戦争と平和 第3巻・第2部(20−1)シェヴァルジノの戦闘の翌日、ピエール再び部隊を目指して発つ | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

25日の朝、ピエールはモジャイスクを発ちました。

町を出て、急な曲がりくねった坂道の下り口まで来ると、山の上の寺院から祈祷の開始を告げる鐘の音が聞こえて来ました。

ピエールは、そこで幌馬車を降りて歩き出しました。

彼の後方から、どこかの騎兵連隊が軍歌隊を先頭に立てて山を下って来ました。

前方からは、昨日の戦闘の負傷者達を乗せた荷馬車の列が登って来ました。

ボロを包帯がわりに巻きつけた負傷兵達は、青ざめた顔をして、口を引き結び、眉をしかめて横木に捕まり、荷車の上で投げ出されそうになったり、ぶつかったりしていました。

どの顔もまるで子供のような素朴な好奇心を浮かべて、ピエールの白い帽子と緑色の燕尾服を見守っていました。

 

荷車の後について来た、片手を縛った年寄りの負傷兵が、丈夫な方の手で荷車の積木に掴まって、ピエールに顔を向けました。

「どうだね、旦那、わしらあここで殺されるのかな、あ❓それともモスクワまで行けるかね❓」と、彼は言いました。

ピエールは考え込んでいたので、その声が聞こえませんでした。

彼は負傷兵の荷馬車の列とすれ違おうとしている騎兵隊を眺めたり、すぐ前に立ち往生している荷馬車に目をやったりしていました。

その荷馬車の上には2人の負傷兵が座り、さらに1人は横になっていました。

座っている1人は、頬を負傷し、頭がすっかりボロで包まれて、片方の頬が子供の頭程に膨れ上がっており、口と鼻がひん曲がっていました。

この負傷兵は、寺院の方を見て十字を切りました。

もう1人は、まだ子供っぽさのぬけぬブロンドの新兵で、血の気のない線の細い蒼白な顔に、善良そうな微笑をこわばらせてピエールを見ていました。

3人目はうつ伏せに寝ていて、顔は見えませんでした。

 

騎兵の軍歌隊が荷馬車のすぐ近くを通って行きました。

彼らは勇壮な兵士の踊りの歌を高らかに歌っていました。

頬を腫らした兵士が腹立たしげに軍歌隊の騎兵達を睨みました。

「ちぇ、いい気になりやがって❗️」と、彼は気色悪そうに言いました。

「今日あたり見かけたなあ、兵士なんてもんじゃねえ、百姓どもだよ❗️あんな百姓どもまで狩り出してからに。。」と、荷馬車の後ろに立っていた負傷兵が、情けなさそうにピエールに話し掛けました。

「この頃は検査もへったくれもねえ。。国民全部でのしかかって行こうって訳よ。」

兵士の言葉は意味は不明でしたが、それでもピエールには兵士が言おうとしている事がよくわかりました、それで彼は同意をするよう頷くのでした。

 

道が空いたので、ピエールは坂を下り、また馬車に乗りました。

ピエールは馬車を進めながら、絶えず道の両側を見回して知っている顔を捜しましたが、どの顔も様々な部隊の見知らぬ兵士ばかりで、皆一様に驚いた表情でピエールの白い帽子と緑色の燕尾服を眺めるのでした。

4露里ほど進んだ所で、ピエールは初めて知っている顔に出会って喜んで言葉をかけました。

その知人は、幹部軍医の1人でした。

彼は若い軍医と共に向こうから半幌馬車を走らせて来ましたが、ピエールに気づくと、御者の代わりを務めていたコサック荷馬車を止めさせました。

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(解説)

ま、ピエールは戦争に行っている訳ですが、どうもこの時代、軍隊に参加するには、(誰かのツテを頼って)予め入隊して配属されるとか言うのもあったようですが、ピエールみたいに、いきなり適当な自分を参加させてくれそうな部隊を探し求めて行って参加の許しを受けるみたいな場合も有ったようですね。

そういえば、アンドレイ公爵もそんな事をしていましたよね。

まあ、彼は『顔は広い』でしょうから、相当な確率で自分を引き受けてくれる部隊は見つかるんでしょうけれどね。

おそらく、ここに登場する負傷兵も、本業は農民とかで、そこの地主から『あそこの部隊が人手が足りんから行って来い❗️』的に送り出されたのでしょうね、そんな感じがします。

 

負傷したら、『使い物にならん』とそのまま放置されたり、担架に乗せられても途中で息絶えて捨てられたり、戦争に行くともう帰れない。。そのような事を、下線部の負傷兵が「どうだね、旦那、わしらあここで殺されるのかな、あ❓それともモスクワまで行けるかね❓」と、ピエールに尋ねたのでしょうね。

ピエールは、この時、初めて戦争というもの(戦闘状態が一旦終了した負傷兵達の群れ)を見たのですから、彼が何を自分に言ったのかよく理解出来なかったのだろう。。と思います。

 

さらに別の負傷兵がピエールに「(最近の徴兵には)検査も何も有ったものじゃない、農民までが駆り出されて、一体国民全員で戦わせる気か❗️」というようなニュアンスでピエールにぶつけるのですね。

ピエールは所詮『社交界を通しての戦争の話』しか知識が無いのですから、現場の『えっ❓』という空気に驚いているばかりのようですね。

そしてね。。ピエールのこの『戦争に対する認識のズレ』を表しているように、周囲の負傷兵達はジロジロとピエールの白い帽子と緑の燕尾服(場違いな格好)を眺め回しているのですね。

ピエールは、戦争に行く、と言いながら燕尾服にシルクハットという出で立ちで出掛けているのですね。。戦争の現場を知らない当時の超上流貴族の感覚は『そんなもの』という認識だった事が、ピエールの格好によって表現されていると思います。

(また、トルストイはピエールに『白』のシルクハットという出で立ちを描いているようですが、これはピエール=平和主義者を象徴していると思います。『緑』は安らぎや落ち着き、平和などの意味。)

 

ピエールはとにかく何処かの部隊に入りたい人なので、通りを馬車で進みながら絶えず道の両側を見回して知っている顔を捜すのでした。

そこへ、知人の軍医が通りがかります、ピエールは喜んでこの軍医に声を掛けるのでした。。