父の日に、父に生前口が裂けても言えなかった事を言いますわ〜。(令和6年6月16日) | 気ままな日常を綴っています。

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お早う御座います。今朝は、令和6年6月16日の日記です♪

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こんばんはー♪現在18時14分です。室温は27、3度。湿度は56%です。

 

さて、これ昨日の18時4分のリビングの様子です。

この時間、とても好きなのですよ。

特に、今の季節は暑くも寒くもないし。。

 

さて、今日は実家の庭掃除の介護施設訪問の日なので早起きです。

今まで、バナナ半分と食パン半分で行っていたのですが、季節柄、バナナはカットして残さない方が良いかな。。で交互に食べようかな。。とか思っています。

今朝はキウイも残っていたので盛りだくさんですね💦

 

今日から往復バスを利用して実家と介護施設に出掛けます。暑いからね。

バスの時刻表はこんな感じ。。8時11分で行きます。

実家には8時40分には到着ですね。

それから1時間庭掃除をして、シャトレーゼで差し入れのアイス(恒例です。母親は大変な人なので職員さんにね♪)を買って、今日は介護施設は母親と職員さんへの差し入れだけです。

帰りは「動物園入口」から歩いて帰りました。

 

今日は父の日ですね。

私は父親の事は大好きで尊敬はしていますが、「もう少しなんとかならなかったのかね〜。。」と言うのが本音ですね。

性格がキツイを通り越して病的な女性を、一度お見合いして結婚して子供ができたからと言って一生添い遂げる事はなかったろうに。。って思っているのですよ、真面目に。

 

母親は、比較的両親を早くに亡くして実家には兄嫁が入っていたので、帰る所が無かったそうですけれどね。

それならそうと、「父の愛」に感謝するような人間なら良いけれど、どう考えても異常でしたからね。

あの人のご機嫌にどれだけ家族全員が疲弊したことか。。

結局、重病人も出ているし、飼っていた犬も早くに死んでしまった。。これだけの事件が起きているのに、病院に強制入院とかさせられなかったのか。。って思っているんですよ。

そうして父は自分の人生を見直す勇気は無かったものか、と。。

まあまあ、それでも母親は、家事は大まかには出来ていた時期はあったので、父親としても子供が2人いるし、必要な存在だったのでしょうけれどね。

でも、父は、大事なところで決断力というか先見が無いんじゃ無いかって思うのですよ。

 

超高齢化社会になって、母よりも8歳も年上の父親は、結構しゃんとしていたのですけれどね。。

90歳を過ぎる頃、ようやく「要介護1」の認定を受けたのですよ。

でも、母親はそれが不満で、要介護5どころか父に早くあの世に言って欲しかったのです。

毎晩、殴る蹴るの暴行で、遺産は全部自分に渡すように遺言状を書かせてね。。父親はついに自分で自分の最後を決めてしまったのですよ。

私は「事故」の知らせを受けた時、「やったな。。」と直ぐに思いましたが、それは「事故」で済まされました。

私も姉も、自分達の生活は安定していたし遺産はどうでも良かったし、波風立てるのは父の遺志に反するだろうな。。って思っていました。

この結末って、父親が望んだ事かもしれないけれど、自分が死んでも母親は悲しむとかそんな父親の気持ちを汲んであげようとかね、そんな理解力はありませんからね。

だから父親という人が残念でならないのです。

 

おそらく、父親はね、もう輪廻転生していると思います。

今度こそ、自分の人格にふさわしい人と巡り合って欲しいと思うのですよ。

父親は子供の頃から優秀で、人格も有ったのに、母親との生活で随分変わり果てたと思いますよ。

 

 

で、その母親から、介護施設でいじめられるから何とかしてくれ、と電話がかかってくるのですよ、数ヶ月に1回ですけれどね。

でもね、立位もできないし、寝返りも打てない(打たない、多分ね。)、体重が10キロも重い人の介護は女性一人では無理なんですよね、正直。

 

私は3年間母親を引き取って介護をしましたが、最後は、夜中に勝手にトイレに行って(何度も)それで急に全身脱力してしまったので、それを部屋まで引きずって行くのですが、自分の力では1センチしか動かせないのです。それを7時間かけて部屋まで連れて行って、そしてベッドに抱えて上げるのに3時間かかりました。

