「えっ? 何よ 貴女、先生にアメリカ迄 行かせて貰ったの? で、ここに在るグッズを み〜んな 彼氏と一緒に選んで来たって訳?」
と、美代子が驚いた表情で 立ち上がりながら尋ねると それに対し、
「ええ、そうですよ〜。 費用も全~部、先生持ちで〜。」
と、まるで屈託の無い笑顔で答える明美。
「んまぁ〜! 先生。 それって、一寸 甘やかし過ぎなんじゃ無い?」
と、いきり立つ美代子。 子供の頃から 映画道楽だった父親に連れられて、数知れない映画を観て育ってきた彼女は、そんな中でも アメリカの底抜けに華やかなミュージカル映画や、開拓者精神溢れる西部劇に、特に強い感銘を受けて来た。 それでいつしか、アメリカという国そのものに憧れの念を抱き続け、育って来たと言える。 そして、大人になり 宝飾の仕事で果たした成功。 そこで手に入れた富により、世界中を旅行して回る事が出来るようになったのだ。 そんな中、やはり世界中のどの国よりも アメリカが好きで 何度となく足を運んだ。 しかし 自分が経験して来たのは、あくまでも観光旅行であり、言うなれば上辺だけの観光客向けのアメリカである。 そんな思いが、瞬時に心の中で交錯してしまったのだ。 それで、今の明美に対する強い嫉妬 という形で表れて、その矛先を向けた扶美子に対してつい、声を荒げてしまったのだろう。 しかし、
「え? そうですか?」
と、キョトン としている芙美子の言葉と姿に、完全に肩透かしを喰らってしまい、
{ だめだこりゃ。 この人に何を言っても… }
と、諦め顔で 心の中で呟き、つい失笑してしまう。 そして、そんな事にムキになって いきり立っていた自分自身が滑稽に思えてしまうのであった。 そうやって、心を和ませて 表情を和らげる事が出来た美代子。
この、上手く場を治めた芙美子の対応は、天然の賜物なのか? それとも計算し尽くされた物なのか? それは本人だけにしか分からない謎である。
「では 最後の最後に、特別に こちらへ。」
と、すました顔で芙美子が 美代子を促して歩き出し、ウエスタン・ワールド奥に在る バックシャンプー式の白いシャンプー台の脇を通り過ぎた。 そして 古びた羽目板の壁から又、元の白い壁紙に戻る部分に迄、差し掛かる。
…そう、このウエスタン・ワールドには専用のシャンプー台迄 備えてあるのだ。 それはまるで明美の為に、あたかも一軒の独立した美容室が与えられているようだとも言える。
只、実は 芙美子とマリ店長による 当初の計画では違っていた。 それは元々、夏樹を除く 現在居る4人のスタッフのうち、マリ店長と良子が黒いバックシャンプー台を使い、芙美子と明美が白いスタンダードのシャンプー台を使う予定だったからだ。
それが、次のプランの段階で 明美の席を独立空間にする事が決まった。 下半分が空いているとはいえ スイングドアーで仕切って、それ以外の部分は板壁という形でだ。 しかしそうなると、明美のお客様にシャンプーの度、扉越しに移動していただく事になってしまう。 流石に それでは 大変で、あんまりであろうとの判断で、結果[A席]にも専用のシャンプー台を設置する事にしたのだ。 しかも、若人向けにバックシャンプー式の台が導入される事になったのである。
そしてそれは、使う明美にとっても 大きなメリットになる。 まず、バックシャンプー式だと お客様とワイワイ おしゃべりしながらシャンプーが出来る。 しかも、自分も腰が痛くならなくて済むので 願ったり叶ったり という訳なのだ…
「本来は スタッフオンリーで、決して お客様にお入りいただく場所では無いんですけれど…」
