人は個人なので、自分だけの思いを抱えて生きます。
個人としての人は、やはり自分の思いが一番大切なものだと思います。
その自分にとっての一番重要な思いを持つはずの人間が、自分の思い込み一つ持たないはずがありません。
実際には、人それぞれは数え切れないほどの思い込みを持っているのです。
その人を理由にして思い込みが作られるなら、ある意味では、思い込みは、その人自身とも言える。
それなら、その思い込みを否定したり、思い込みをもたなくすることなどありえない。
しかし、思い込みによる個人の失敗が、非常ににがい経験になるのは、どうしようもない。
人生に慎重さが必要だと学ぶ一つの場面です。
あまりつっ走ることは、どのみち危険だとしても、慎重すぎても道は進まない。
避けられない思い込みを気にする必要のない、開放的な生き方が逆ピラミッドにはあります。
社会から見れば、個人の思い込みなど、最初からどうでもいい。
社会から見た視点で最初から生きる逆ピラミッドの態度があれば、自分もただの一個人として扱いやすくなる。
そして、それを越える社会化の道をも、簡単に見つけ出すことができる。
今まで通り、自分の思いは思いのままで、しかもより開放的に生きる道を見ることになる。
思いが本当に見たかった道が見えるかもしれません。
それを見つけ出すにも、逆ピラミッドの世界の道が必要なのです。