<<その5>>
TDEのニュートラルな質が影響していると思うんですけど、自分でいろいろ応用できる点も特筆ですね。本のために取材させていただいた前本会長とか、ヒーラーさん、実際の会員さんの話を伺っても、ご自分なりに設定を作られて、それに応じた形で使っている方が多いようです。これは他のところでは聞いたことがない。例えばあるエネルギーの伝授を受け、「自分でいろいろなことやってみました」という話は聞くのですが、それを下手にやると亜流になってしまって、本来持っているエネルギーの良さが歪んでしまう場合があるんですね。あくまでTDEとしてのニュートラルな透明なエネルギーでありながら、自分なりの使い方が出来る、自分流のコーディネートが楽しめるということで、汎用性が広いと思いました。 それはまさに、「これからの時代に私たちが望んでいるエネルギーの在り方」じゃないかなぁと感心した次第です。
TDEを真面目な理系男と最初にいった通り、実用性にとても優れています。世間一般のスピリチュアルな世界では実用性がちょっと置き去りにされている感があります。でも、これからはホリスティック医学、ホリスティック教育など、全体性がどんどん見直されている時代ですので、日常生活とスピリチュアルな世界、魂の研鑽、そういうものは切り離せないと私は思っています。TDEの実用性は、これからどんどん使える、一つのいいモデルになることでしょう。
実用性ということで、原始仏教の経典『マールンキヤ小経』に、弓矢のたとえというブッダの有名な教えがあります。矢で射られてしまった人が、「痛い痛い」といっている。その時に、「この矢は一体何処から飛んできているのか、この矢に毒は塗られているのか、毒はどんな種類のものか」などと考えていたら、もうその人は死んでしまいますよね。そんなことをするより、「まず矢を抜きなさい」と…。抜いて手当をしないといけない。つまり、先ずは実際の手当てをすること、理屈は後である、と。仏法とはそのように現実的、実際的なものなのだということですね。実用性…。先ずやるべき事をやる、そういうことをやってからでないと、本当の魂を磨いていく仏法はできないんだよという話をしたわけです。まさにTDEは、ブッダの説くような実用性にとても通用すると私は思いました。
(・・・続く)