【〇○婦問題】2014.10 (h) | ぺる Ⅱのブログ

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続・チラシの裏書き

 

 

 

目次 

 

2014

01(10/06)[私の書斎の中の古典] 悲観的現実を冷徹に凝視する楽観主義者

02(10/08)[寄稿] 日本の「ネット右翼」を見れば韓国の「イルベ」の未来が見えてくる

03(10/09)村山元首相「安倍首相は韓日首脳会談で答えなければならない」

04(10/17)「クマラスワミ報告書」修正で日本政府が直面する国際世論の反発

05(10/22)志位共産党委員長「日本国民と安倍政権を区別して見てほしい」

06(10/31)[対談]ブルース・カミングスとパク・ミョンニムが語る戦後70年と北東アジア

 

 

 

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01 

[私の書斎の中の古典] 悲観的現実を冷徹に凝視する楽観主義者
登録:2014-10-06 00:55 修正:2014-10-06 06:46

徐京植(ソ・ギョンシク)東京経済大学教授


絵:キム・ビョンホ画伯//ハンギョレ新聞社


ヨハン・ホイジンガ『中世の秋』(堀越孝一訳、中央公論社)
Johan Huizinga: Herfsttij der Middeleeuwen,1919



 

 前回、この欄で言及したイスラエルのガザ侵攻は2000人もの犠牲者を出して、いちおうの「長期停戦」が合意されたが、もちろん問題が根本的に解決したわけではない。ウクライナでも戦闘が続いている。アフリカではエボラ出血熱が猛威を振るっている。地球上のいたるところで異常気象が続いていて、日本ではこの夏、大雨による土砂災害で多くの犠牲者が出た。福島原発は事故の収拾が不可能なまま放射能をまき散らしている。韓国でも古里原発が豪雨のために停電するという事故があった。福島原発のような大事故がいつ起こってもおかしくない状態だ。全世界が同時多発的に奈落に向かって転落しているのに、誰にもそれを止める手立てがない。そんなふうに感じるのは私が悲観的過ぎるのだろうか。
 

 今回はあえて、そんな時だからこそ繙いてみたい「私の古典」を紹介しよう。
 

 1919年に刊行された『中世の秋』はオランダの碩学ヨハン・ホイジンガによる歴史学の古典的名著であり、現在も世界中で読まれている。「フランスとネーデルラントにおける14、5世紀の生活と思考の諸形態についての研究」と副題が付けられている。著者自身、こう述べている。「この書物は14,5世紀をルネサンスの告知とはみず、中世の終末とみようとする試みである。」(第一版諸言)この点で本書は、ヤーコプ・ブルクハルト(『イタリア・ルネサンスの文化』1860年)によって開かれ、当時の主流的言説となっていた中世史・ルネサンス史理解に異を唱えた野心作である。だが、歴史学の門外漢である私にはこの論点に深く立ち入る実力はない。私はただ、歴史を素材にした長編エッセーとして、本書の類例のない面白さに魅了されていることを告白するだけである。


 「中世文化はこのとき、その生涯の最後の時を生き、あたかも咲き終わり、ひらききった木のごとく、たわわに実をみのらせた。古い思考の諸形態がはびこり、生きた思想の核にのしかかり、これをつつむ、ここにひとつのゆたかな文化が枯れしぼみ、死に硬直する――これが以下の頁の主題である。」


 「中世の秋」というのは印象深い翻訳だが、ホイジンガは自ら監修した英訳では、この「秋」の語にwaning 「凋落」を、仏訳では「衰退」を当てている。つまり、一個の生物体の死滅のように、著者は「中世」という時代の没落の相を見定めようとしているのである。本書の題名からの連想で、私の脳裏にはいま「現代の秋」という言葉が浮かんでいる。いま私は「現代」という時代の没落に立ち会っているのかもしれない。巨大な暴力とともにあったその時代は、しかし、同時にかすかにはであれ、「進歩」や「平和」といった価値に対する漠たる希望を生み出してもきた。20世紀に入り、二度の世界大戦と「ホロコースト」などによって、こうした希望は手痛い打撃を受けたが、その打撃を教訓として未来への期待をつなごうとする思想的営みが生み出されもした。しかし、ここにきて(つまり新自由主義が全世界を席巻する時代を迎えて)、そうした思想的営みは一挙に濁流に押し流され、立ち止まって静かに省察する態度は失われた。いたるところでシニシズムが野蛮な凱歌を挙げている。「朝鮮人を殺せ」「慰安婦はでっち上げだ」などと蛮声をあげる日本社会の人々の姿は、ヨーロッパをペストが襲った際「ユダヤ人を殺せ」と叫んだ中世人の姿に重なり、また、20世紀前半のナチス台頭期の人々にも重なってみえる。これほどの歴史を重ね、これほどの経験をしながら、人間の浅薄さと野蛮さは少しも改善されないのだ。ホイジンガなら、いまのこの時代をどう見ただろうか、その没落をどう描いただろうか……私はそんな目で、繰り返しこの古典の頁を開いてみるのである。


 「この著述の出発点は、ファン・アイクとその弟子たちの芸術をよりよく理解したい、時代の生活全体との関連においてとらえたいとの望みにあった」と著者は述べている。私と本書との出会いも、これとすこし似ている。いまから30年ほど前、私は人生で初めてヨーロッパへの旅に出た。そこで出遭った数々の美術作品との対話を『私の西洋美術巡礼』という本に書いた。だが、その時の私はフランドル派絵画の巨匠たちについてはほとんど予備知識がなかった。ベルギーのブリュージュでヘラルト・ダヴィット(1460年頃 - 1523年)の「カンビュセス王の裁き」に出遭った時の驚きについては、前記の著書に書いた。


  
ロベルト・カンピン(Robert Campin1375年頃 - 1444年)の「婦人像」

 同じ旅行の最後に立ち寄ったロンドンのナショナル・ギャラリーでヤン・ファン・アイク(1395年頃 - 1441年)の「アルノルフィニ夫妻」をはじめ、ロヒール・ファン・デル・ワイデン(1399年/1400年 - 1464年)やハンス・メムリンク(1430年/1440年頃 - 1494年)など、フランドル派絵画の名品を見た。同じ場所で出遭ったロベルト・カンピン(Robert Campin1375年頃 - 1444年)の「婦人像」【図】から与えられた感銘についてもすでに書いたとおりだ。なぜこのように、たんに美しいだけでなく、驚くほど生き生きとした絵画が、14、5世紀という時代に、フランドルという特定の場所で集中的に産み出されたのだろう?その問いへの興味が抑えられず、私はその後、何回もベルギーとオランダを訪ね、フランス・ブルゴーニュ地方のボーヌにも足を運んだ。ボーヌには1443年に建てられた有名な施療院(現在のホスピス)があり、そこにはロヒール・ファン・デル・ワイデンによる祭壇画「最後の審判」がある。