と、芙美子が説明する通り 美代子の目の前に開けた、その広々としたスペースは、先程からマリ店長が 道具の出し入れの為、忙しく何度も出入りしていたメインの用具室だったのだ。[A席]からも 他の3つの席からも、間仕切り無しで直接行き来が出来るような造りになっていたのである。
規模は数倍ではあるが、基本的に逆サイドのサブ用具室と同様の造作である。 壁の、丁度胸位の高さから上に造り付けられた真っ白の収納扉。 その中には、各種の液剤や様々な小物類が収められている。 そして、収納下部に在る胸の高さのバー。 そこに ズラリと並んで架けられた、色取りどりのパーマクロス、カラーリングクロスやカットクロス。 こちらのクロス類は、サブ用具室に架かっているような、上品な抑えられた色調とは明らかに違う。 華やかで派手な色合いの、明るいピンクやパープル、そして真っ赤や鮮やかなイエロー、オレンジ色等も混じっている。 それら各々の色目が、カット用のサラリとしたナイロン素材タイプと、光沢のあるヌメッとした防水生地の塩化ビニール製パーマ用とが取り揃えてある為、かなりヴォリュームある枚数となっているのだ。 それと特筆すべきは、女性らしさ満点の花柄クロスの種類の豊富さだろう。 流石は、女性専用美容室である。 そんな、かなりカラフルな様相は、正に 壮観という感じだ。
そう… こういった、クロスの色目の違いこそが、用具室を[R席]と分けた、最大の理由なのだ。 勿論、店が広い為に起こる マリ店長の負担を軽減する為という物理的な事も、重要な理由の一つだが…。
それと、現在その フロアー上には マリ店長と明美用のワゴンに、キャスター式のフード・ドライヤーが1台。 そして、遠赤促進器2種類に ミストブロー器1台が 整然と置かれている。 芙美子用のワゴンと もう1台のミストブロー器は、先程 マリ店長によって既に [F席]に運び出されている。
「うわぁ〜、凄い! こんなの初めて見たわ。」
と、まるで 美容材料店のショールームであるかの如く美容用具で溢れかえった様子に、度肝を抜かれた 美代子。 いや、ここ迄 ズラリと50枚以上も架けられたクロス類に関しては、下手な材料屋以上の規模なので、もし? 美容業界関係者が見たならば、もっと驚くのかもしれない。
では何故、こんなにも多くのクロスが用意されているのだろうか? その訳は、芙美子の強いこだわりによるものである。 1枚のクロスを、一人のお客様に使用したら、それをそのまま次のお客様に使う事は決して許されないのだ。
1度使用されたクロスは必ず洗濯をする、というこの店独自の厳格なルールがあり、それで必然的に これだけの数が必要になるのだ。 実際に お客様によっては、香りのキツイ香水をタップリ使用されている方も多く、その匂いがどうしてもクロスに移ってしまう事があるからだ。 それがもし、次のお客様にとって苦手な匂いだった場合、その方の大きなストレスの原因となってしまう。 それでは、大変失礼な事になってしまうから、という訳なのである。
「さあ! これで店内を 一通りご覧に入れましたので、お席の方へ ご案内いたしますわ。」
と、芙美子が声を掛け 美代子と二人で歩き始めた。 今度は、用具室から店内に戻る際に 先程のウエスタン・ワールドの方からでは無く、マリ店長が行き来していた通路の方を通って、直接 [N席][F席][M席]の方に向かって行く。
美代子には ここ迄しか案内しなかったが、実は メイン用具室の一番奥には ひっそりと白い大きなドアーがある。 で、その向こう側には何と部屋中が常に乾燥状態になっている、という乾燥室が在るのだ。
これ又、芙美子流のこだわりの一つである。お客様の肌に直接触れ、お顔(鼻)に近い所で使用するタオルやクロス類。 中でも特に、直接 水に濡れるシャンプークロスが、常にベストコンディションで使用出来るようにする為の設備なのだ。 例えどんなに天候が悪く 湿気が多い日でも、常にカラッとした状態が保てるように、との配慮で設けられたのである。
