砲に命中しました。

ピエールは、さっきまで音が聞こえませんでしたが、今はもうこの音しか聞こえませんでした。

陣地の右側方で、兵士達が「ウラー」の叫びを上げながら走ってましたが、ピエールはそれが前方ではなく、後方へと走って行くような気がしました。

 

1発の砲弾が、ピエールの立っていたすぐ前の土塁の端に当たって土を吹っ飛ばしました、陣地に入りかけていた民兵がさっと逃げ散りました。

「全砲、霰弾(さんだん)にせい❗️」と、士官が叫びました。

下士官が古参士官の前に駆け寄って、怯えきった掠れた頃で、弾薬がもう切れてしまった事を告げました。

「強盗ども、何をしおるか❗️」と、ピエールの方へ顔を捻じ向けながら士官は叫び立てました、古参士官の顔は汗にまみれて真っ赤に上気していて、しかめた目はギラギラ光っていました。

「予備隊へ行って、弾薬箱を持って来い❗️」と彼は腹立たしげにピエールを睨み、そのまま部下の兵士の方を向いて叫びました。

 

「私が行きましょう。」と、ピエールは言いました。

士官はそれに答えずに、大股で陣地の向こうの方へ歩いて行きました。

「射撃中止。。待機せい❗️」と、彼は叫びました。

弾薬を持って来い、と命じられた兵士が、ピエールに突き当たりました。

「あ、旦那、ここはあんたの居る所じゃねえ。」と言って、彼は駆け下りて行きました。

ピエールは、若い士官が突っ伏している所を避けて、兵士を追って駆け出しました。

 

1発、2発、3発と砲弾がピエールの頭上を飛び過ぎて、前方、側方、後方に落下しました。

ピエールは駆け下りて行きました。。『俺は何処へ行くんだ❓』と、もう緑色の弾薬箱の側へ駆けつけてから、彼はふと考えました、戻ろうか。。このまま行ってしまおうか。。と迷いながら彼は立ち止まりました。

ふいに、物凄い力が彼を後ろへ突き飛ばしました、と同時に大きな火の閃光が彼を照らしたかと思うと、その瞬間、物凄い轟音と振動と、唸りが彼の耳を突きました。

 

はっと気がつくと、ピエールは両手をついて、地面に腰を抜かしていました。

目の前にあった弾薬箱は跡形も無く、ただ焼けただれた草の上に焦げた緑色の板切れとボロが散らばっているばかりで、馬が1頭、轅(ながえ)の残骸を引きずりながら彼の側を走り抜けていました。。

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(解説)

ピエールは砲兵陣地の兵士達の愛国心の情熱の炎を感じ、それと同じものを自分の中にも感じます。

彼は、ただ『その燃えるもの』を観察するのに必死でした。

 

しかし10時も過ぎると、戦闘はますます激化し、負傷者が担架で運ばれ、また、(おそらく)見込みのない負傷者と死者は野原に山済みにされて行きます。

もう、兵士達は戦うのに必死で、ピエールの事など見向きもしません。

そこへ、攻撃の為の弾薬が切れた、と古参士官へ報告が入ります。

 

古参士官は、兵士に弾薬箱を取ってくるように言いつけますが、おそらくピエールはこんな大変な最中に自分が役立たずなのにちょっと引け目を感じたのでしょうね。。

彼は力には自信があります。

だから「私が取って来ましょう」と言いますが、頼まれた兵士は、ピエールが何者かを知っていますので(たぶんね)「旦那はこんな所にいる人じゅねえ。。」と(この生死の境を闘ってるにもかかわらず)優しい言葉をかけて弾薬箱を取りに行きます。

この辺りの遣り取りは、おそらくトルストイ先生の『ロシア人の元々持っている温かい気質』をさり気なく表現している部分だと思います。

 

ピエールはこの兵士の後を追います。

しかし、いざ、弾薬箱のすぐ側までたどり着いた時にピエールは立ち止まるのですね。。

果たして、彼は、『戦争というものが自分の信念に合致しているのか❓』という、この人を殺す武器を手にかけようとした瞬間にちょっと躊躇したのだと思います。(『愛国心』を持ってしても、人を殺す事は良い事なのか。。❓)

その瞬間、敵の砲弾がすぐ目の前に炸裂します。

これは、『神の加護』ですね、ピエールが人を殺す事に躊躇した、という事実が彼を助けた、という表現だと思います。

彼が弾薬庫に即座に手を掛けて運ぼうものなら彼の命は無かったでしょう。。

その炸裂の物凄さを語るような弾薬庫の残骸と馬の様子の表現で、このチャプターは終了します。