 『中世の秋』の第一章は「はげしい生活の基調」と題されている。「世界はまだ若く、5世紀ほども前のころには、人生の出来事は、いまよりももっとくきりとかたちを見せていた。…災禍と欠乏とにやわらぎはなかった。おぞましくも苛酷なものだった。…栄誉と富とが熱心に求められ、貪欲に享受されたというのも、いまにくらべて、貧しさがあまりにもみじめすぎ、名誉と不名誉の対照が、あまりにもはっきりしすぎていたからである。…処刑をはじめ法の執行、商人の触れ売り、結婚と葬式、どれもこれもみんな高らかに告知され、行列、触れ声、哀悼の叫び、そして音楽をともなっていた。」


 このように、見事なまでに絵画的な語り口が本書には満ちている。それに接すると、まさに中世のヨーロッパをこの眼で見るような感興にとらわれる。それはペスト大流行、ユダヤ人虐殺、百年戦争、十字軍、繰り返す飢饉など、酷薄無残な出来事に覆い尽くされた時代であった。「15世紀という時代におけるほど、人々に死の思想が重くのしかぶさり、強烈な印象を与え続けた時代はなかった。「死を想え(メメント・モリ)」の叫びが、生のあらゆる局面に、とぎれることなく響き渡っていた。」そんな時代が、逆説的なことに、あの宝石のようなフランドル派絵画を産み落したのである。「いま、わたしたちの目に映ずる中世末期という時代には、ファン・アイクやメムリンクの、高貴なまじめさ、深いなごみの光がさしている。」ホイジンガはこう述べたのち、言語芸術が「時代の苦悩の苦い味」を直接に表現するのに対して、造形芸術はその苦悩を「浄化」し、それを「悲歌の領域へ、静かななごみの境地へ」と導くのだと言う。残酷な時代であればこそ清浄温和な芸術が産み出されるというのである。


 ホイジンガは1872年、オランダ北東部のフローニンへンに生理学教授の次男として生まれた。語学の天才だったらしく、最初は比較言語学を学び、ヨーロッパ諸言語はもちろん、サンスクリット語、アラビア語、ヘブライ語、スラブ語などに習熟した。一貫して開かれた思考態度をもつ正統的人文学者であったといえるだろう。


 彼がライデン大学学長の職にあった1933年のこと、この大学で英仏独伊などの学生会議が開かれた。この会議に参加したドイツ代表団指導者が、その演説の中で、「ユダヤ人によるキリスト教徒嬰児殺し」の話をした。これは中世以来、繰り返されてきた反ユダヤ主義のデマである。ホイジンガはこのドイツ学生団指導者を別室に呼び、これがデマであることを承知で話したのかと尋ねた。答えは「そうだ」であった。ホイジンガは「嘘と知りつつ中傷をおこなう人物を大学に置くわけにはいかない」と言い渡し退去を求めた。そのためドイツ代表団は全員、引き上げた。この事件が、のちにホイジンガがナチに敵視される発端になったという。


 1940年、ナチス・ドイツのオランダ占領とともにライデン大学は閉鎖され、42年、ホイジンガは他のオランダの知名人士たちとともに強制収容所に拘束された。幸い彼は、中立国スウェーデンの介入によって3か月後に釈放されたが、ドイツ国境に近いデ・ステークという土地で事実上の軟禁生活を強いられ、ドイツ敗戦をわずか3か月後に控えた1945年2月1日、この地で世を去った。70歳であった。


  徐京植(ソ・ギョンシク)東京経済大学教授


 1935年、ナチス・ドイツの脅威が現実ものとして全ヨーロッパにのしかかってきた時、ホイジンガはその著書『明日の影のなかで』の扉にこう記した。
 

「人はこの書物ゆえに私をペシミストと呼ぶかもしれない。だが、私はただ、自分はオプティミストである、とだけ答えよう。」
 

こう書いた5年後、ナチ占領下にあっても彼は「オプティミスト」であっただろうか?さらにその5年後、終戦を見届けないまま世を去る時にも「オプティミスト」であったか?


 自分ならそれは難しいとしか、私には言えない。だが、本書の頁を繰るたびに、こうも思うのである。歴史家ホイジンガは、私などとは異なる尺度の持ち主である。あの残酷な中世の社会相を描きつつその時代が生んだ芸術を愛惜してやまない彼なら、ひょっとして、ペシミスティックな現実を冷徹に見据えるオプティミストでありえたかもしれない、と。
 

http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/658360.html
韓国語原文入力:2014/10/05 19:13
(4347字)

 

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02 

[寄稿] 日本の「ネット右翼」を見れば韓国の「イルベ」の未来が見えてくる
登録:2014-10-08 06:42 修正:2014-10-08 15:36

日本で差別的発言を分析してきた高史明氏の提言
セウォル号遺族“無賃乗車論”は
在日韓国人“特権論”と瓜二つ
弱者に向かった偏見・差別はすでにタブーではない



ネットで行き交う言葉をそのまま表に持ち出して嫌韓デモを始めた日本のように、最近のインターネットサイト「イルベ」の会員たちもソウル光化門広場で“カミングアウト”を強行した。ニューシス

 

日本ではここ数年、インターネット上におけるコリアンに対する差別的な投稿の内容がエスカレートしている。直接的な差別も多いが、なかには「在日コリアンは日本で特権を享受している」といった“変化球”的な誹謗中傷も少なくない。実は韓国のインターネット上でも女性や特定の地域の人に対して似たような攻撃をする現象があり、最近ではセウォル号沈没事故の遺族に対して「無賃乗車」をしているといったデマが流されている。Twitterに投稿されたコリアンに対する投稿を分析した日本の社会心理学者・高史明(たか ふみあき)氏は、マイノリティや弱者に対して「特権がある」とする差別はどの社会にも偏在するものだと指摘する。 編集者


 私は現在日本に存在する在日コリアンを相手にした偏見に対して研究している。
 

 私が在日コリアンへの偏見について関心を持ったのは、「高史明」という私の名前がコリアンの名前のように見えるため、クラスメイトや教師たちから繰り返し嫌がらせを受けた子ども時代の経験があるからだ。私が子どもだった、80年代~90年代には、コリアンが日本に居住するようになって既に半世紀も経っていたにも関わらず、コリアンへの侮蔑的態度はしばしば表出されていた。だから、近年日本で問題となり、世界的な関心事にもなっている在日コリアンへの偏見・差別が、近年にわかに姿を表したものであるという意見は、やや的外れである。民族偏見・差別はどんな集団もその対象になり得るが、多くの場合、差別の対象は偶然ではなく歴史的背景に基づいてターゲットにされてきたのだ。


 ただし、20世紀末においては、コリアンへの偏見はしばしば表出されるものだったとしても、そうすることは社会的に好ましくないことであるという規範が、(偏見を向けられるコリアンにとっては不十分であったとしても)ある程度までは受け入れられていたように思われる。少なくとも、分別のある大人は公の場ではそうした態度を表さないものだと、子どもながらに感じていた。