美容室のお客様というのは、髪の手入れの為だけでは無く、心のリフレッシュをも求めて ご来店になる方が殆んどと言える。 その大切なお客様がシャンプー台に案内されて、首元にシャンプークロスが掛けられた瞬間。 その時にもし? 梅雨時の 生乾きの雨ガッパみたいな 嫌な臭いが、ほんの少しでもしたならば どうであろう。 リフレッシュどころでは無い不快感、嫌悪感が湧いて 興醒めもいい所である。 だからこの、芙美子の美容室に於いて、決してそのような失態が起こらないようにする為の、最低限必要な心配りなのである。
実際に、洗濯後の脱水まで済んだタオルならば、ほんの1~2時間も干しておけば カラッカラに乾いてしまう。 ましてや ナイロン地のクロス類だと、あっと言う間だ。 勿論、光熱費は それだけ余分にかかる事にはなる。しかし、そんな経費の問題よりも、お客様の満足度を第一に優先すべきという、芙美子の強いこだわりの現れなのだ。 そんな純粋な思いで用意された部屋中乾燥機という施設は、しかも24時間365日フル稼働である。 他の誰が、こんなスケールの大きい前代未聞の特殊な部屋を思い付くであろうか?
日々店で使われた タオルやキャップ、クロス類が 洗濯された後、ここで充分に乾燥させられそれから、順次 用具室に移動 という流れになっているのだ。
ところで、美容用具を用具室から各々の席へセットアップするのは、ジェネラル・マネージャーとしての マリ店長の大事な仕事の一つである。 ところが彼女は、それに付随した下準備である タオルやクロス等の洗濯から乾燥、そしてそれらを畳んで用具室の所定の場所に片付ける事迄の全てを、毎日 一人でこなしているのだ。 そう… ふみこ美容室の頃から、全責任を持って。
… もっとも、当時は 部屋ごと乾燥室では無かったので、コインランドリーで使用されている業務用乾燥機を使っていた。 普通の美容室だと乾燥機は無しか、あっても家庭用の電気式であろう。 それが、ふみこ美容室の場合は、前述した芙美子の強いこだわりにより 大型ガス式の業務用が、しかも2台も据えてあったのだ。…
一般的に考えて、通常は新米の仕事にさせられそうな雑務を、決して若い明美に押し付けたりする事などせずにだ。 これは、マリ店長の強いこだわりであり、美容用具への愛情でもある。 そして又 リーダーとしての、彼女流の後輩指導の役割も 同時に果たしている。 何故ならば、店長として上に立つ人間が他人の嫌がる下働きのような作業を 率先してやる事によって、下の者達は 自然と動きが良くなって来るものなのだ。それで 芙美子を中心としたマリ店長、良子、そして明美の、素晴らしい結束・チームワークが育まれ、何処にも負けない美容室となっている訳だ。
ところで 今回の、部屋中が丸々 乾燥機という設備に対してマリ店長は、
{ これじゃあ全く、タオルやクロスには良くっても、私の お肌の潤いも奪われてしまって、干物にさせられちゃうわ!}
といった不安な思いも、正直言って 隠せないのだが、
{ まあ… その分、今迄以上にテキパキと行動すれば良いって事よね。}
と、逆に プラス思考でファイト満々に闘志を燃やすのであった。 実際に今朝も、開店初日ではあるが、既に 昨日迄営業していた ふみこ美容室で使用した分が、沢山干してある。
カラフルなタオルやクロス、そして ビニールキャップ類が、とても華やかな風景で。
《 元気印の明美と 別世界… 》
芙美子と美代子は[R席]を出て、今度は先程の逆に 黒いバックシャンプー台から[M席][F席][N席]の前を通り過ぎる。 そして、逆サイドの白いボウルと椅子のスタンダードなシャンプー台の所までやって来た。 そこで、その先に在る明美の[A席]を目の当たりにして 美代子が 思わず、