でもね、そんな私をあざ笑うかのように、母親はベッドから直ぐに滑り降りるんです。

要するに全身脱力自体が「狂言」というのは分かっているのですが、それをケアマネさんに相談して1ヶ月ほどして「要介護5」の認定をいただいたのです。(恐らく精神症状も含めての認定だったと思います。)

その間、今度は丸2日間も(精神症状で)尿を出さなかったので、これは救急車を呼んで日赤でバルーンカテーテルを入れる事になりました。(精神病ってそんな超人的芸当が出来るんですよ。昔から猟奇的な人でしたから。。私にはそんな事が出来るらしいとは理解できるのですけれどね。)

 

母親の住所地と私の住所地は区が違ったので訪問看護も受けられず、私は、このカテーテルの世話と朝晩の清拭、食事の世話などやっていましたね。

でも、自分は体は元気で親の世話をするのは当たり前を思っていたので、やっていました。

で。「要介護5」の認定が降りたので、実家の近所の掛かりつけの病院に付属している老健センターに何とか3ヶ月入所してもらったのですよ。

でね、その時の開放感が何とも言えなかったのです。

私は、やっぱりこれから先は、もう自分を大事にしても良いのでは無いか❓と思うようになり、結局、介護施設への入所をお願いした次第なのです。

母親にしてみれば、恐らくその時は、自分の足で歩く事は本当は出来たし、どうかしたら、自立した生活も大丈夫だったと思うのですよ。

だから、母親はそんなつもりは微塵もなく、「私に捨てられた」と思っているのでしょうね。

 

でもね、介護を続けるという事は、親の言うことを何でも飲み込む事では無いと思うのですよ。

介護される側の、それなりの協力が無いと難しいし、介護される側の介護者への少しの思いやりも必要では無いか、それが本当の家族愛では無いか。。って思うのです。

だからね、母親は可哀想だと思いますが、自分ももう年齢も年齢だし、息子夫妻に面倒をなるべく掛けないように1日でも長く自立した生活を続けたいと思っているので、これ以上密接に母親と関わるのは出来ませんね。

息子に頼って当たり前ってね、そんな事は考えちゃダメだと思うのです。これが私の息子への愛情なんです。

まあ、皆さんもそうでしょうけれどね。

 

最近、超高齢の親を殺してしまう事件が多いような気がします。

とても優秀な方がそうなったりね。。

状況もそれぞれでしょうけれど、私の場合は、母親の精神異常のおかげで要介護5が降りたのが良かったのかも知れません。

あと、金銭問題が無かった事も。。

介護問題って、いろんな側面の問題が生じるのですよね。

でも、自分が犯罪者になってまで、抱え込む必要性は無いと思います。

やっぱり「自分の人生」をどこかで一番大事にしておかないと。。親には悪いけれど、本当にそう思いますね。

 

今日は極めて長文になってしまいました。

ごめんなさいね。

でも、介護で悩んでおられる方って多いと思います。

究極的に自分が超高齢になった場合の事も考えて、自分の人生を一番大事に考えても良いと思うのですけれどね。

 

今日も私のお話を聞いて下さって有り難うございます♪

 

今日も良い一日をお過ごしくださいね💞

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(余談)

母親は、介護施設で自分がいじめられている、と電話をかけてきた。

My mother called  me  to say  she was being bullied at the nursing home.

             bully:(〜を)いじめる

 

母親は、自分で電話を掛けることは普通は出来ない人である。

Mother is usually unable to make phone calls herself.

   be usually unable to:通常はできない

   (例文)I'm unable to figure out what's wrong with my computer. どうしてパソコンの調子が悪いのかわからない。

   make phone calls:電話を掛ける

 

彼女は、些細な無視でも重大視する。

She takes even the smallest disregard seriously.

   disregard:無視(この場合は不可算名詞。動詞で使うことが多い)

   些細な無視:petty neglect(別表現)  neglectも不可算名詞。

 

自分を大事にすれば、人の言う事は気にならなくなる。

If you take care of yourself, you won't care what other people say.

 

そう思う事はは幸せへの近道かもしれない。

Thinking like this may be a shortcut to happiness.