 状況が変わり始めたのは、2002年の日韓共催ワールドカップにおいて両国のサポーター間の確執が表面化した頃だろう。また同年、小泉純一郎元首相が北朝鮮を訪問し拉致事件の実体が明るみに出たのもきっかけとなった。この頃から、特に匿名掲示板の“2ちゃんねる”を中心に、コリアンに対する侮蔑的な意見の表明が目立つようになり、次第にインターネット上の様々なコミュニティに浸透していった。そして、インターネット上での偏見の氾濫にやや遅れて実社会も追随しはじめ、コリアンを中傷するようなジョークが日常会話に登場することも増えていった。 
 

アメリカにおける
黒人差別の例を見ると
 


  私がコリアンに対する偏見を研究し始めたのは、こうした背景を受けてのことで、2006年のことだった。


 私がまず注目したのは、在日コリアンは“特権”を持っているとの言説がインターネット上で広く見られたことであった。これが興味深いのは、アメリカにおける黒人に対するレイシズムの研究においても、「黒人は劣っている」といった露骨なレイシズムに代わって、「黒人は自分の努力不足を棚に上げて既に存在しない差別に対する文句を言い不当な特権を得ている」とする、新しいレイシズムが指摘されてきたからである。この背景には、ナチスの人種政策の反省と公民権運動という20世紀半ばに起きた2つの出来事により、露骨なレイシズムが社会的に容認されなくなったことがあると考えられている。


 この新しいレイシズムの相似物は、黒人だけではなく、女性や同性愛者についても見出されてきた。つまり、“在日特権”言説は、在日コリアンが現に特権を得ているという客観的事実に基づいて生じたというよりは、被差別マイノリティの地位が改善したときにそれへの反発として生じる、人間の一般的な心理を反映したものであると考えることができるのである。近年では韓国においても、朝鮮族が“特権”を持っているという言説が表れているとのことであるが、これは世界的に見ると、決して新しい現象ではないのである。
 

コリアンに関する投稿の
7割がネガティブな内容
 
 

 2008年から2011年にかけて実施したアンケート調査では、在日コリアンへのレイシズムにおいても、上述の「侮蔑的な偏見」と「特権があるという偏見」の2つの要素を分離することができ、またそれぞれが理論的に予測される効果を持つことが示された。


 ただし、これらの要素が実際にどの程度、どのような形で表出されているのかは、さらなる検討が必要である。そこで、2012年11月から2013年2月にかけて、「朝鮮人」「韓国人」などといった、コリアンに関する幾つかの検索語を用いてTwitter上の11万件ほどの投稿を収集し、分析した(これは当該期間中に行われた投稿のごく一部である)。この時期は、12年8月の李明博(イ・ミョンバク)元大統領の竹島上陸を受けて、日本で対韓強硬論がさらに強まっていた時期であり、また期間中の12月には日本において民主党政権が崩壊し、総選挙で超タカ派の安倍晋三首相率いる自民党が圧勝している。


 分析[高史明6]の結果、コリアンについての投稿の70%程度がコリアンに対してネガティブなものであり、またごく少数のアカウントがこれらの投稿の少なくない部分を占めていることが明らかになった。投稿数が上位の25アカウント(捕捉されたアカウントの0.06%)がネガティブな投稿全体に占めるシェアは、15%近くになる。これらはおそらくbotと呼ばれる定期的に自動で投稿を行うプログラムだが、平均的なユーザーに比べ遥かに多くのフォロワー(講読者)を獲得していた(多いものでは15,000アカウントを超えていた)。このような形でネットユーザーらが、日夜“浴びるように”レイシズム言説に接触する効果は、おそらくネットワークを介して伝播し、多くのユーザーに好ましくない影響をもたらしているであろう。


 次に投稿内容の分析だが、これには計量テキスト分析という手法を用いた。幾つかのテーマについて関連語を指定し、それらの語を含んでいる場合にはそのテーマに関する投稿であるとコーディングした。その結果、露骨な差別的表現が10.75%、特権があるといった隠微な偏見は12.20%の投稿に表出されていた。マスコミが“真実”を隠しているという不信感もしばしば表出されていたが、そうしたツイートの少なくない数が、2ちゃんねるもしくは“2ちゃんねるまとめブログ”(2ちゃんねるの投稿を取捨選択しブログ形式で投稿するサイト群のこと)を情報源としていた。特に、マスコミが在日コリアンの犯罪を“通名”(在日コリアンが用いる日本風の姓名)で報じることで、在日コリアンが不当な利益を得ているとする発言が多く見られた。マスコミが“コリアンに関する何らかの真実”を伝えていないと疑う一方で、マスコミ以上にバイアスのかかった“2ちゃんねる”などのメディアに依存するのはいささか滑稽ではあるが、これは日本だけでなく、韓国の2ちゃんねらーと言われるイルベチュン(韓国の匿名掲示板「日刊ベスト貯蔵所」のユーザー)においても見られる傾向だと聞いている。


  韓国においても注目されている歴史問題に関する発言も多く見られ、これらはしばしば、日本のコリアンに対する過去の加害行為を否定することで、生活保護や年金などの社会保障の面でのコリアンの権利を非難するものとして表れていた。
 

ネット世論に迎合する
政治家には要注意
 


 このようにネットにおける民族偏見の表出され方を研究したのだが、その一方で2014年の現在、強調しておかなければならないのは、既に日本におけるコリアンに対する偏見・差別の主戦場は、インターネットではなくなりつつあるということである。いや、確かに在日当事者にとって主戦場はもともとインターネットではなかったし、制度上の差別は長い間重要な問題でありつづけてきたのだが、一般の人が日常生活でコリアンに対する偏見・差別を表出するのを見かけることは、この1~2年でそれまで以上に急増した。本屋には韓国(および中国)を誹謗中傷する書籍のコーナーが設けられ、地上波のテレビでも日本を賛美し韓国などをこき下ろす番組がしばしば流されるようになった。慰安婦問題では、朝日新聞が過去の報道の一部に誤りがあったことを認めたことを受けた激しいバッシングが起こり、日本による慰安婦への加害性そのものを否定しようとする者も多い。


 ここには長年の間インターネット上で偏見が培養されてきた土壌と、与党に返り咲いた自民党が強固な信念を持つ安倍首相を中心に偏見・差別を肯定するスタンスを示していることとの融合が見られる。


 もし“イルベ”に手を焼く韓国が日本から教訓を得られるとすれば、インターネット上の暴力的な“世論”に迎合する政治家を選ぶことは、差別は社会的に好ましくないことであるという社会的規範を一気に崩壊させ、“実社会のインターネット化”を招くということであろう。


社会心理学者 高史明(たか ふみあき)神奈川大学非常勤講師
 

(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
 

韓国語原文入力:2014.09.30 15:34

http://h21.hani.co.kr/arti/world/world_general/38009.html
(3639字)

 