「えっ!」
と絶句してしまう程、この一角は 又、これ迄の席とは 全く、趣きが違う造りになっているのだ。
芙美子が、少女のように おどけて、
「ようこそ! 明美のウエスタン・ワールドへ。」
と、わざとらしくポーズを取りながら 手招きしてみせたが、その通り ここは まるで西部劇の舞台のような 夢の別世界なのだ。 先程の白いシャンプー台横の白い壁紙がまず、古びた納屋のような木材の 羽目板造りに変わる。 そしてその先に [ SALOON ] と、描かれた 古びたサインボードが掲げられた入り口。 そこに スイングドアーと呼ばれる、まるで西部の町に在る酒場のような 扉が付いている。 あの独特な、パターン と両側に開く 足元の空いた古い木製扉だ。 その為に、他からは独立した かなり異質な空間となっているのだ。
美代子が、
「へえ〜…」
と、感心しながら 両手で そのスイングドアーを、左右に分けるように押し開いて中に入ってみると、
「 Welcome!」
と、明るく 元気な声で出迎えたのは、ここ ウエスタン・ワールドの主、栗原 明美である。
先程、芙美子の言いつけで、いただき物の花を待合いスペースのテーブルに綺麗に飾り付け終えて、その後 ここに戻って来ていたのだ。
二人組みのミュージシャン・パ●ィーの、吉● 由美に そっくりで、大きなキラキラした瞳が印象的な29歳の、バリバリ元気印の娘だ。クルンクルン のスパイラルにパーマをかけた、明るいブラウンのロングヘアー。 それに カウボーイハットがトレードマークの、本場テキサス娘も顔負けな、カウガール・スタイルのファッションがご自慢だ。
今日は、特に開店祝いの お祭り気分を盛り上げる為、真っ赤なハットに真っ赤な口紅を合わせている。 そして、胸元に赤い薔薇の刺繍が入った黒いウエスタンシャツに、真っ赤なブーツカットのジーンズを履いて、足元は赤く染められた蛇革のウエスタンブーツ という、出で立ちだ。 更に、忘れてはならないのが 大きなシルバー製のロデオバックル。 それらの、かなり特殊で個性的な物達の全てが見事に調和していて、彼女の派手な顔立ちにシッカリ と良く似合っている。 そう… 不思議と 全く違和感が無いのである。 これこそが正に、板に付いた着こなし という事なのだろう。
そして、最近の美容業界で流行の 腰に下げるタイプのシザーケース。 これも ウエスタン・フリークの明美らしいこだわりで、日本でも有数の 著名なレザークラフト職人に わざわざ別注で造って貰っているのだ。 それはそれは見事な、ウエスタン調の唐草模様を施した 本物のガンベルト型の芸術品である。
「うわぁ〜、素敵! ここ、まるで西部劇の世界みたいだわ。」
と、美代子が賞賛の言葉を 興奮気味に発すると 明美が、
「ありがとうございま〜す、古賀様。 それでは、先生に代わって 私が、このウエスタン・ワールドの ご案内を致しま〜す。」
と、まるで トレードショーか、モーターショーのコンパニオンのように ポーズを取りながら嬉しそうに説明を始めた。
「まず、ご覧になって お分かりの通り、ここは西部の町で〜す。」
と、周りのウエスタン的な数々の調度品を指し示し、
「そして この椅子、なかなか良いでしょう?」
と、先程のガンベルト型 シザーケースと同じ ウエスタン調・唐草模様の細工が見事な セット椅子の背を撫でながら、
「このケースと同じクラフターの方に造っていただいたんですよ〜! 見てくださ〜い、私のイニシャルの [A]も、革製なんですから〜。」
と、説明を続ける。
