戦争と平和 第3巻・第2部(21−1)ピエール、戦場が見える丘の上で、士官から戦場の配置を聞く。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

ピエールは馬車を降りて、作業をしている民兵達の脇を通って、軍医が戦場が見えると行った丘へ登って行きました。

朝の11時頃でした、太陽は澄み切った希薄な空気を透して、遠くへ次第に高まりながら円形劇場の様に彼の眼下に広がっている壮大なパノラマを明るく照らしていました。

この円形劇場の左上方を切りながら、大スモーレンスク街道が蛇行し、丘の前下方500歩程の所に横たわる白い教会のある村を抜けていました(これがボロジノ村でした)。

街道は村の少し先で橋を渡り、いくつかの起伏を越えて、6露里ほど先に見えているワルーエワ村(この村に今ナポレオンが陣していました)の方へ次第に高まりながらうねっていました。

 

ワルーエワ村の先で、街道は地平線に見えている森の中へ消えていました。

この白樺と樅の森の中に、街道から右手の方に遥かに遠くコロツキイ修道院の尖塔の十字架と鐘楼が陽光にきらきら光っていました、この青く霞む遠景の中に、焚火の煙と、敵とも見方とも判じ難い兵士達の群れが一面に見えていました。

 

ピエールが眼下遥かに見渡したものは、すべてが余りにも茫漠としていて、左の方も右の方も、彼が考えていた様な戦場の観念を少しも満たしていませんでした。

何処を見ても、彼が期待していた様な戦場は無く、ただ麦畑や、森の中の草地や、森や、焚火の煙や、村や、丘や、川があるばかりでした。

そしてどんなに目に力を入れて凝視しても、ピエールはこの生きた地図の中に陣地を発見することが出来ませんでした。

敵と味方を見分ける事さえ出来ませんでした。

 

『知っている者に聞かにゃいかんな。。』と、ピエールは独り言を言って、軍服姿でない彼の大きな図体を珍しそうに眺めていた1人の士官の方を向きました。

「お尋ねしますが。。あの前方にあるのは何という村でしょうか❓」と、ピエールは士官に声を掛けました。

「確か。。ブロジノとか言ったな❓」と、士官は傍の同僚をかえり見ました。

「ボロジノだよ、」と、同僚は訂正しました。

士官は、話をする機会が出来たのが嬉しいらしく、ピエールの側へ寄って来ました。

 

「あそこに居るのは味方ですか❓」と、ピエールは尋ねました。

「そうです、でも、その少し先、ほら、あそこはもう「フランス軍ですよ。」と、士官は言いました。

「どれ、何処です❓」と、ピエールは聞きました。

「肉眼で見えますよ。ほら、あれです。」と、士官は左の方に見えている煙を指差しました、そして、その顔には、ピエールが途中で出会った多くの顔に見て来た、あの厳しい真剣な表情が現れました。

「えっ、あれがフランス軍ですか❗️では、あれは❓・・」と、ピエールは左方の丘の上に見えている部隊を指差しました。

「あれは味方ですよ。」

 

「ああ。。味方ですか❗️では、あれは❓。。」と、ピエールは谷の間に見えている村の近くの、大きな木が1本生えている遠い丘を指差しました、そこには焚火の煙が立って、何やら黒いものが見えていました。

「あれも、彼方さんですよ。昨日は味方の陣地だったのが、今日は敵のですよ。」と、士官は言いました。(それは、シュヴァルジノ堡塁でした。)

「で、味方の陣地はどうなっているんです❓」

「陣地ですか❓」と、士官は得意気に、にこにこ笑いながら言いました。

「その話なら私のお手のものですよ、何しろ殆どの堡塁を私が作ったのですからな。そら、見えますか、あれが我が中央軍ですよ、ボロジノにあるんですよ、おわかりかな❓」彼は前方に見えている白い教会のある村を指差しました。

「あそこがコローチャ河の渡河点です。それから、もう少し下流に干草の列が見えるでしょう、あそこに橋が有るんですよ。あの辺り一帯が我が中央軍です。右翼は、ほらあそこにモスクワ河が見えるでしょう❓あそこに我々は非常に堅固な堡塁を3つ構築したんです。左翼は。。」と、言いかけ、士官は口籠もりました。

 

「実は説明しにくいんですけれど。。昨日はわが左翼は、あそこのシェヴァルジノに有ったのですよ。ところが今日は左翼軍を後ろへ下げました。今はあそこですよ。ほら、ーー村と煙が見えるでしょう❓ーーあれがセミョーノフスコエ村です、それからここですよ。」と、彼はラエフスキイ軍の丘を指差しました。

「ただ、ここが戦場になるかどうか、怪しいものですがね、こちらへ彼(=ナポレオン)が軍を移動させたのは、陽動作戦(※敵の目をごまかすために、真の計画を隠してまったく別の大げさな行動をとる軍事的な戦略)ですよ。彼はきっと、モスクワ河の右を迂回しますよ。まあ、何処で戦闘があるにしろ、明日は大変な欠員が出るでしょうな❓」と士官は言いました。

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(解説)

ピエールは、戦場が見渡せると軍医から聞いた丘の上に登り、丘の上に登り下を見下ろします。

しかし、ピエールが眼下遥かに見渡したものは、すべてが余りにも茫漠としていて、左の方も右の方も、彼が考えていた様な戦場の観念を少しも満たしておらず、彼が期待していた様な戦場は無く、ただ麦畑や、森の中の草地や、森や、焚火の煙や、村や、丘や、川があるばかりでした。

 

そこで、ピエールは側に居た士官に戦場の様子を聞き出します。

この士官は、立派な身なりをした軍服姿でないピエールを、恐らく身分の高い方だろう。。と嫌な顔もせずに、説明を始めます。

ここで、先にトルストイのボロジノの会戦の考察部分が参考になります。

中央軍・右翼についての説明を彼はすらすらとピエールに説明しますが、左翼について話しが及ぶと、彼はちょっと詰まります。

なぜなら、元々左翼は、昨日までシェヴァルジノに有ったけれど、昨日の戦闘でフランス軍の陣地になってしまったから。。それで今日は左翼軍を後ろに下げて今はセミョーノフスコエ村とこの丘(ラエフスキイ軍の丘とは今ピエールと士官が話している丘の事と解釈します)です、と教えます。