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03 

村山元首相「安倍首相は韓日首脳会談で答えなければならない」
登録:2014-10-09 23:51 修正:2014-10-10 00:11

韓国で名誉博士学位を受け記者会見


村山富市元首相が9日午後、ソウル上道洞の崇実大学ベアード館大会議室で名誉政治学博士学位を受けるのに先立ち開かれた記者懇談会で発言をしている。 イ・ジョンア記者//ハンギョレ新聞社

慰安婦・靖国神社参拝など
歴史問題など 会談で協議すべき
集団的自衛権行使には同意できず


 村山富市元首相(90)は9日、ソウルの崇実(スンシル)大学で開かれた記者会見で「現在の韓日関係は良くないが、早く首脳会談が開かれることを期待する。 首脳会談で日本軍慰安婦問題、日本の首相の靖国神社参拝問題、歴史教科書問題を協議しなければならない」と明らかにした。 村山前首相はこの日、同大で名誉政治学博士学位を受けた。


 首相だった1995年8月15日、日本による朝鮮半島の植民支配と侵略を公式に謝罪した“村山談話”を発表した彼は、この日の記者会見で「安倍晋三首相は首脳会談で『もう靖国神社参拝はやめるべきだ』という韓国国民の問いに答えなければならないと考える」と話した。 彼は安倍首相が村山談話と慰安婦強制動員を認めた“河野談話”を否定していることをどう考えるかという記者らの質問に、「談話に反対する日本国民もいるだろうが、大多数の国民は二つの談話に同意していると考える。 日本はまちがいなく二つの談話を継承するだろう」と強調した。 自衛隊の集団的自衛権行使問題については「安倍政権が憲法解釈を変更して集団的自衛権行使を試みているが、これは憲法を無視する行動であり全く同意できない。 反対する」と明らかにした。


 ハン・ホンス崇実大学総長は「崇実大は1938年に日本が神社参拝を強要すると廃校の道を選択し大学の門を閉めた。 日本の戦争犯罪に対して正直な謝罪をした村山元首相に名誉博士学位を授けることは、過去の日本の蛮行に対する容赦と和解の手を差しのべる意味が込められている」と話した。 村山元首相は「韓日両国の平和交流のために、さらに熱心に努力する」と名誉博士学位を受けた所感を明らかにした。
 

チョン・ファンボン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
 

http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/659142.html
韓国語原文入力:2014/10/09 22:19
訳J.S(992字)

 

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04 

「クマラスワミ報告書」修正で日本政府が直面する国際世論の反発
登録:2014-10-17 00:57 修正:2014-10-17 07:03

1996年に出された初の慰安婦報告書
国際社会に日本責任論を根付かせる



日本の公式謝罪を促す手立て札を持った学生たちが15日昼、ソウル中学洞の駐韓日本大使館前で開かれた水曜デモに参加して、慰安婦被害ハルモニ(おばあさん)の発言を聞いている。 ニューシス
 

朝日新聞「吉田証言」誤報を前面に
最優先の標的として修正を要求

 

報告書を書いたクマラスワミ氏は拒絶
「慰安婦は性的奴隷」の本質変わらぬ


 日本政府が「慰安婦は性奴隷だった」という国際社会の常識を覆すため本格的な世論戦に突入した。 慰安婦問題に関連する国連人権委員会など国際人権機構が最初に出した報告書である1996年の「クマラスワミ報告書」を最優先の攻撃対象に定め、報告書の一部内容に対する撤回を要求したことが確認された。


 日本政府の菅義偉官房長官は16日の定例記者会見で、「先日『朝日新聞』が慰安婦報道に関連した過去の報道が誤報だったと取り消した事実があったので、この内容をラディカ・クマラスワミ元国連経済社会理事会人権委員会女性暴行問題特別報告官本人に説明し、報告書として出てきた当時の見解を修正するよう要求した」と話した。 朝日新聞は今年8月初めに日本軍官憲が済州島(チェジュド)で「朝鮮人女性たちを狩りをするように強制連行した」という、いわゆる“吉田証言”を引用した記事が誤報であることを認め、該当報道を取り消した経緯がある。 その後、安倍晋三首相が3日に「日本が国ぐるみで性奴隷にしたといういわれなき中傷が世界に広がっている。 政府は客観的な事実に基づいて日本が正当な評価を受けられるよう戦略的な対外広報を強化して行く」と宣言するなど、“日本の名誉回復”を求める主張が起きている。


 日本政府がクマラスワミ報告書を最優先の標的としたのは、この報告書を契機に国際社会で「慰安婦は国際人権機構の基準で見る時、明らかな性奴隷」であり、「日本政府が法的責任を負って被害者に賠償しなければならない」という常識が定着したためだ。 以後、国連人権小委員会のマクドゥーガル報告書(1998年)など、慰安婦問題に対する日本政府の「法的責任認定と賠償」を要求する報告書・勧告が相次ぎ、2007年7月には米国下院で「日本軍が強制的に若い女性を“慰安婦”と呼ばれる性の奴隷にした事実を、明確な態度で公式に認めて謝罪し、歴史的な責任を負わなければならない」という決議案が全会一致で採択された。 ハン・ヘイン成均館大学東アジア歴史研究所研究員は「日本政府はクマラスワミ報告書に傷を付ければ慰安婦は性奴隷だったという国際社会の認識を覆せると思っている」と指摘した。


 日本政府の要求に対してクマラスワミ元報告官は拒否の意向を明らかにした。『読売新聞』は16日、日本外務省の佐藤 地(くに)人権人道担当大使が14日午前、米国ニューヨークでクマラスワミ元報告官に吉田証言を引用した部分など、報告書の一部内容の撤回を要求したが、当事者から「(吉田証言は報告書作成で活用した)証拠の一つに過ぎない」という拒否意志の伝達を受けたと報道した。 菅長官もこの日の記者会見で「相手側が修正に応じないという意向を明らかにした」として「今後、国連人権理事会など国際社会で適切な機会をつかんで日本の考えを粘り強く説明して理解を求めたい」と話した。 今後、国際的な攻勢を続ける方針を明確にしたわけだ。


 渡辺美奈「女たちの戦争と平和資料館」(WAM)事務局長は『ハンギョレ』との電話インタビューで「クマラスワミ報告書で吉田証言は一部に過ぎず、これが消えても“慰安婦は性奴隷”という結論には何の影響も及ぼしえない」として「日本政府の試みは、結局国際社会の同意を勝ち取ることはできないだろう」と話した。
 

東京/キル・ユンヒョン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
 

http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/660168.html
韓国語原文入力:2014/10/16 22:15
訳J.S(1760字)

 

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05 

志位共産党委員長「日本国民と安倍政権を区別して見てほしい」
登録:2014-10-22 01:00 修正:2014-10-22 07:43

日本人の大多数は集団的自衛権に反対・平和を指向

  志位和夫 日本共産党委員長


 日本の進歩陣営で安倍政権を牽制する最も強力な人物は誰であろうか。 衆議院8議席、参議院11議席など、国会で19議席を確保している日本最大の進歩政党である日本共産党を率いる志位和夫委員長(60)が挙げられる。
 