そう、この[A席]を含む 店内全てのセット椅子の革張りを、明美のツテで同じレザークラフト職人に依頼していたのだ。 しかも、他の4脚は 全てシンプルな無地なのに対して、この明美の席だけが特別に、最上級の 凝りに凝った ウエスタン・スタイルの唐草模様細工を施して貰っているのだ。それと、
「この鏡の周りも、同じレザークラフトで統一してあるんで〜す。」
と、自慢気に 明美が言う通り、鏡周りにも それはそれは見事な、大胆な図柄ながらも緻密で繊細なウエスタン式・唐草模様の革細工が施してある。 又、とりわけ その上部に 鏡の幅よりも左右に グッ と張り出すように取り付けられた、全幅で2mは在る テキサス・ロングホーン種の牛の角は圧巻だ。 本当に、目の前に迫って来る感じで 凄い迫力である。
そして 鏡の下に張り出した棚も、周りの壁と同じ 古びた木材(バーンウッドと呼ばれる、実際に アメリカの田舎の納屋で何十年も風雨に晒されていた解体木材)が使われていて、独特な とても良い雰囲気を醸し出している。又、その棚のサイドに付いた 本物の馬の蹄鉄を曲げたフックには、若い明美らしい 真っ赤なハンド・ドライヤーが架けられているのだ。
「そしてここが、順番を待っている人達の為のソファーで〜す。 何と、本物の牛の皮ですよ〜! 脚も全~部 本当の角なんですから〜。」
と、明美が指差した 待合いの、4人は楽々 座れそうな大型のソファーが 又、凄い迫力だ。 彼女が言う通り、白黒のブチ模様そのまんまの一頭分丸々の牛毛皮張りのシート。 そしてその、4本の脚は 程好く曲がった牛角その物で、両側の手摺り部分迄もが 同じ角で出来ている。 そんな、まるでテキサスの 石油成金の大邸宅にでも在りそうな、超豪華な代物なのだ。 この度肝を抜くようなソファーや、先程の 鏡上のロングホーン。 それらは、その他の ここに在る全ての西部的な調度品と共に 普段、中古家具・雑貨商としてアメリカから直輸入をしている明美の彼氏によってコーディネートされた本場の、本物中の本物なのだ。
「どうぞ、試しに ここに お座りになってみて下さいな。」
と芙美子に促され、この超豪華な大迫力の キワモノソファーに腰掛けてみた美代子は、
「うわぁ〜、凄い! な… 何て滑らかな毛並みなの! まるで身体に吸い付くような感触で、座り心地、最高だわぁ〜。」
と、ご満悦の様子である。 その美代子に対し、
「これ、彼氏と一緒に アメリカに行った時、私が見つけたんです〜。 で、もう絶対に これが良い〜! これしか無い〜!って選んで来た物なんですよ〜。」
と、興奮気味に たたみ掛ける明美。
…そう、元々この広々とした建物は [ふえちマーケット] という、地域密着型の小型スーパーだった場所である。 それを 美容室として改装するにあたって 約1年前、芙美子とマリ店長が プランを練り始めた時に話を戻そう。
まず最初の段階で、店の重要なコンセプトの1つである マンツーマン方式のイメージ造りと、その定着・固定化についての検討がなされた。 その時に、芙美子も含めた4人(夏樹も入れれば5人)のスタッフ全員が、各々接客・施術に使用するセット椅子を 1つずつ専有する、というアイディアが生まれたのだ。
そうする事によって 顧客の皆様が、指名替えをしない限りは、ご来店の度に 常に決まった椅子に お座りいただく事になる。それで[私の行きつけの美容室。 そして、私だけの席。] という感覚をより強く感じていただけるはずと考えられたのだ。 そこで 折角ならば それらの席を椅子の色から、鏡周りから、備品まで、それこそ各々の お城としてトータルに 思いっきり 個性を際立たせるような造りにしよう、という事になった。 それでそのまま、どんどん各席のイメージが固まって、具体的になっていったのだ。
