戦争と平和 第3巻・第2部(25−1)アンドレイ公爵、バルクライ・ド・トリーについて考察する。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

士官達が辞去しようとすると、アンドレイ公爵は親友と2人切りになるのを望まないらしく、もうしばらく座って茶を飲んで行くように勧めました。

士官達は、いささか驚いた面持ちで肥満した大きなピエールの肉体を眺めながら、彼の語るモスクワの話や、今回見て回ったという我が軍の配置状況の話などを聞いていました。

アンドレイ公爵は黙りこくって、苦り切ったような顔をしていたので、ピエールはアンドレイ公爵よりも、むしろ気の良さそうなチモーヒン大隊長の方を見るようにしながら語りました。

 

「じゃ君は、軍の配置がすっかりわかった訳だな❓」と、アンドレイ公爵はピエールを遮りました。

「ええ。。でも、僕は軍人じゃありませんので、十分にとは言えませんが、でもあらましの状況はわかったつもりです。」と、ピエールは言いました。

「何、それなら君は、どんな偉い人よりもよく知っている訳だ。」と、アンドレイ公爵は言いました。

「えっ❗️」と、眼鏡越しにアンドレイ公爵を見守りながら、ピエールは相手の気持ちを測りかねたように言いました。

「それはそうと、クトゥーゾフ が任命された事をどうお思いになります❓」

「僕はこの任命を非常に嬉しく思った、これが僕の知っている全てだ。」と、アンドレイ公爵は言いました。

 

「そうですか、ではバルクライ・ド・トリーについてはどんなご意見をお持ちです❓モスクワでの彼の悪評は酷いものです。貴方は彼をどうお考えになります❓」

「この人達に聞いてごらん。」と、士官達を目で指しながら、アンドレイ公爵は言いました。

ピエールは、問いかけの微笑を浮かべてチモーヒンを見ました。

「大公爵が着任されて、目の前が明るくなったと思いますよ。」と、おずおずと、絶えず連隊長の顔色を伺いながらチモーヒンは言いました。

「それはどうしてです❓」と、ピエールは尋ねました。

「はい、私たちはスヴェンツァナから後退したのですが、枯枝を拾っちゃいかん、乾草に触っちゃいかん、何もかもいかんずくめですよ。私達、後退するんですよ、これじゃ敵さんの為に残してやるようなものだ、そうじゃありませんか❓公爵」と、彼は連隊長の顔を見ました。

「この禁を犯した為に、うちの連隊の士官が2人も裁判にかけられたんですよ、それが大公爵閣下が着任されてから、こう言う事は全て大雑把になりましてな。目の前が明るくなったって訳ですよ。。」

 

「それにしても、そんな事をどうして禁じたのでしょうねえ❓」ピエールは同じ質問をアンドレイ公爵に向けました。

「まあ、敵に渡す土地を荒廃させたくなかったのでしょうな。」と、毒のある冷笑を浮かべてアンドレイ公爵は言いました。

「土地を荒らす事を許して、兵を略奪に慣れさせてはならぬ、これは極めて大切な事だ。」

 

アンドレイ公爵は、喉からほとばしり出たようにさらに続けました。

「スモーレンスクでも彼の判断は正しかったよ。フランス軍は迂回して我々の後方に出る公算が大であるし、その兵力は我々より優勢である、と見たのだからな。ところが、彼には理解できなかったんおだよーースモーレンスクで我々が初めてロシアの国土の為に戦った事を、軍には僕がかつて見たこともないような旺盛な士気が有った事を、我々は2日続けてフランス軍を撃退し、この成功が我が軍の力を10倍にしたのだ、それが彼にはわからなかったのだ。彼は後退を命じた。そして一切の努力と犠牲が無に帰してしまった。彼は裏切りを考えたわけじゃない、ドイツ人の悪い癖で、何もかもあまりに原則的に、正確一点張りに考えすぎるからだよ。 ロシアが健康だった間は、ドイツ人のバルクライのような異国人も仕える事が出来たし、立派な大臣でいられたが、ロシアが危機に瀕した途端に、(ロシアは)自分の身内の人間(=ロシア人)が必要になったのさ。 ところで、君達のクラブでは、彼を裏切り者なんで言い出しているらしいな❗️彼に裏切り者の刻印を押したりすれば、後になって自分の不当な非難を恥じて、今度は急に、裏切り者を英雄か天才に祭り上げる様な不見識な事をするだけさ。その方が却って大きな間違いだ、彼は誠実な、ごく几帳面なドイツ人にすぎんのだよ。」

 

「しかし、噂では(バルクライは)老練な司令官だとか。。」と、ピエールは言いました。

「老練な司令官とはどんな意味か、僕にはわからんな。」と、嘲る様にアンドレイ公爵は言いました。

「老練な司令官ですか。。それはまあ、あらゆる偶然を予見して。。そう、敵の意図を見抜く司令官ですよ。」と、ピエールは言いました。

「でも、それは不可能だな。。」と、もうとうに解決されている問題の様に、アンドレイ公爵は言ってのけました。

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(解説)

アンドレイ公爵は、(自分の過去の痛みを知っている)ピエールと二人きりになると、あの話に触れられそうだ。。と、士官達を引き止めてみんなで戦争の現場について話をするのですね。

 

ここで、モスクワで悪評高いバルクライ・ド・トリーに関するアンドレイの見解が述べられています。

バルクライ・ド・トリーは、クトゥーゾフ の前任の総司令官ですね。

彼は、スモーレンスクで勝てるはずの戦闘に、いきなりロシア軍の後退を命じ、しかも後退の途中での枯枝や乾草の失敬をロシア軍に許さなかったと言って、チモーヒンは怒っているのですね。

ピエールは、なぜ、ロシア領土内の乾草をロシア軍が拾って役立てるのを、バルクライが禁じたのか理解出来ません。

それをアンドレイ公爵は、「彼は、(敵=フランス軍に渡す土地を)土地を荒らす事を許してロシア兵を略奪に慣れさせてはならぬ」と思ったのだ、これは『教科書通りの道徳観』に基づくものだ、言い換えれば、その融通の無さがロシア軍を蝕んでるんだよ。。」と説明します。

 

そしてアンドレイ公爵は、さらにこう続けます。

バルクライは、スモーレンスクでロシア軍の士気が今までに無い程に高まっていた事、勝てるはずの戦闘だった事をきちんと認識し得ない(無能な、とアンドレイは言いたいのですね、ズバリ)司令官だった。

では、なぜそんな事が起きたのか、それは国民性の違いだ、ロシアが健康な時は彼の様な外国人(ドイツ人)も重用されたけれど、戦争となれば、そうは行かない。ロシア人が絶対に必要になってくるのだ、と述べています。

つまり、戦争という状態になれば、かつての道徳とされていたものも、ロシアという国を守る為に変更せざるえを得ない場合がある、それを適切に判断しうるのはロシア人の総司令官だけなのだ、と言っているのだと思います。

しかし、バルクライは、自分の良心(=従来の道徳観)に従って行動しているだけだから、バルクライに悪気が有った訳ではなく、それをモスクワのクラブ民が非難するのも正しくない、と。

 

ピエールは、さらにバルクライは老練な司令官と聞いたが。。それについてはどう思うのか❓とアンドレイ公爵に尋ねます。

アンドレイ公爵は、ピエールの質問を受けて、次の項目で、『戦争の勝敗を分けるものは何か❓そもそも司令官とは❓前線の兵士達はどんな立ち位置なのか❓』について述べ始めます。。。