 20日、東京渋谷区の日本共産党本部で『ハンギョレ』と会った志位委員長は「日韓が気持ちが通じ合う友好関係を構築するためには、日本が過去の侵略戦争と植民支配を誠実に反省しなければならない」として「多くの日本人は集団的自衛権に反対し、河野談話を維持しなければならないという‘健全な平和’を指向しており、安倍政権と日本国民を区別して見て欲しい」と話した。 韓日議員連盟合同総会出席のために24日に訪韓する志位委員長は27日、高麗大学100周年記念館でハンギョレ新聞社と高麗大学アジア問題研究所の共同主催で開かれる講演会「北東アジア平和協力構想を語る」で講演する予定だ。
 

安倍政権、歴史の流れに逆行しているが
日本国民は「河野談話」など支持
共産党も歴史の逆転を阻むため闘争を展開
友好協力条約締結・侵略反省など
北東アジア平和4原則を提示

 

-初めて訪韓した2006年9月以後の8年間に韓日関係には多くのことがあった。
 

「2006年に初めて韓国を訪問して、主な政党代表、(イム・チェジョン)国会議長などと会った。 当時感じたことは、日本と韓国が心を開いた友好関係を作るためには、日本が過去の侵略戦争と植民支配を誠実に反省しなければならないということだった。 しかし、それ以後、日本で歴史問題に対する逆流が発生した。 昨年12月には安倍総理が靖国神社に参拝した。 靖国神社は戦争中に国民を侵略戦争に動員する軍事施設として使われた。 このような施設に行くことは、過去の侵略戦争が正しかったとし、アジア解放戦争だったと美化する神社の立場を支持することになる。 また(慰安婦動員過程の強制性を認めた)河野談話(1993年)を覆ってしまおうとする動きが表面化した。河野談話を発表したのは日本政府であった。 従ってこれを否定しようとする動きが出てくれば、政府が出てきちんと反論しなければならない義務がある。 しかし安倍政権は反論どころか、そのような否定論に事実上迎合する姿を見せている。 安倍総理は「(慰安婦が)性的奴隷というのは根拠のない中傷」と言っているが、軍が設置・管理・運営する慰安所内で慰安婦たちが自身の意思に反して性的行為を強要されたことは動かしがたい事実だ。 国際社会が日本を批判しているのは、まさにこの点であり、ここに慰安婦問題の本質がある」
 

-安倍政権の安保政策に対しても韓国内では憂慮の声が高い。
 

「日本はこれまで(軍隊の保有と交戦権を否定した)憲法9条を持つ国家として‘集団的自衛権’の行使を否定してきた。 憲法9条を持っている限り、それはとうてい容認できないというのが一貫した立場だった。 今年創設60周年をむかえる自衛隊は、憲法9条という安全装置を通じて、海外に派兵される時も非戦闘地域だけで活動してきた。 そのためにこれまで1人の外国人も殺さなかったし、自衛隊員の中からたった1人の戦死者も出なかった。しかし安倍政権は集団的自衛権の行使を通じて、戦闘地域にまで行って米軍の活動を支援しようとしている。 外国で‘殺し殺される’国家を作ろうとしているわけだ。 日本共産党はこれを絶対に容認できないという立場を持って、今年7月(集団的自衛権行使を許容した)閣議決定の撤回を要求しているし、これを具体化する米日防衛協力指針の改正を止めるよう闘争を展開している。」
 

-今回の講演で北東アジア平和のための4原則を提示すると聞いた。
 

「第一に、北東アジア地域の紛争を平和的に解決するために、この地域全体を合わせた‘友好協力条約’を締結しようということだ。 第2に、6者会談を通した北核問題解決の原則だ。 北朝鮮の周辺国は全て‘北朝鮮の核武装を認めない’ということに同意している。 これを実現するためには、やはり(北核放棄と米国との関係正常化を約束した) 2005年9月の共同声明に戻る他はない。 これを通じて北朝鮮と韓半島の非核化を実現すれば、6者会談が北東アジアの平和と安定の枠組みに発展できることになる。 第三に、この地域の領土問題を外交的に解決するための行動規範の締結だ。 第四に、日本が過去に犯した侵略戦争と植民支配に対して反省することが、この地域の(平和協力にとって)不可欠な土台になるということだ。 特に慰安婦問題の解決が重要だ。 これなくしては(韓日間の)信頼は形成されない。」
 

-韓国では朝鮮戦争などの影響で共産党に対する悪い先入観がある。 日本共産党はどんな政党なのか。
 

「資本主義体制下で各国の国民が闘争を通じて自由と民主主義を勝ち取った。 これを発展的に継承して自由と民主主義が花開く社会を目標にしているのが日本共産党だ。 社会を変える変革の方式も、議会で多数議席を得て平和的で民主的な方法で達成しなければならないという立場を守っている。 韓国人は共産党という言葉を聞けば旧ソ連や北朝鮮政権を考えるかもしれない。 しかし私たちは、崩壊したソ連の社会主義は自由を抑圧する全体主義であり他国を侵略する覇権主義だったと批判してきたし、北朝鮮とは1983年のアウンサン廟テロ事件(ラングーン事件)などで関係を断絶した。 日本共産党が自由と民主主義を追求する平和的政党だということを韓国の国民に知って欲しい。」
 

-最近、韓日関係が一段と悪化している。
 

「安倍政権の行動と日本国民とを区別して見て欲しい。集団的自衛権と関連する全ての世論調査で、日本国民の50~60%が反対の立場を持っている。 大多数の日本人が健全な平和を指向していて、河野談話や村山談話など戦後日本が作ってきた基本的な到達点を守らなければならないと考えている。 日韓両国の国民が友好・協力の心を持って良い関係を育てていくことを希望する。
 

東京/文・写真 キル・ユンヒョン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
 

http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/660819.html
韓国語原文入力:2014/10/21 22:23
訳J.S(2692字)

 

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[対談]ブルース・カミングスとパク・ミョンニムが語る戦後70年と北東アジア
登録:2014-10-31 21:22 修正:2014-11-01 17:12

「韓国の産業・国力を考慮すれば戦時作戦統制権の移管延期は理解できない」


ブルース・カミングス米国シカゴ大学客員教授(右側)とパク・ミョンニム延世大学教授が24日午後、ソウル大学教授会館で韓半島統一問題に関して話を交わしている。 タク・キヒョン先任記者//ハンギョレ新聞社
 

 第2次大戦の砲声は止んだが、植民地と戦争の遺産は依然として朝鮮半島を徘徊している。 日本軍の「慰安婦」問題や、戦時作戦統制権問題のように最近の大きな懸案の根は結局20世紀初中盤の歴史に由来する。 韓国社会科学協議会の招請で訪韓したブルース・カミングス シカゴ大学客員教授と、彼の長年の知己であるパク・ミョンニム延世大学教授が会い、来年の第2次大戦終戦70周年の意味と北東アジアの種々の懸案の連環を探った。 対談は今月25日、ソウル大学湖巌教授会館で行われた。
 