そして今度は、各々 個性も客層も違う、4人のスタッフの固定席を どのように配置したら良いのか。 それと、只単に個性的でバラバラなだけでは全く意味がないので、それをどう共存させ、統一性を持たせて 1つの[サロン・ド・F(エフ)] という集合体として造り上げていくのか。 それこそ毎夜の如く、芙美子とマリ店長が 膝をつき合わせながら討論を重ねていったのだ。
そんな中で、まず最初に考えられた重要な問題。 それは 良子のお客様は、この美容室でいつも静かにリラックスして心の底から癒されたい、と望んで居られるという事。 それに相反して、片や 女子中高生や若くて元気なキャピキャピの娘達が多い 明美の客層。 これらが、丸っきり正反対で両極端なのは、誰の目にも明らかである。 なので、この2席だけは絶対に離すべきだとの結論が、当然導き出される訳だ。 それで先ず、この相反する二人の席を両側の端に、各々配置する。 そして、その間に芙美子とマリ店長の席+夏樹の予備席を挟む。 更に、その3席の両側に2つのシャンプー台があるので[R席]と[A席]を、より離す事が出来る。
只、良子の[R席]の方はまだ観葉植物で仕切る位の、全く独立はしていない空間でも良い。 しかし、明美の[A席]に関しては、そう簡単にはいかない。 完全予約制のマンツーマン方式ではあっても、何人かで連れ立って来店するという女学生特有の習性。 そうして、皆でワイワイ盛り上がって おしゃべりする という特徴。 それらを考慮すると、笑い声や大きな歓声が 他の お客様、特に[R席]まで届かないようにする必要が生じる。
そこで、待合いスペース迄を含めたクローズドタイプにする必要があるだろう、という事でこの形に落ち着いた訳である。 そう、防音の為に壁まで在る、独立空間として。 只、それは同時に諸刃の刃であって、それで本当に同じ店内だと言えるのか? という一抹の不安はあった。
そして今度は、まずは良子を交えて話し合いをする事によって、あの まるで森林浴のような 緑の植物に囲まれたリラックス空間[R席]の基本設計が固まった。 次に 明美の意見も聞いてみると、常々 カウボーイハットをトレードマークとして 店内でも被っている彼女らしい希望が出た。 折角なら是非、大好きなウエスタンの世界を そこに再現してみたいというのだ。 それだったら、西部の町にある酒場みたいな構えにすれば 両側に開く、あの独特の扉を設置する事によって、上手い具合に半分独立的な繋がり感のある空間造りが、実現出来るではないか。
これで、芙美子とマリ店長が 最も心配していた、クローズドタイプによる弊害の心配が消え去った。 同じ店の中でありながらも 繋がりを完全に絶つ、という形にはならないからだ。 完全独立空間にする事による疎外感が無くなる、この一挙両得のアイディアに、それこそ それ迄の悩み・産みの苦しみも、嘘のように一気に吹き飛んだ訳だ。それで、芙美子とマリは飛び上がって歓喜の声を上げた。 明美を間に挟んだ状態で 抱き合い、喜びを表現し合ったのである。
さて、そうなるともう そこからはトントン拍子に話は進んだ。 どうせやるんだったら徹底して個性的に、本物志向で強いこだわりを持った店造りにしようと、意気投合したのだ。 それで まず、普段から毎月のように アメリカへ商品の買い付けに行っている、明美の彼氏に相談を持ち掛けた。 そして、一緒に連れて行って貰うのに充分な日数を 明美に休暇を取らせ、本場のウエスタン的な内装材を調達せよ、との特命が出されたのだ。 それこそ 自分が店を一軒持つんだ、という位の責任と気構えで、彼氏と二人で納得のいく、本場の正真正銘本物の内装造りの為の材料・調度品を揃えるようにと。 そして、約2週間程の仕入れ旅行が敢行された、その結果なのだ…