(物語)
窮屈な薄暗い馬車の座席に揺られながら、ひんやりと湿っぽい空気に包まれて、ナターシャは初めてこれから行く舞踏会の眩いホールで彼女を待ち受けているものがーー音楽、花、踊り、皇帝、ペテルブルグ中の青年貴公子である事を、まざまざと思い描きました。
彼女を待ち受けているものの全てをはっきりと捉えたのは、玄関へ入り、シューバを脱ぎ、両側に花を飾られた明るい階段を、母の前に立って、ソーニャと並んで登り出してからでした。
彼女は、舞踏会に出た娘がそうしなければならぬと彼女なりに考えていた、ツンとすました態度を取ろうと努めました。
ところが、幸いな事に、ナターシャは緊張の余り、自分を滑稽なものにするような取り澄ました態度を取ることが出来ませんでした。
そして興奮に胸をどきどきさせ、ひたすらそれを隠そうと努めながら、歩いて行きました。
そしてそれこそが、彼女に最も似合う態度でした。
ナターシャは階段に並んでいる鏡を見ましたが、そこに映っている自分の姿を他の娘達と見分ける事が出来ませんでした。
全てが混じり合って、一つの煌びやかな流れに見えました。
30分も入り口の所に立って、入って来る客達に同じ挨拶の言葉を繰り返していた主人夫妻が、同じ様にロストフ家の人々とペロンスカヤを迎えました。
女主人は思わずほっそりしたナターシャの方にその視線を長く留めました。
女主人は、ナターシャをじっと見つめて、彼女にだけ特ににっこり笑って見せました。
彼女を見て、女主人はおそらく、もう帰り来ぬ幸福な少女時代を、初めての舞踏会を思い出したのでしょう。。
広間には客達が、皇帝のおいでを待ちながら、入り口の辺りに固まっていました。
伯爵夫人は、これらの客の群れの前の方に位置を占めました。
ナターシャは、いくつかの声が自分の事を尋ねたのを耳にしましたし、自分の方を見ているのを感じました、彼女は、自分の方に関心を向けた人々に好感を持たれた事を悟りました。
ペロンスカヤは、舞踏会に来ている最も重要な人々を伯爵夫人に教えました。。
「ほら、あれがオランダ大使よ、あの髪の白いお方。」と、ペロンスカヤは周りの貴婦人達をしきりと笑わせている老人を示しながら言いました。
「ほらあの婦人がペテルブルグの女王、べズーホフ伯爵夫人。」と、彼女は入って来たエレンを指しながら言いました。
「本当にお美しい❗️マリヤ・アントーノヴナ(※1779ー1854、アレクサンドル1世の寵愛を受けた絶世の美人)に劣りませんわ。お美しいし、お利口(❓)だし。。なんでも、皇弟殿下がすっかり夢中だとか。ほら、あの2人をご覧、さっぱり見栄えがしないのに、取り巻きはもっと大勢でしょう❓」と、彼女は広間を通って行く1人の婦人と恐ろしく不器量な娘を指差しました。
「あれは何百万もの財産付きの娘で、取り巻きはどれを狙う候補者達。」と、ペロンスカヤは言いました。
「あれはべズーホフ伯爵夫人のお兄様で、アナトーリ・クラーギン。」と、ペロンスカヤは美男の近衛騎兵士官を指差しました。
「ふるいつきたくなる様な美男子でしょう❓あの金持ちの娘さんの婿にしようと周りで騒いでいるとか。御宅の従兄のドルベツコーイ(=ボリス)ね、あの子も大変な熱の入れ方らしいわよ、あら、あれはフランス大使じゃありませんか」コランクールを指して、あれはどなたと聞いた伯爵夫人の問いに、彼女は呆れた様に答えました。
「それから、あの太った眼鏡をかけた方、あれは世界にも知られたフリーメーソンですのよ。」と、べズーホフを指差しながらペロンスカヤは言いました。
「あの夫人と並べてご覧なさいよ、いい笑い者ですね❗️」
ピエールは、太った身体をゆすって人群れを押し分けながら、まるで市場の群衆でも歩く様に右に左にぞんざいに、気が良さそうに会釈しながら歩いていました、彼は誰かを探しているらしく、客の中をうろうろしていました。
ナターシャは、ペロンスカヤがいい笑い者と呼んだピエールの見慣れた顔を、嬉しい気持ちで見守っていました。
彼女は、ピエールがロストフ家の人々を、特に彼女を探している事が分かっていました。
ピエールは、舞踏会でパートナーを紹介する事を彼女に約束していたからでした。
ところが彼女達の所まで来ないうちに、べズーホフは窓際の白い軍服を着た、あまり背の高くない、ブリネット(※栗色の髪)の端正な顔立ちの男の所で立ち止まりました。
ナターシャは、直ぐにその白い軍服の青年士官が誰であるかわかりました、それはボルコンスキーで、ひどく若くなり、表情も明るく、美しくなった様に、ナターシャには思われました。
「ほら、ボルコンスキーよ。ママ、わかる❓オトラードノエの家にお泊まりになった。。」と、ナターシャはアンドレイ公爵を指差しながら言いました。
「おや、あの方をご存知ですの❓」と、ペロンスカヤは言いました。
「今は本当に鼻持ちならなりませんわ。もうみんなあの方に夢中ですのよ。だからその傲慢な事と言ったら、それこそ天井知らずですわ❗️お父様に似たのね。それにスペランスキイと組んで何かの法律案を書いているとか。。ご覧なさい。ご婦人方に対するあの態度❗️話しかけられても、ツンとそっぽを向いて。。」と、彼女はアンドレイ公爵を指差しながら言いました。
「あのご婦人方に対する様な態度を取られたら、私なら怒鳴りつけていますわ。」
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(解説)
まず、ナターシャは初めて大舞踏会に参加して、自分に注目している人達が居るな。。と肌で感じます。
この時点では、彼女はちょっと有頂天ですね、一体どんなロマンスが待っているのかしら❓的な。
ペロンスカヤは名士達を伯爵夫人に逐一説明します。
その中にはピエールもアンドレイも居ます。
この二人は、ちょっと風変わりみたいですね。
ペロンスカヤが毒舌を振るっている所を見ると。
でも、ナターシャは二人に好感を持っている様ですね。
特にピエールとは幼少の頃から知っているので、大舞踏会で会えてちょっと嬉しそうですね。
アンドレイに対しては、オトラードノエでちょっと出会った人、程度でしょうが、アンドレイがその時よりも若々しく美しくなった事を直ぐに見てとります。
彼のこの様な変貌の原因が自分にある、などとはまだ気が付いていません。
ナターシャは敏感な女性ですので、少しは「予感」が有るのかもしれませんけれどね。