■対談者略歴
 

ブルース・カミングス(Bruce Cumings)米国シカゴ大学客員教授は、朝鮮半島近現代史の専門家で、朝鮮戦争に関する記念碑的な著作で『朝鮮戦争の起源』(1981~1990)などを書いた。


パク・ミョンニム延世大学教授は、朝鮮戦争、韓米関係、解放前後の韓国政治などで優れた研究成果を示し、『朝鮮戦争の勃発と起源』(1996)などを書いた。


カミングス教授
安倍内閣に危険性はあるものの
日本国内に反対者が多いので心配はしていない
米国は核を保有した中国との修交で
相互間の戦争を完全に遮断
北の核を解決するには
米国の対北朝鮮関係正常化がカギ


  ブルース・カミングス シカゴ大客員教授
 

パク・ミョンニム(以下、パク):今年と来年は清日戦争120周年、露日戦争110周年だ。 その上、来年は第2次世界大戦終戦70周年だ。 長い歳月が流れたが、東アジアにおける恒久的平和はまだはるかに遠い。この対談を通じて第2次大戦以後の東アジアを省察し、今日と明日を深層展望することを希望する。 先ず、最近議論になっている韓国の戦時作戦統制権移管の再延期、および在韓米軍移転問題から探ってみよう。 主権国家としての安保と意識の対外依存があまりにも激しいからだ。


ブルース・カミングス(以下、カミングス):韓国の発展した産業と国力を考慮すれば、戦時作戦統制権の移管延期は理解できない。 在韓米軍の移転問題も同じだ。 ただし米軍の駐留自体は一般的現象と言える。 米国は第2次大戦後、多くの同盟国家に以前とは次元の異なる安保を提供し、冷戦を経て米国の影響力は一層拡大した。 これは歴史的に類例がない形態の安保依存だったが、(各国の)指導者はこのような構造から抜け出そうとはしなかった。 なぜなら、日本に米軍が仮にいなかったとすれば、実質的な大規模軍隊を持つとして東アジア安保の緊張を呼び起こしただろうし、ドイツでも同じことが起きただろう。 日本とドイツへの米軍駐留は、両国の真の‘過去克服’と‘戦後’を見えないものにした。


パク:冷戦時代、世界には二つの冷戦体制があった。 ヨーロッパには連合国が多者間合意を通じて構築したヤルタ体制があった一方で、東アジアには米国が単独で設定した一般命令1号体制があった。 そして、こちらでは戦犯国家日本の代わりに植民または半植民国家であった韓国、中国、東南アジアが分断された。 韓国戦争以後に続いたサンフランシスコ体制もやはり一般命令1号体制の変形された延長だった。 ヨーロッパのヤルタ体制は崩壊したが、東アジアのサンフランシスコ体制は今も続いている。


カミングス:二つの体制が構築されてドイツは分断された反面、日本は米国が単独占領して分断どころか‘安楽な平和’を与えられた。 ひどい歴史の不正義だった。 米国は日本の真珠湾襲撃と広島・長崎への原子爆弾投下をおあいこと見て幕を引いた。米国は当時、日本を完全に正さなければならないとは考えなかった。 731部隊生体実験のようなおぞましいこともきちんと整理しないまま埋めた。 これは朝鮮戦争とその戦後にも続く問題の種になった。 日本が戦争犯罪に対してどのような代価を払うべきかも、サンフランシスコ講和条約は適切に扱わなかった。 日本軍‘性奴隷’、強制徴用などについても何も要求できなくした。 この点がヨーロッパとは大きく違っていた。 そのうえ、西ドイツは戦争犯罪に対して贖罪するため多くの努力をした。


パク:そうだ。 戦後継続されたアメリカによる日本偏向、日本重視の政策が今日の東アジア葛藤問題の最も重要な原因だ。 ところで、中国革命、朝鮮戦争、ベトナム戦争など世界的な理念対決が、東アジアでは毎回熱戦として爆発したという要因も重要だった。事実、冷戦初期の東アジアは激烈な熱戦地帯だった。


カミングス:同意する。 共産主義と反共主義だけが重要だったその時期、過去の問題には割り込む余地がなかった。このような問題が議論されることを願わなかった韓国と台湾の独裁政権にも一定の責任がある。 戦後40年ほど続いた韓国と台湾の独裁体制が、1980年代末に崩れて実現した民主化は、冷戦の終息と時期的に一致した。 この時から日本に対する過去の問題に対する謝罪要求に火が点いた。


パク:‘日本問題’と呼べる東アジアの過去の問題は、未だ解決の兆しが見られない。 その代わりに、今日東アジアでは強力な民族主義が台頭している。 性奴隷、領土紛争、教科書論議、靖国神社参拝など過去の問題が深刻に拡大している反面、経済的には領域内国家がより一層接近するいわゆる‘アジア パラドックス’も議論されている。 しかし、実際には‘ヨーロッパ パラドックス’はアジアより一層激しかった。 キリスト教、自由、平等、議会民主主義、国際公法体制を発展させてきたヨーロッパでは、二回の残酷な世界大戦、人種主義、全体主義、ホロコーストを含む最もおぞましい反人道主義を露呈した経緯がある。


カミングス:戦争は全てをあからさまにさせる。第2次大戦時期に乱舞した極端主義と葛藤を、ヨーロッパの人々は二度と体験したくないと思った。 それが今日の平和と統合の土台になった。 東アジアで民族主義が台頭することになったのは、米国が日本には‘安楽な平和’を与えた反面、別の国家を分断させたためだ。 第2次大戦以後、韓国と日本に進出した米資本は、1970年代に入りニクソン行政府が関係を結び始めた中国にも踏み台を用意した。 このような形で経済関係が好転しても、安保、過去事、領土紛争などが未解決のまま残るのは予測可能なことだった。 今日、韓国も中国も日本も全てが強い国になった状態で、領土、民族、歴史など第2次大戦の遺産が問題になるのは驚くことではない。


パク:ところで中国の浮上以後、日本は再び米国の安保の傘に回帰して、東アジア国家らと葛藤を起こしている。 独島(ドクト)問題、尖閣/釣魚島問題、解釈改憲、集団自衛権の問題に見るように、長期的に日本要因はまた別の平和威嚇要素として迫ってくる。


カミングス:独裁を経験した人々は独裁を徹底的に嫌う。 必ずしも抵抗しないかもしれないが嫌う。 日本の人々は帝国主義日本が犯したことを嫌っている。 現在の安倍内閣の過去に対する態度もまた、日本の人々は好きでない。 私は安倍内閣について大きな心配はしていない。 日本国内の世論調査を見れば、憲法改正、核武装などに対して友好的でない。 安倍内閣が見せている傾向は危険だが、日本も民主化された国家であるから政治的に限界がある。


