そのまま「風の散歩道」をまっすぐ進み、「井心亭」と、案内板に書かれた方向へ。
現在、井心亭という建物(註:茶会などが開かれてるようです)のある場所の向かい側。
そこに、太宰治がかつて住んでいた家があったのです(註:現在は建て替えられて個人宅になっています)。
「このごろ、ときどき雑誌社の人や、新聞社の人が、私の様子を見舞いに来る。私の家は三鷹の奥の、ずっと奥の、畑の中に在るのであるが、ほとんど一日がかりで私の陋屋を捜しまわり、やあ、ずいぶん遠いのですね、と汗を拭きながら訪ねて来る。」
(『鷗』より)
と、作品中で語られているとおり、駅からはかなりの距離(さすがに一日がかりってのは大げさだけど)。
今は道も舗装されているし、住宅も増えているからいいようなものの、当時は不便な場所だったんだろうなぁ…。
そりゃあ、駅に近い場所に仕事場が欲しくなる…ってなもんです(呑み屋街も近かっただろうし)。
さて、この井心亭の庭には一本の百日紅の木が植えてあります。
この木は何なのかというと…
旧:太宰宅の庭に植えられていた百日紅の木。
それを移植したもの…とのこと。
ちなみに作品中では…
夫は、リュックを脊負い靴をはいて、玄関の式台に腰をおろし、とてもいらいらしているように顔をしかめながら、雨のやむのを待ち、ふいと一言、
「さるすべりは、これは、一年置きに咲くものかしら」
と呟きました。
玄関の前の百日紅は、ことしは花が咲きませんでした。
「そうなんでしょうね」
私もぼんやり答えました。
それが、夫と交した最後の夫婦らしい親しい会話でございました。
(『おさん』より)
…とこんな具合に登場しています。
何だか切ない場面です……。
太宰の旧家も、旧仕事場も無くなってしまっているけれど、この木は当時のまま残されているのです。
そう思うと、何とも感慨深いものです。