パク:では朝鮮半島問題を見よう。 歴史的に見れば、米国はかつて敵対したほとんどすべての国家と一世代以内に外交関係を回復してきた。 ロシア、ドイツ、日本はもちろん、中国、ベトナムともそうだった。 そして、その正常化を通じてアメリカは国益と領域内の安定を得た。 しかし、北朝鮮とは二世代を越えて敵対関係を持続している。 朝鮮半島問題の未解決も、実際は北朝鮮と米国の敵対関係の例外的長期持続から来ている側面が大きい。


カミングス:米国は北朝鮮と70年間、キューバとは50年余り敵対関係を維持している。 過去に米国が北朝鮮との関係を正常化できなかったのは、韓国が脆弱だったためだ。 韓国経済が高度成長を謳歌している時も、米国は北朝鮮による韓国への侵略を憂慮していた。 1990年代後半、北朝鮮経済が崩壊してしまってからはそのような考えを捨てたが、その時は北朝鮮の核開発のせいで関係正常化が難しかった。 クリントン政権時代、相互訪問で生まれた絶好の機会をのがした。 以後、北朝鮮を‘悪の枢軸’と規定したブッシュ政権は言うまでもなく、オバマ政府も事実上核保有国になろうとしている北朝鮮との距離を狭められずにいる。 これまで北朝鮮と米国は関係正常化ができない理由が常にあった。


パク:北朝鮮-米国関係の正常化と韓半島統一は、世界および東アジアで第2次大戦の遺産と冷戦の残滓を終息させる最終契機になるだろう。 それだけに世界史的意味を持っている。 過去には米国が‘ソ連封鎖-日本偏向’のために韓国を分断させたとすれば、現在は‘中国牽制-日本重視’のために再び北朝鮮カードを使おうとしているのか?


カミングス:米国が中国を一層牽制しようとしたならば、北朝鮮とすでに関係を結んでいただろう。 北朝鮮と中国の関係は史上最悪の緊張状況であるから、論理的には米国が中国牽制のために十分に選びそうな選択肢だ。 北朝鮮もこのような状況をよく理解しているため、対米関係の正常化を通じて米国と中国の間で綱渡りすることが、ロシアと中国を相手にゲームをするより理想的だと判断したのだろう。 だが、米国には北朝鮮の政治的立脚点がない。 米国のいかなる勢力も北朝鮮との関係正常化を促したり圧迫したりはしない。 もちろん経済的関係が1970年代以来ねばっこくなった中国はそうではない。


パク:米国は中国との関係正常化を通じて中国の改革・開放を促進し世界市場に入って来させたし、それは結局ソ連の崩壊、社会主義の没落、冷戦の解体につながった。 ところで、このような世界的構造変動を招いた得策を北朝鮮に対してはなぜ試みないのだろうか? これは十分に合理的な質問だ。

 

カミングス:中国の改革・開放と対米関係正常化はほとんど同時になされた。 以後、米中関係の勝者は米国だった。 中国の人々は世界経済に飛び込んで金を稼ぎたがったし、中国の若い世代は米国に憧れて留学したがった。 中国は民主化デモや言論の自由の要求ような望まざる開放の結果にも直面することになった。 結局、中国を孤立から引き出したことは、米国から見れば‘神の一手’だった。 中国の変化は途方もなく、今後10~20年後には韓国や台湾のように民主化がなされると見る。 反面、米国の変化は、事業家が中国で金を稼ぐようになった程度だ。 そのような歴史的経験に照らしてみれば、北朝鮮-米国関係正常化をするにしても、究極的に変わるのは北朝鮮だということを米国は知っている。


パク:米国は北朝鮮の核保有を口実に関係正常化に消極的だ。 しかし北朝鮮が核保有国家になる最悪の状況よりは、核保有を阻止するためにでも北朝鮮と米国関係の正常化カードを使う方がはるかに良いと見ている。 北核と朝鮮半島の平和?統一は両立し難いためだ。


カミングス:中国も核を保有したままで米国と関係正常化した。 1964年中国の初めての核実験は米国にとって大きな脅威だったが、むしろ関係正常化を通じて中国の核は米国の核と相互に抑止力として作用することになった。 米中間にはいかなる戦争も起きえなくなったのだ。 北朝鮮の核も同様に安全装置だと見なければならない。 もし米国が核保有国である北朝鮮と関係正常化するならば、彼らの核は完全に米国の核によって抑止されるだろう。 おもしろいのは、ワシントンでは北朝鮮が崩壊すれば米海兵隊が北朝鮮に浸透し、武器システムを掌握しなければならないという主張が出ている。 なぜだろうか? テロ集団が核を保有しかねないからだと言い訳しているが、東アジアにそのような力量を持つテロ集団は存在しない。 彼らは韓国が核を保有することを容認したくないからだ。 もし北朝鮮が崩壊して統一されれば統一韓国が核保有国になるためだ。


パク:一つ逆説を検討する必要がありそうだ。 金泳三、金大中、盧武鉉政権が北朝鮮の実質的な‘非核化’を推進した一方で、李明博や朴槿恵政権は米国の‘非拡散’グループの路線に従って積極的な北朝鮮非核化努力は何もしなかった。北朝鮮の核問題に関する限り最近の米国は、ホワイトハウス-国務部-駐韓大使館が‘北核不認定-非核化’路線を好むグループだとすれば、CIA-国防総省-軍部-軍産複合体は‘北核認定-非拡散’政策を追求している。後者は北核を理由にして韓国や東アジア諸国から莫大な武器販売利益を得ている。 韓国の保守政権が彼らに従って北朝鮮非核化を積極的に主導する役割を放棄しているのは驚くべきことだ。 北朝鮮の非核化を最も積極的に主導しなければならない当事者は韓国だからだ。


カミングス:金大中・盧武鉉元大統領は、対北朝鮮関係で相当な進展を見たし、長期的な和解を通じて統一を追求した。 その方式が北朝鮮に接近して成果を得る唯一の方式だと思う。 しかし、李明博・朴槿恵政権は右派既得権政権の帰還だ。 彼らは北朝鮮に対して‘武力接収’または‘崩壊放置’以外には別の路線を試みたことが殆どないが、その間何の成果も得られなかった。 その間に北朝鮮は核とミサイルを増強したのみだ。


パク・ミョンニム教授
アメリカの日本重視政策は‘冷戦の遺産’
日本は米国の安保の傘への回帰後
解釈改憲など平和を威嚇する要素に
中国は経済成長後にも一党統治
民主主義に至る経路に対する例外か、別モデルかの別れ目


  パク・ミョンニム延世大教授


パク:金日成、金正日体制と比較した時、金正恩体制は突然登場した側面がある。直ちに危機が来ることはないが、金日成執権初期のソ連軍、金正日執権初期の金日成のような後援者もいない。 若い金正恩が、孤立して崩壊した経済体制を率いて国家生存、経済回復、北核、統一問題を扱えるかは疑問だ。


カミングス:能力についてはもう少し見守らなければならないが、体制自体が不安だとは考えない。 永らく北朝鮮崩壊論が取りざたされたが、北朝鮮は依然として崩壊していない。 だが、今後は体制と人権問題に関する圧力はますます高まるだろう。 国連が北朝鮮の指導者を国際司法裁判所(ICJ)に回付する事も起きうるし、金正恩がその名簿に入ることもありうる。 北朝鮮はそれを侮辱と受け止めて反発している。 北朝鮮を孤立させようとする努力はあるが、それほど不安ではないと考える。


パク:では中国について検討しよう。朝鮮半島問題に関する限り、中国の役割はますます重要になっている。 韓国と中国は最近経済を越えて安保面でも接近する雰囲気だ。 同盟関係である北朝鮮-中国は以前と同じではない。 朴槿恵と習近平はすでに何回も会っているが、金正恩と習近平はまだ一度も会っていない。 現在中国は、韓国と北朝鮮の一番の貿易相手国で、北朝鮮にとっては唯一の同盟国家だ。米国が韓米同盟と北米敵対という二重構図を通じて韓国だけに影響力を行使している間に、中国は南北双方に莫大な影響力を行使している。


カミングス:中国は1992年に韓国と修交し、ソウルと平壌に同時に影響力を発揮している。 米国も韓中修交に合わせてクロス承認しようとする構想があったが実現しなかった。 結局、北朝鮮に対しては消極的な影響力だけを持つことになっただけだ。 中国はとても賢く、韓国に対しても友好的な関係を形成した。 中国との関係を維持する以外に当然な選択肢がない北朝鮮に対しては、中国は叱咤し批判しながらも北朝鮮-中国関係自体は傷つけなかった。 そして韓国と北朝鮮に対して同時に大きな影響力を持つようになった。 米国は中国のこのような朝鮮半島政策を見習って、北朝鮮と米国関係の改善に乗り出さなければならない。 朝鮮半島問題に関する限り、最大の影響力はまだ中国ではなく依然として米国が持っている。


パク:過去70年間、東アジアだけでなく世界的にも最も重要な変化は中国の急浮上だった。 その過程で4回の‘チャイナ ショック’があった。 朝鮮戦争への参戦、米国との関係正常化、日本との国内総生産(GDP)逆転(2010年)、米国とのG2時代開幕などだ。


カミングス:もう一つのチャイナ ショックを加える必要がありそうだ。 中華人民共和国の成立だ。 中国は1949年に革命と統一を通じて得た強力な国力を基盤に朝鮮戦争に参戦し、米国との膠着局面を成し遂げ、第3世界に対する影響力も拡大した。 19世紀中葉、阿片戦争以後に軽んじられてきた中国が1949年を契機に復活した。 現在の浮上はその時に比べれば小さなものだ。 この頃は経済規模が大きくなったと言っても、1人当りGDPはアフリカ水準だ。 年間GDP順位も米国が約16兆ドル、中国は9.2兆ドルで、次いで米国の同盟国である日本(4.9兆)、ドイツ(3.6兆)、フランスと英国(各2.5兆)の順だ。中国は経済規模の大きい同盟国がなく、技術力や金融システムも西側に至らない。


パク:アメリカの現実主義者が中国脅威論、米中衝突論を言うのとは異なる診断だ。


カミングス:中国に対して心配することは、経済大国として成長することではなく、領土紛争などに見られる気まぐれな態度だ。 中国は自ら経済大国だと言いながら、皆が中国と良い関係を結びたがっていると自慢している。 だが、一方では南シナ海の食卓ほどの‘島’に砂袋を積んで軍隊を駐留させようとしている。 米国がこのような形で行動して安保不安を表わすことは想像もできない。 中国の安保は最近の香港デモに見られるように国内でも不安だ。 中国は民主化されるまでは米国、日本、ヨーロッパを威嚇できないだろう。 この頃、習近平主席が孔子の言葉を引用し始めたが、毛沢東は「中国共産党から孔子を引用する指導者が出てくるならば、その人物が共産党の最後の指導者になるだろう」と警告したことがある。


パク:それでは中国脅威論は米-日の保守勢力による誇張なのか? 経済と統一問題を含めて韓国の立場では中国の浮上は非常にくっきりと迫っている。


カミングス:1945年から1980年代まで韓国が中国を心配しなければならない唯一のことは朝鮮戦争への参戦だけだった。 80年代以後、中国は産業面で韓国の競争者であり同盟になったが、中国が浮上するとは言っても即座に米国に代わったり圧倒することにはならない。 GDP成長や大規模観光客のようなものに韓国は脅威を感じるだろうが、80年代の米国も日本から全く同じ目にあった。 その時は日本が21世紀に新たな強大国になるだろうと言っていた。 そうするうちにバブルがはじけた日本は、今でも世界3位の経済大国ではあるが他の国を威嚇してはいない。


パク:民主化が重要だという診断に全面的に同意する。中国が経済成長以後、孔子や儒教を持ち出すのは時代錯誤的な逆進であり、自分たちの近代化と国家建設、改革開放に対する正面否定だ。 問題は民主主義だと見る。 近代以後の経済発展に伴う市民革命、普通選挙、複数政党制、議会体制は避けられない経路であった。 中国が経済成長以後にも一党統治を持続できるだろうか? 中国の実験は、民主主義の経路に対する‘例外’と‘また別のモデル’の間の重大な別れ目と見える。


カミングス:韓国と台湾が良い例になるだろう。 二つの国は70年間のうち40年は独裁の中で経済が大きく成長した後、ほとんど同じ時期に民主化要求が噴出して直選制を成し遂げた。 中国もこういう軌道に乗っていると見る。 違いがあるとすれば、1949年の革命で形成され8500万人のエリート党員を擁する中国共産党が簡単には解体されないという点だ。 だが、共産党指導者の誰も、今は思想的に共産主義を信奉してはいない。 単に香港デモのような反政府的な動きを押さえなければならないという途方もない圧迫を受けているだけだ。


パク:そろそろ対談をまとめなければならないようだ。私たちは西欧のオリエンタリズムを批判しているが、人権、自由、平等、福祉、民主主義、和解、平和などの価値と関連して今日東アジアが世界と分かち合えるものは殆どない。 東アジアの市民として常に恥ずかしく思うし、今後しなければならない仕事が本当に多いと感じている。特定の分野の技術、商品、産業、物質の発展を除けば、戦後70年間に東アジアが果たして何を成し遂げたのか深く反省せざるをえない。


カミングス:その点で韓国の国民は自負しても良いと考える。 あなた方は東アジアと世界で最も熾烈に民主化運動を展開したし、世界的な達成も見せてくれた。 自分たちの過去事を巡る真実と和解の努力も非常に積極的だった。 戦争をした北朝鮮との平和と共存努力でもそう言える。


整理:キム・ウェヒョン記者 写真 タク・キヒョン先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
 

http://www.hani.co.kr/arti/politics/diplomacy/661886.html
韓国語原文入力:2014/10/29 08:30
訳J.S(8917字)

 

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